『平成13年度 國學院大學学術フロンティア構想「劣化画像の再生活用と資料化に関する基礎的研究」事業報告』

記録資料を後世に残す
―写真画像の保存―

荒井 宏子
(東京都写真美術館)

司会(小川直之):
 文学部の小川と申します。学術フロンティアのこの事業、事業名は「劣化画像の再生活用と資料化に関する基礎的研究」というタイトルがついておりますが、私はそのメンバーの一員となっております。今日は、まさしくフロンティア構想のテーマに相応しい御講演を頂くことになります。講師を御紹介いたしますと、現在は東京都写真美術館、この大学のすぐ近くでございますが恵比寿の駅の横にございます。そこにお勤めになっております、荒井宏子先生に今日は御講演をお願いをいたします。

 簡単に略歴をご紹介致しますと、長らく千葉大学の工学部画像工学科で技官をお勤めになっておりまして1994年から今の写真美術館の方で保存科学を担当していらっしゃいます。その間、ロチェスター工科大学画像保存研究所とジョージ・イーストマン・ハウス国際写真博物館などで、写真画像の保存や修復について研究をされたり、またその仕事に従事しておられまして、まさしくこのフロンティア構想の事業につきましてはお話をして頂くのに相応しい内容をお持ちであろうと思います。

 今日、荒井先生は、写真に関する専門用語が多分意識しないで沢山出てしまうけれどもと仰ておりまして、専門用語を遠慮なく写真のイロハからでもいいと思いますので、また後で、御質問していただければ幸いと思います。


 皆様こんにちは。御紹介いただきました写真美術館の荒井と申します。どうぞ宜しくお願い致します。皆様のお手元にレジュメが配られたと思いますが、非常に簡単に概略的なことを一応書いてございますので、大体それに沿ってお話しようと思っております。

 意識しませんと、専門用語が出てしまう可能性が非常に高いので、もしお分かりにくいところがありましたら、その都度御質問頂ければと思います。小川先生もおしゃって下さいましたが、なるべく気をつけて話を致します。

はじめに

 写真画像の保存についてお話する訳ですが、写真は、まだ160年程の歴史しかございません。1839年にフランス人のダゲールがダゲレオタイプという方式を発表致しました。その年をもちまして、写真誕生の年となっております。それから丁度、今年(2000年)で161年、写真が芸術の領域にやっと入ったのは今日この頃です。

 写真は情報容量が非常に大きい視覚媒体として記録とか、医学、科学、芸術等多方面に亘って使われてきております。写真の歴史161年間には幾つかの技術的な変遷がございまして、今日のように誰でもシャッターさえ押せば写真が作れる時代になってまいりました。

 今までに、どれだけの写真方式が生まれては消えていったのでしょうか。現在の写真だけを取り扱う場合には種類も限られていますから分かり易いのですが、古い写真になりますと、どのような方式と材料で作られたのか、それが分かりませんと的確な写真の保存方法を講じることが出来ません。古い写真が出てきましたら、まずどのような方式で作られたのか、見極めが必要になってまいります。

写真の種類

 皆様のお手元のレジメの5頁目に、「写真方式変遷の歴史」の表があります。これは1840年〜1990年までの表ですが、太線は多く使われた期間、細線は使用量が少ない期間を表しています。ここに分類とは、銅版、バインダーのない印画、それからコロジオン乳剤、卵白乳剤、ゼラチン乳剤となっていますが、このバインダーとは結合剤のことで、写真には卵白、コロジオン、それからゼラチンが使用されております。

 1839年、一番上にダゲレオタイプがありますが、日本では銀板写真と呼んでおります。日本人が、日本人を撮影したダゲレオタイプの写真は、鹿児島の島津斉彬公を撮影したただ1枚しかありません。日本人が写っているダゲレオタイプは全体でも数枚、10枚前後しかありません。

 日本に写真が入って来ましたのは、1848年、嘉永元年です。これは九州に渡来し、それから島津藩に伝わりまして、ダゲレオタイプの写真が撮られております。1862年、日本では最初の写真師、いわゆるフォトグラファーとして下岡蓮杖、上野彦馬の二人の写真家が出て、日本にも少しずつ写真が普及することになります。

 バインダーの無い印画として ―印画というのはプリントという意味です― カロタイプとか塩化銀紙、プラチナタイプ、青写真などがあります。バインダーがないということは、紙の上に直接画像が載っているという状態になります。

