『平成14年度 國學院大學学術フロンティア構想「劣化画像の再生活用と資料化に関する基礎的研究」事業報告』

シンポジウム 画像資料からよみがえる文化遺産



会場風景 樋口隆康氏 當眞嗣一氏
坂本勇氏 大久保治氏 ディスカッション風景


主 催:國學院大學学術フロンテイア事業実行委員会
共 催:國學院大學画像資料研究会
後 援:日本ユネスコ協会連盟日本考古学協会、全日本博物館学会、全国大学博物館学講座協議会
    文化財保存修復学会日本文化財科学会
特別協賛:(株)堀内カラーコスモス・インターナショナル(株)他予定。

総合司会:山内利秋氏(吉備国際大学社会学部/國學院大學日本文化研究所)

【基調講演】
「バーミヤーンの破壊と保存」 樋口隆康氏(奈良県立橿原考古学研究所所長) 13:10−14:10

【発表】14:10-
「よみがえる琉球の文化遺産」 當眞嗣一氏(沖縄県立博物館館長) 14:10−14:50
「残された写真が語ること−阪神・淡路大震災と震災記録−」 坂本勇 氏(吉備国際大学社会学部教授) 15:00−15:40
「写真資料修復の現状」 大久保治氏(元興寺文化財研究所) 15:40-16:10

【パネルディスカッション】(16:20-18:00)
テーマ:「人類共有の財産を享受するうえで、残された画像資料の果たす役割とはなにか?」
 参加者:當間嗣一氏・坂本勇氏・大久保治氏
 司 会:井上 洋一 氏(東京国立博物館)
 コメンテーター:樋口隆康氏

『画像資料からよみがえる文化遺産』について

はじめに
 過去に調査された文化財の記録資料をデータベース化したり、プロジェクターやモニターで映し出して展示に使う事はどこでも当たり前に行われているが、展示に利用しないまでも、少なくとも、過去の資料をコンシューマー用であってもある程度精度の高いスキャナーで取り込んで自分のパソコンで使う程度ならば、時間さえあれば個人的な作業の部類として今では扱われているだろう。

 文化財を活用するという現在進行形のテーマにおいて、資料のデジタル化は極めて重要な位置を占める、と考えられているし、実際その通りであろう。しかしながら、大々的に喧伝されるのはこのような地道な作業ではなく、矢継ぎ早に打ち出される巨大で高価なハードばかりである状況は、いったいいつになったら解消されるのだろうか?

 こうした疑問を常日頃抱いているのは、実際に資料を扱っている専門家の側にはより多いと考えられる。資料のデジタル化を産業界や工学系の政治力で語るよりも、文化財の現場の認識から組み立てていくこと。この視点にたった「技術」や「知恵」について議論が行われる場は、実は多いようで多くはないのではないか。

 筆者はこうした考えから、平成11年度以来『劣化画像の再生活用と資料化に関する基礎的研究』というプロジェクトにかかわってきた。このプロジェクトに取り組んだ当初、いわゆる「古写真」に関する扱いは極めて作家性・芸術性が高かったり、珍奇なものに集中している状況が散見され、先行する歴史系の専門家による研究活動が行われてはいるものの、いまだ「手」のついていない領域が極めて多いという事に気がついた。文化財に関わる記録画像資料は実際の我々がそうであるように、写真家が撮影してきたものばかりではない。むしろ、そうでないほうが殆どだろう。今では名前もわからなくなった専門家による記録写真は、専門家の眼を通してみた文化財の重要な情報であり、また、後からみれば資料写真の視覚的な面白さをもさまざまな所で見出す事ができるのだ。

 プロジェクトでは、まず地域社会に埋もれているこの画像資料を掘り起こし、そしてこの資料を活用する方法を考えてみる事からスタートした。過去この視点から3度のシンポジウムを開催し、そして今回、「では、具体的にこれら資料はどう活用できるか?」をテーマにしたシンポジウム『画像資料からよみがえる文化遺産』を開催した。


