『平成11年度 國學院大學学術フロンティア構想「劣化画像の再生活用と資料化に関する基礎的研究」事業報告』

ガラス乾板の劣化について


ガラス乾板は、支持体であるガラスとその上に塗布された乳剤層から成り立っている。乳剤は、ゼラチン中に感光性のハロゲン化銀が懸濁したものである。従って、ガラス乾板の劣化は、まず、ガラスの劣化と乳剤層の劣化に分けられる。

1:ガラスの劣化について

ガラスの支持体の欠点は、その物理的な弱さにあるが、幸い、大場資料の乾板ではガラスの破損は少なかった。これは、10枚から20枚ずつの未露光の乾板を包装していた頑丈な箱に収められていた事による。また、乾板箱内でも、2枚ないし3枚づつ紙袋(現像時の写真袋、もしくは封筒)に包まれており、互いに擦れて傷つく事が防がれていた点が大きい。それでも、多くの乾板で、角や周縁に微少な「欠け」が確認されたが、画像を損なう程大きな損傷を与えたケースは少ない。

また、ガラス面(乳剤面の反対側)にアルカリ分の析出と考えられる白っぽい結晶性の物質や液滴が認められた乾板があった。これは、ガラスの表面に付着した水分がソーダ灰を加水分解して表面に残り、湿潤、乾燥をくり返す事によって起こるといわれており、乳剤層を軟化、剥離する場合がある事が指摘されている。大場資料においては、乳剤面の軟化や剥離との関係は認められなかったが、ガラス面にこのような結晶性の物質が付着したままでプリントすると、この部分が白く抜けてしまうという問題はあった。

2:乳剤層の劣化について

1)銀鏡、黄変色
乳剤層では、ほぼすべての乾板に画像周辺で銀鏡(ミラーリング)が起きていた。銀鏡は画像を形成する銀粒子が酸性の雰囲気や湿度によって局部的に酸化されて銀イオンを拡散し、この銀イオンが表面に達して還元されて起こる現象である。

その名のとおり、反射光ではメタリックグレーがかかってみえる。銀鏡が起きると光の透過を幾分さまたげてしまうために、プリントした際、周辺部がムラになってしまうが、画像の解読を困難にする程ではないので大きな問題ではなかった。しかし、銀鏡が強く起きている部分では微少な空気孔が幾つも出来、乳剤層の剥離に至っていた乾板が多く認められた。一方、画像内部では、褐色および黄色の着色スポットや白く退色したスポット(ブレミッシュもしくはマイクロスポット)が現れたり、局所的に退色および黄変色した乾板が多くみられた。これらの症状も銀鏡と同様、画像銀の酸化、還元の結果である。銀鏡が内部にも局所的に起きている乾板もあった。これらの劣化があらわれている場合、ハイライトディテールの消失が起きたうり、白および黒のスポットとなり、確実に画像に影響が出ている。また、ごく数枚だが、画像の低濃度部分に濃い褐色のスポットとともに白い粉が吹いている乾板がみられた。これは、定着液であるチオ硫酸ナトリウムによる硫化作用により、画像銀が硫化銀に変化したものと推測された。

2)かび
かびが著しく生えている乾板と、かびがほとんど生えていない乾板があった。乳剤層を構成しているゼラチンは動物の骨や皮から抽出したタンパク質なので、もともとカビが生えやすい。相対湿度が60%以下ではかびの成長は止まるが、日本は年間を通じて多湿である。「1」で述べたように、乾板は2枚ないし3枚ずつ紙袋に包まれていたのだが、乾板間に紙が挟まれており、乾板の乳剤面同士がくっついたり、乳剤面に擦り傷がつく事を防いでいた。この紙がかびの発生と重要な関係があると考えられる。

すなわち、間に挟まっていた紙が油紙であった場合、かびの成長が著しく、和紙および洋紙の場合にはかびの存在はほとんど認められなかった。油紙は、局所的に褐色に変色した箇所が認められ、この変色した箇所に触れていた乳剤部分にかびが認められた事、油紙の折れ目に沿ってかびが生えていた事から、油紙の場合、溜まった水分が蒸発しにくかった事が推測される。かびの生えている部分では、白抜け、黄変色が起きていた。

3)剥離、ひび割れ
多くの乾板で、画像周辺部から内部にかけての剥離がみられ、剥離が起きている箇所をガラス面からみると必ず虹色の膜が出来ていた。乳剤層を構成しているゼラチンは高湿では湿気を吸って膨潤し、軟化する傾向が大きい。そして、この時にガラスと乳剤層の接着力が不十分であれば剥離が起きるが、応力が緩和されるため乳剤層の破壊は起きない。大場資料では、乳剤層が膨潤して波打ったような形状をあらわしながら、剥離しているものが多く、高湿の場所に保管されていた事が推測された。先に剥離が起きれば乳剤層の破壊は起きないと述べたが、剥離が起き、浮かび上がった膜は、乾板箱中で他の乾板と擦れ合ったりする事によって破壊されているものも多かった。また、取り扱うときに、手が触れてしまい、粉状になってしまった箇所もあった。

剥離が画像面全体にかけて起きている場合、画像の解読は不可能であった。一方、少数であるが、乳剤層のゼラチンが湿気によって盛り上がって山脈のようになり、山の部分に細かいひび割れが起きている乾板もあった。これは、ガラスとゼラチンの接着力が十分にあったため、ガラスに接着したまま乳剤層の破壊が起きたと考えられる。ゼラチンのひび割れは、一般には低温度のとき、もしくは低湿度方向へ温湿度が変化するときに発生する現象であるが、多湿時に起こった現象として報告しておく。

4)その他
ゼラチンが膨潤、軟化してベトベトになり、画像が破壊されている乾板や、この部分に紙が付着している乾板があった。 ほとんどの乾板間には紙が挟まれており、乳剤面が傷つく事を防いでいたが、同じ乾板箱内に異なるサイズの乾板が収められていた場合など、擦り傷や、乾板の角による掻き傷が付いていた。

まとめ

今回の確認したガラス乾板の劣化の症状は多岐にわたっていたものの、同じ乾板箱に入っている乾板はいずれも同様の劣化症状を示す、という傾向が明らかであった。すなわち、ある乾板箱内のものは、黄変色が著しいのに、同じ時期の別の箱内のものはほとんど黄変色していない、または、ある乾板箱内のものは、ほとんどすべて剥離しているなどといった状況が認められた。この事は、乾板が置かれてきた環境や年数の他に、現像処理の善し悪しや乾板を構成しているガラスやゼラチンの材質がガラス乾板の劣化の程度に大きく影響する事を示しているといえる。
(遠藤美穂)



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