 この中で青写真というのがありますが、青写真は御年配の方だとご存知だと思いますが、日本では工業用に建築、機械の設計図面等に使われていましたので、ほとんどが図面です。青写真の画像の成分は鉄(Fe)です。この写真を保存する場合には、アルカリ性雰囲気中では劣化を起しますので、中性あるいは弱酸性の雰囲気中において保存することになります。

 次にコロジオン乳剤があります。この中にはアンブロタイプ、ティンタイプ、コロジオン湿板ネガ、コロジオンポジ等があります。アンブロタイプは日本では湿板写真と言われており、桐の箱にガラス板に作られた写真として収められています。ティンタイプという方式がありますが、ティンとは錫(スズ)のことで、金属板に作られた写真です。次に卵白乳剤ネガには紙とガラスに作られたものがあります。卵白を使って作った印画紙には鶏卵紙があります。これは欧米では1850年代から1890年の半ばまで約50年間、工業生産されていましたので、現存している19世紀の写真プリントの約80%は、この鶏卵紙になります。古い家で黄ばんで画像が薄くなっている写真がある場合には鶏卵紙が多いのです。鶏卵紙は、大変綺麗なセピア色(セピアとは烏賊の墨のこと)をしておりまして、劣化しますと黄色くなり、次第に画像は薄くなります。 

 コロジオン湿板ネガからのプリント材料として、鶏卵紙が用いられてきました。この鶏卵紙には卵白が使用され、これは蛋白質ですので、アルカリ性雰囲気中に置きますと画像全体が黄変します。従いまして、保存する雰囲気が非常に大事になります。

 1870年代からはゼラチン乳剤が使われるようになり、現在まで黒白、カラー写真を問わずフィルム、印画紙にはこのゼラチン乳剤が使用されております。

 ゼラチン乳剤は透明なガラス板に塗布・乾燥し、乾板として使われました。これは、昭和40年代の初めまで、写真館などでも使っておりましたので、大分残っています。ガラス板ですので、平面性が良いことから長期間使用されておりましたが、非常に重く、破損し易く、場所を取ること等からフイルムに置き換わり、現在では姿を消しました。

 多分ネガとポジの違いはご存知だと思いますが、撮影した時の被写体と明暗が逆なのがネガ、被写体と明暗が同じものをポジと言います。ネガ材料とは撮影するのに使用する材料、ポジ材料とはプリントするのに使う材料のことです。

 今度はフイルムの話になります。イーストマンゼラチンフィルム、イーストマンペーパーネガ、硝酸セルロースフィルム、二酢酸アセテートフィルム、三酢酸アセテートフィルム等があります。このフィルムの関係で、注意しなくてはならないのは硝酸セルロースフィルムです。硝酸セルロースフィルムは可燃性、いわゆる自然発火し易いもので、現在では全然作られておりません。昭和25年頃で製造は中止されておりますので、それ以前のフィルムをお持ちですと、まず、硝酸セルロースフィルムであると言えます。保管に余程気を付けませんと暑い夏の時には、多量にありますと自然発火し易いので、注意を要します。

 三酢酸アセテートフィルムは、現在の一般撮影用のフィルムに使われております。この三酢酸アセテートフィルムも保存に注意しなければなりません。後でまとめて申し上げますが、これは一般撮影用の黒白にも、カラーにも使われております。このフィルムベースを使ったマイクロフィルムが、劣化して大変困ったことがありました。

 ポリエステルフィルムは比較的新しいもので、これが使われている製品は、X線フィルムや製版用フィルム、マイクロフィルム等です。また、一般撮影用フィルムの100フィート(30メートル)長巻にも一部使われております。

 次に現像紙というものがありますが、銀ゼラチン印画ですから、この場合は黒白のプリントです。黒白のプリント材料のベースにはバライタ紙と、樹脂加工紙の二種類があります。現在は樹脂加工紙が主流になり、バライタ紙は少なくなっております。樹脂加工紙は、RC(resin coated)ペーパーとも呼ばれておりますが、展示条件により劣化を生じてまいります。

 それからゼラチン透明陽画。陽画というのはポジ像ですのでここでは映画フィルムのことです。

 今まで申し上げました写真方式では、最終的な画像は銀で出来ております。ご存知のように銀のスプーンを放置しておきますとだんだん黒ずんできます。銀画像は非常に周囲の大気の影響を受けやすいので環境によって劣化が左右されます。