シンポジウムについて
 文化遺産の消失が最も端的・劇的にあらわれるのは戦争・災害といった出来事においてであり、そしてこの事は、特に21世紀になってなお、極めて先鋭な視覚的形態をもって我々の目の前に現れた。バーミヤーン大仏の破壊、そしてアメリカという国家において文化遺産に近い象徴性を持ったワールド・トレーディング・センターの破壊がそれである。

 この企画は日本ユネスコ協会連盟をはじめ、全日本博物館学会、全国大学博物館学講座協議会、日本文化財科学会、日本考古学協会、文化財保存修復学会の後援を受け、2002年11月30日に東京渋谷の國學院大學百周年記念館で行った。

 樋口隆康氏(奈良県立橿原考古学研究所)の講演は「バーミヤーンの破壊と保存」と題し、自身が調査を陣頭指揮したアフガニスタンのバーミヤーンを中心とする遺跡の重要性について述べ、タリバン以降、壊滅状態となった遺跡をさまざまな方法で復元していくに際して、過去の調査で記録された資料の重要性と、活用される意義について力説された。バーミヤーン大仏の保存・復元についてはさまざまな見解があるが、現状ではまだスタンスを統一される前に議論を出し尽くす段階にあろう。

 沖縄という土地は、日本でありながら、日本そのものをあたかも鏡のように客観的に写し出している土地であり、この意味で本土とは異なった場として位置付けることができる。當眞嗣一氏(沖縄県立博物館)は、沖縄戦で焼失した数々の文化遺産の調査と、その復元に自らが実際の担当者として携わってきた経験を述べた。この発表では、沖縄における文化財保護政策の極めて特殊なスタンスをうかがい知る事ができた(「よみがえる琉球の文化遺産」)。その話は過去の記録資料を具体的に利用し、復元した経緯が述べられたのみならず、復元を実施するに際してのさまざまな周辺的なプロセスもが理解されたのであった。「基地の中に沖縄がある」と言われるが、これは埋蔵文化財をはじめとする数々の文化遺産も例外ではない。文化財の所在が米軍敷地内にあり日本の法規が適用されなかったりする。グスクの復元整備事業が独特な振興政策で実施されたりする。そこには常に、「戦争」という二文字が見え隠れしているのだ。

 阪神・淡路大震災からもはや8年が経過してしまった。その記憶は今や急速に失われようとしている。坂本勇氏(吉備国際大学社会学部)は震災直後に自らNPOを組織し、被災した家々に取り残された写真をはじめとする文書をレスキューしていった経験から、このような街の記憶としての地域の記録を集めたアーカイブ構築を訴えた(「残された写真が語ること−阪神・淡路大震災と震災記録−」)。氏が述べた「専門家の《構えた》写真よりも、地元住民が日常を捉えた写真のほうがどれだけ面白く、そして地域にとって重要か」という言葉には、ペーパーコンサバターとしての氏の確かな経験が裏づけられているように思えた。

 劣化した写真資料はどのように保存されているか?実は現状を言うと、専門家の間ではオリジナルの写真資料の復元にはリスクの想定が先行されていて、ストレージボックスやいくつかの写真用包材で保存するといった事を除いて、実際的に保存修復作業を行うことについては消極的だ。

 こうした状況の中、元興寺文化財研究所の大久保治氏は、果敢にもほとんど手が付けられていない写真資料の化学的な保存処理方法について自ら実践し、この内容について発表した(「写真資料の現状」)。写真資料の保存処理は、その需要が増加すればするほど、従来型のパッシブな保存方法だけでは限界があると考えられる。大久保氏のような積極的な試みは注目すべきだろう。


小結
 さて、最初に述べたように記録資料の保存・活用のニーズは、新しく、そして数年で買い替えなければならないような高額なハードの構築にあるのでは必ずしもない。むしろ、今ある資料を担当者が確実に扱える技術でもって、持続的に構築していけるような性格でなければならないだろう。求められるのは、先端技術よりも適正技術なのだ。

(山内利秋)


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