 長耐久写真には、ゴムプリント、カーボンプリント、フォトグラビア、ウズバリータイプ、コロタイプ等がありますが、これは顔料を使った写真です。顔料は非常に頑丈なので、これらの写真はきれいに残っております。ただ、顔料で作る写真は非常に手間がかかりますので、今は趣味的に作られるだけで殆ど見ることが出来ません。

 カラー写真は、今までに色々な技法で作られています。ここに、スクリーンプレート、オートクロームというのがあります。オートクロームは、スクリーンプレートの一種でジャガイモの澱粉粒子を赤と緑と青色に染めてガラス板に塗布し、その上に写真乳剤を塗り、ガラス板を通して撮影、反転現像処理によって作るカラー写真です。1907年から33年まで工業的に作られておりました。古い歴史的な写真を所蔵されている所ですと、お持ちかもしれません。

 色素転染印画は、ダイトランスファープリントとも呼ばれています。しかし、5年程前に材料が供給されなくなりましたので、現在は作られていません。ただ、過去には相当数作られています。次に発色現像とありますが、この発色現像は1935年に開発されたコダック社のコダクロームに実用されました。これを契機として、現在の発色現像によるカラー写真が確立されました。発色現像方式には2種類ありまして、現像処理中にカプラー(色素の素材)を供給する外式発色現像方式とカプラーを感光材料の乳剤中に入れて現像をする内式発色現像方式です。現在は、外式発色現像法によるフィルムはコダクローム(カラースライド)のみとなりました。

 富士写真フイルム、小西六写真(現・コニカ)が初期に製造したカラーフィルムは、外式発色現像方式でした。発色現像によるカラー印画は、現在の一般的に使用されているカラープリントです。色素漂白印画はチバクロームあるいはイルフォクロームと呼ばれております。それから色素拡散転写、これはインスタント写真のことで、ポラロイド社のインスタントカラー、富士写真フイルムのフォトラマがこれに相当します。これら以外にも、いろいろな方式がありますが、主なものを拾えば、これだけの種類のものがある訳です。ところが現在ではもう殆ど、三酢酸アセテートフィルム、ポリエステルフィルム、黒白の印画紙、RCペーパー、映画フィルム、などとなりました。ダイトランスァーは最早ありません。

 ところが古い時代、1890年、1900年頃は色々な種類の写真方式がありました。明治元年が1867年ですから、この頃から日本には写真が多く入るようになりました。1848年には日本に写真が渡来しておりますから、先に申し上げましたように、多くの写真が日本で作られております。ですから、古写真を扱う時には写真技法を判別する事が重要になってまいります。

写真画像の構成と劣化

 写真の材料的な構成について説明いたします。支持体とは、写真画像を乗せる台で、金属板、ガラス板、フィルム、紙等が用いられます。バインダーとは、結合材のことですが、バインダーが無いとは支持体上に直接写真画像が形成されています。一方バインダーがある写真とは、支持体の上に結合材の層があって、その上に写真画像が形成されていることです。支持体の上にバライタ層 ―これは黒白のプリントですが― があって、それから結合材の層があって、その上に写真画像があるのです。このように大きく分けて写真材料には3つの構成要素があります。 

 写真の劣化ですが、支持体が問題になる場合、結合材と支持体の間で問題を生じる場合、支持体とバライタ層と結合材の総合的な問題、この3つで引き起されることがあるわけです。その他に、古い写真ですと、非常に薄い紙の支持体で作ってありますので、カーリングしてしまいます。そのために台紙に貼ってあります。この台紙は外側には化粧紙が使用され、中側は非常に品質の悪い紙を使っている場合があります。台紙に使われている糊、写真を台紙に貼る時の糊など、台紙と写真、この間でもいろいろと劣化を生じる原因があります。

写真保存の基本

 写真の保存ということになりますと、まず、写真は材料と処理が問題となります。工業的に作られた写真材料は製造者の責任もありますが、現像処理後の画像に関する保存ということになりますと、利用者側の責任になってまいります。長期間写真画像の現在の状態を、あるいは劣化したならば劣化したなりの状態を、どのようにして保存するかについて考えましょう。劣化したものはもうあまり手を加えないで、画像が薄くなったものはそのまま保存します。その場合に適切な保存環境が必要になります。プリント、フィルム、乾板、それから黒白かカラーか、それらによって温度と相対湿度の条件、保存用の包装材料、包装の形体等が異なります。

 さらに、非常に大切な写真が劣化してしまい画像が淡くて見られない場合にどうしたら良いか、という場合があります。その場合は、それ以上劣化させないように、環境を整えることにして積極的に補修は致しません。淡くなった画像を化学的に処理しまして、見易く、かなり綺麗に復元することは可能ですが、却って長期的に見ると画像全体の寿命を縮めてしまう危険性があるために、どんなに写真画像が劣化して見え難くても、絶対にその画像には化学的な手を加えません。光学的に複写などの方法による復元を考えることになります。

写真劣化の原因

(1)写真材料と処理

 写真の保存に関しては、材料、処理条件、保存条件、など3要因を頂点とするトライアングルが有りまして、この3つの条件が適切であれば、初期の画質を長期に維持することが可能で、材料も処理条件も良いが、保存条件が理想の条件の50%しか達成できないとしますと、この三角形の面積が小さくなり、保存期間も短くなることを意味します。

 写真画像自身の安定性および長期保存を目的とする場合にはアーカイバル処理 ―アーカイバルというのは半永久的という意味です― をします。黒白写真画像ですと、画像の定着に使用するチオ硫酸ナトリウム塩が残留しないように処理します。その後、銀画像は金調色、セレン調色など、いわゆる金メッキやセレンによるメッキを施し、外気からの影響を受け難くします。後は、それぞれの写真保存に対する工業規格の推奨保存条件の実現の程度によって、写真画像の寿命は変わってまいります。

 写真の画像劣化の原因は、今申し上げた、材料、処理、保存方法、その他に観察照明と、取り扱い方、等があります。材料に関しましては、形成材料、いわゆる写真画像は銀だけでなく、カラーですと色素で作られていますし、それから顔料もあります。それと結合材です。結合材には、卵白、ゼラチン、コロジオン、アラビアゴム等があります。それと支持体の3つの組み合せによります。それから処理方法は、今申し上げましたように、残留薬品とか未反応の残留成分、例えばカラーペーパーですと、未反応のカプラーが残っていますと、保存中に白い部分がだんだん黄変します。保存には、保存用具、保存設備、保存環境などに留意する必要があるわけです。

 保存用具としての包装材料については、国際規格(ISO/FDIS18902)に細かく規定されております。例えば、包装用紙に推奨される紙の材質や水素イオン濃度(pH値)、テープ、インク、糊などについての必要条件が詳細に亘って記述されています。

(2)保存環境

 保存の設備ですが、収蔵設備の材質と収蔵場所の問題があります。収蔵設備の材質、例えば、コンクリート系の収蔵庫あるいは木質系の収蔵庫を使用するかによって変わってまいりますし、その場所が建物のどの位置にあるかが問題です。

 例えば保存設備がなくて、部屋の一部を使わなくてはならない場合、これが非常に多いのですが、複写機や喫煙所がある様な場所は適切ではありません。このように場所を何処にするのかということでも保存の結果は変わって参ります。それと保存環境、これは温度と相対湿度になりますが、この内、相対湿度は非常に大切です。写真画像にはゼラチンが使用されている場合が非常に多く、相対湿度が60%を越えますと、ゼラチン乳剤層にカビが生えやすくなります。日本の気候風土、例えば東京ですと年平均の相対湿度が67%になります。相対湿度を60%以下に抑える、これが一番重要です。温度よりも相対湿度を抑える方が重要です。カビを生えさせないことが大切です。一旦、カビが生えた写真は、非常に救済が難しいものとなります。 

 この保存環境中の雰囲気には、オゾンの問題があります。オゾンは、電子式複写機が帯電する時に発生します。それから窒素酸化物とか、過酸化物、硫黄化合物、いわゆる自動車の排気ガスなどガスの問題があります。それから今、火山が盛んに噴火しておりますが、火山生成物も問題です。それから化石燃料を使ったもの、石油とか、そういうものから出るガスなども問題です。また、過酸化物は一番身近なものとしてはダンボールの箱から発生します。ダンボールの箱に写真を入れていらっしゃるかもしれませんが、ダンボールの箱が古くなりますと過酸化物を出します。過酸化物は、写真の銀に影響を致します。それから物理的なものとして、塵埃ですね。ゴミが溜りますと、そこに湿気を溜め込むことになります。湿気がたまりますと、塵が付着した部分の相対湿度が高くなり、その部分の写真画像は部分的に湿気の影響を受けます。

 生物的には細菌類と虫です。

(3)観察照明

 さらに、写真の観察照明ですが、紫外線を含まないものが使われます。紫外線は非常に品物を傷めます。美術館では、放熱が少ないので紫外線吸収フィルターを付けた美術館用蛍光灯を使用しています。

 さらに照射強度、つまり、明るさです。なるべく明るくない方がよろしいのです。明るくし過ぎますと、そこから変退色をしてしまう場合があります。例としまして、写真美術館では古い写真の場合、初期の写真ですが、この場合の照明は50ルックスでかなり暗い感じです。現在の新しい黒白のプリントでは150ルックス前後の照明を致します。200ルックスには届かない筈です。その位に落として照明をしております。本来、写真は明るい程、暗部のトーンが分かり、綺麗に見えますが、作品保護のため、一応許容できる範囲内に照明の照度を落としております。それから照射時間、いわゆる展示期間によっても変わって参ります。

(4)取り扱い

 次に取り扱い方ですが、写真を傷める原因の大きなものの一つに取り扱い不注意があり、そのため傷めてしまう場合が多いでのす。物はいじると大体痛みます。特に指紋ですが、多くの写真はゼラチン乳剤を使っているため、画像部に直接手を触れて写真を取り扱いますと指紋の跡がついたり、其処にカビが生えたりします。それから落下と擦り傷です。写真の不注意な出し入れの擦り傷。それから運搬の問題です。一例として、台風の時に運搬するということがあって、写真が水を被ってしまったという例があります。

 従いまして、保存方法が適切でも、取り扱いが不注意の為に、だめにしてしまう場合が非常に多いです。例えば、現在では乾板を取り扱ったことのない方が多く、特に、若い方は見たことも、触ったこともない方がいらっしゃると思います。落としたりして、ガラスが割れてしまいますと今は修復が不可能です。嘗ては、ガラスが割れても乳剤面が付いていますと、それをきれいに剥がし、別のガラス板に移すことができましたが、現在は技術者もいらっしゃらないので復元は不可能です。乾板という、割れやすいガラス板を支持体とした写真は取り扱いに注意を要します。

 材料と照明の関係ですが、一例として挙げますと、これは黒白の樹脂コートされたプリント、いわゆるRCペーパーにプリントしたものです。全体に茶色くなっています。この作品はガラス板の代わりにアクリル板を使った額に入れましたが、一年で着色してしまいました。これは印画材料と展示方法の問題、両方を含んでおります。この印画の材料は樹脂コートされた紙で、樹脂層の中に白色材として酸化チタンが使われております。酸化チタンは光に対して活性です。それで、これを蛍光灯で照明しますと、蛍光灯は紫外線を含みますから、ガラスよりも紫外線をよく通すアクリル板の中に写真を密封した結果、銀が茶色になってしまいました。わずか一年以内で全体に色がついてしまった、という一例です。これは、材料の吟味、展示方法によって、写真の寿命が大分変わってしまう一例です。

(5)保存方法

 屋内には、写真にとって好ましくない色々な汚染物質があります。この汚染物質には、洗剤、電気製品、接着剤、塗料等々があります。今の新しい建物は、新建材を使っておりますから、新建材から出るガスも写真に影響を与えます。結局、新しい家に住むと人間自身がアレルギーを引き起こすシックハウス症候群が問題になっていますが、このような環境は写真にとりましても辛い状態であります。

 それを少しでも防ぐ方法として、適切な包装材料に入れることになります。包装は、防塵、防埃、物理的に丈夫で外圧により破損しないこと、検索や分類がしやすいことです。

 それから写真保存の効率ですが、設備費用はどの程度かけられるか、保存の目標期間をどの程度にするか、10年にするのか100年にするのか、孫子の代まで永久に保存したいのか。これらに加えて写真の使用頻度との兼ね合いで保存条件と方法は変わってまいります。設備の方ですと、地震とか火災からの保護です。それから空気を適切に調節すること。空気の調節にはフィルターを使用しますが、大気汚染が、写真に直接影響しないようにすることです。このために、適切な保存場所が必要になってきます。

(6)保存容器の役目

 保存容器の役目ですが、写真の化学的劣化からの防御が大きな役目の一つだと思います。保存容器の多くは紙製です。紙は湿度を吸放出し、外からの悪いガスも紙が吸収してくれます。包装材料を厚めに使い、中に写真を入れますと、外気のガスは紙が吸収してくれますので、中の写真までは浸透し難いため外気の影響を比較的受け難くなります。温度と相対湿度の変化に対しても包装することにより、写真への影響は少なくなります。保存容器に入れることは、化学的な劣化からの防御には非常に大きな意味をもちます。

(7)保存容器の形態

 保存の容器の材質には、紙、プラスチック、金属などがあります。多くは紙です。一部プラスチックを使うこともありますが、この場合には長期保存よりも、閲覧等の暫定的な保存として使っております。形態については現像処理済み写真乾板の保存方法(日本工業規格JIS K 7644,対応国際規格ISO 18918)の後半に解説図がついています。

 インターリビングホルダーは、紙を半分に折ったものです。ここには乾板のホルダーとしてあります。先ほどお見せした例では、簡単な透明なシートに入れてありますが、見易いためにそうしただけであって、本来、乾板のホルダーはこのように4つの袖があって、取り出しやすいように入れるものです。これは一例ですが、このような「たとう」を作ってあります。フィルムですと、図のようなフイルムホルダーがあります。勿論、これらの材質は、規格で決められています。袋ですと、一部、指で取り易いようになっているのもあります。封筒で気をつけることは、紙の合わせ目が必ず端にあることです。合わせ目は中央には絶対もってきません。真中にありますと、重ねた時に重みで写真に跡が付きますし、また、この部分には糊が使われていますので、糊の影響を防ぐために、紙の合わせ目は必ず端にもってきまして、写真にかからないように入れます。これをどの様に使うかは目的によって変わります。紙の封筒は、殆どの場合プリントを入れるのに用います。

 スリーブ類ですとポリエチレンのシートで出来た透明フォルダーがあります。筒状になっておりますので、内容物が簡単に取り出せるようになっています。但し、日本では相対湿度が高いので、一旦湿度を袋の中に取り込んでしまいますと、写真がこのシートに付いてしまう恐れがありますので、必ず合い紙を入れて使うようにしております。これは、一時的な保存方法で、例えば皆様にお見せしたり、中身をチェックするときに見易い等、非常に暫定的なやり方です。これで長期間写真を保存することはお勧めしません。

 台紙に写真を貼るオーバーマット、またスライドボックスなどの保存方法があります。

 これらの包装の形態には、それぞれ特徴があります。例えば、光からの保護が充分出来るもの、中身の確認がしやすいもの、出し入れの容易さ、保存時の傷の付き難さ、埃からの保護、というような色々目的によって少しずつ形態が違いますので、使う目的により選択すれば宜しいと思います。

 写真を封筒に入れまして、次に、これを保存用箱に入れるわけですが、それには色々なものがあります。本体と蓋が別々になっていまして、前面が手前に倒れるようになり簡単に取り出し易いもの、本体に蓋が付いているもので、接着剤を使用せず組立式になっています。その他、ミュージアムソランダボックスといって、非常に頑丈な箱で中は合板の上に黒い布が張ってあり、欧米ではよくこれを使っています。ところが、これには少々問題があります。接着剤が使われているのです。使用されている接着剤は一応写真には適性があり、大丈夫だと言うことなのですが、写真美術館では恐いので使ってません。中性紙で作った紙箱を使ってます。

 紙製の箱を使用する理由は、一つは経済的な面もあるのですが、紙は使用頻度と共に汚れてくるものです。多量に写真がありますと、使う写真と使わない写真が必ず出てきます。使わない写真を入れた箱は蓋を開けることもなく、何年も眠っていることになりますが、使う写真は比較的よく目に触れるので、写真の状態を観察することが出来ます。紙の箱は汚れますので、汚れますと箱を取り替えなければなりませんが、その時、中の写真を見ることになります。使わない写真も何年かに一度は必ず見ることになります。

 

(8)保存条件

 前に申し上げました紙の箱をどのような状態で部屋に置けば良いか、という事になります。先ほどセルロースアセテートフィルムの保存には、非常に問題があると言うことを申し上げました。現在使用されている一般撮影用フィルムの大部分がセルロースアセテートフィルムです。特に黒白のマイクロフィルムは長巻きですので、保存には注意しなければならないのです。15年位前にマイクロフィルムの劣化で非常にセンセーショナルな記事が新聞に載りまして、大変に騒いだことがあります。書籍などをマイクロフィルム化しておけば絶対に大丈夫だと言う保証の基に、1960年、アメリカの議会図書館では蔵書のマイクロフィルム化が行われました。20年後に、それが劣化しました。原因は、セルロースアセテートフィルムは加水分解、つまり湿度が高くなり水分が加わるとこのフィルムベースは分解します。フィルムが金属缶に入っていてその中の相対湿度が高くなると、水分がこもり加水分解して、お酢の匂いのする酢酸を放出します。その上、金属が触媒になりまして、さらに酢酸を放出する事で、フィルムのベース劣化が累進して、結果的にはベースがもろもろになってしまいます。それと同時に銀画像も劣化して、消失してしまいます。従いまして、セルロースアセテートフィルムの保存に関しましては、開放性の容器を使います。開放性というのは、いわゆる紙の容器です。ですから今は全部紙箱の容器に置き換えています。

 一般的に使用される黒白のフィルムは、撮影後に透明あるいは半透明のプラスチックのシートに入れていますが、これは長期保存には危険です。密封の状態に近く、マイクロフイルムと同様に劣化致します。せっかく撮影したフィルムが保管中に駄目になってしまう例が多いのです。

 写真をお撮りになる方で、日本は湿度が高い国だから、フイルムの保存は缶に入れておけば大丈夫だと思って入れている方がいらしたら、早速開けてみてください。もし、ぷーんとお酢のような匂いがしたら、それはもう劣化が始まっています。一旦、劣化が始まりますと、それを防ぐことはなかなか困難です。酢酸の匂いは開放しておけば抜けますが、劣化が始まったフイルムは開放性の箱に入れても、その進行をくい止めることは極めて困難です。

 開放性の容器は安全と思いがちですが、それも保存の仕方次第です。一例ですが、黒白ネガを非常に大切にしている方が、日本古来から使用されている桐箱は空気の流通もあり、湿気にも強くネガフイルムを保存するのに最適であろうと判断し、桐製のネガ箪笥を特注しました。始めは余裕のある入れ方でしたが、徐々に量が多くなり、詰め込む様になってしまいました。ある時、その箪笥の前を通るとなんとなくお酢の匂いがするようになりました。結局どんどん詰めこんだために空気の流通が悪くなり、例え通気性のある桐の箱であっても、密閉状態と同じような状況になり、その結果、フイルムの画像は全然なくなってしまい、フィルムケースの紙もボロボロになってしまいました。桐箱を使用してから、わずか20年位でフイルムが劣化してしまいました。これがそのフィルムと袋です。これは、袋を開けて匂いを嗅ぎますと、大変に酸っぱい匂いがします。もう画像がなくなってしまっていますが、画像がたとえ残っていてもフィルムの平面性は悪くなっていますので、複製品を作るための複写も困難になります。

 大切な写真は、複写をしてネガ・フイルムで保存するのが一番良いと言われていますがその保管を誤りますと何10年後かには画像がなくなってしまっている、という状態が生じる可能性が非常に高いので、特に注意が必要です。

(9)規格による保存条件

 フィルムの保存条件ですが、これは日本工業規格JIS K 7641(対応国際規格ISO18911) 写真 ―現像処理済み安全写真フィルム― 保存方法、に詳述されています。安全写真フイルムとは、可燃性の硝酸セルロースフィルムを除き、セルロースエステルやポリエステルフィルムのことです。

 レジメの表の中期保存とは10年以上を考えます。その場合に、相対湿度は60%以下、許容温度は25℃です。規格には、写真を永久に残したい場合は、相対湿度を50%以下に抑え、温度を21℃までとするように規定されております。これはベースがポリエステル、商品名ではマイラーと呼ばれていますが、この場合でも相対湿度60%以下、温度25℃で、セルロースエステルと同じです。

 カラーフィルムの場合ですと、相対湿度30%以下、中期保存ですと10℃です。長期の保存になりますと、温度は2℃となります。これが規格で規定されているフイルムの保存条件です。

 カラープリント、黒白のプリント、乾板に関しては長期も中期も規定はないのですが、黒白のプリントですと相対湿度30-50%、保存温度は15-20℃、カラープリントは2℃以下にすることが望ましいとされております。

 ガラス板上に画像が固定されている写真、例えばコロジオン湿板、乾板、カラー乾板(オートクローム、スクリーンプレートなど)の場合ですが、相対湿度は20-50%とし、特に40%以下とするのが望ましいのです。温度は20℃以下にします。しかし、カラー乾板に関しては保存温度を2℃以下にすることが望ましいとされます。現実の問題として、2℃や20℃の保存が可能かどうか。現実に、この規格に準じて保存条件を満たしている施設はあります。

 写真美術館の場合は規格通りには出来ておりません。相対湿度は50%±5%にしております。この数値は変動しますが、60%を越えない様にしてあります。湿度は、写真の種類に応じて変えなければなりませんが資金の問題で困難でした。そこで相対湿度は申しましたような条件として、保存庫を三つ作りました。一つは、規定の温度2℃を実現できず、5℃としました。ここには硝酸セルロースフィルムを収蔵します。これは可燃性で、低温で保存する必要があります。それから古いコダクローム、1985年以前の発色現像方式によるカラーネガおよびポジフィルムならびにプリントなどを収蔵いたします。1985年は昭和60年です。カラーフィルムが出てまだ新しい時代です。この時代のフィルムも規定では2℃の収蔵に該当します。これには驚かれるかもしれませんが、実はこの昭和60年を境にして、日本も外国もカラーフィルム、カラープリント、などがかなり丈夫になっております。これ以前の発色現像方式のカラー写真は非常に色素が弱いので低温で保存することになります。

 それから10℃の保存庫には昭和60年以降のカラー写真が収蔵されております。その他の写真、黒白とか古い写真の中でも銀画像の写真、それから顔料などで出来た写真などは全部20℃の収蔵庫に収納しております。一つの例ですが、このような実際の収蔵の状況もあります。

(10)実現可能な保存方法

 それでは、収蔵庫がない場合の写真保存はどうしたら良いか。収蔵庫というのはそれなりの目的で造らないと中々得られないものです。既成の建物の中で保存する場合にどのようにしたら良いか、ということになります。これはレジメの方にもっと詳しく書いてありますが、まず保存容器は、通気性の良いものを使います。それから正常な空気環境の所を見付けます。正常、というのは事務室など複写機のある場所とか、喫煙所などを避けることです。年間を通して温度と相対湿度の変化の少ない所を選びます。成る可くなら冷暗所が好ましいのです。レジメに床上40pと書いてありますが、床に直接置かないということです。また、積み重ねない。積み重ねるというのは、例えばアルバム等ですと、横にして積み重ねますと、下の方の写真は重みで圧着する可能性が非常に高まります。その他、相対湿度を60%以下に抑えることです。これは非常に大切です。温度よりも湿度のコントロールに重きをおくことが大切です。湿度のコントロールがどうしても出来ない場合には、写真の量が少なければ、低湿庫が市販されていますから、これに入れて保管する場合もあります。これですと収蔵庫がなくても実現可能と思います。

(11)写真画像の堅牢化処理

 その他に、これから保存用として写真を作る場合の事ですが、写真画像の堅牢化処理を致します。まず、写真の材質を選ぶことも必要ですが、カラー写真と黒白写真のどちらが保存性が高いかと申しますと、黒白になります。現在のカラー写真は、以前と較べると堅牢性が良くなってきておりますが、黒白のバライタ紙のプリントには太刀打ちはできません。実験的に、黒白のプリントは、長期間強制劣化を行ってもあまり変りません。したがって、どうしても画像を残したい場合にはバライタ印画紙の黒白画像で残すのが一番よろしいと思います。その写真印画ですが、多硫化調色とか金調色を施すと長期の保存に耐えるようになります。調色というのは銀画像を他の金属に置換し、大気中の汚染ガスなどから保護することです。そうしますと、非常に綺麗に長期に亘り保存することができます。一世紀以上前の写真が良い状態で残っている場合は大体調色をしております。

(12)規格、保存用品の購入方法

 今までお話しました現在のフィルム、印画紙、プリント、乾板の保存に就きましては日本工業規格(JIS)に、詳しく保存の方法、温度と相対湿度の関係などが非常に細かく書れております。これは、どなたでも買い求めることが出来、日本規格協会で一冊1、000円足らずで買うことができますので、ご興味があれば、もしかしたら勤務先の図書室に入ってるかもしれませんけど、入手されると良いと思います。

 それと、写真の包材、つまり紙とかテープ等をどの様にして選んだら良いかということになりますが、現在は日本には3つの会社から市販しております。その殆どが輸入品です。国産品は極く限られたものしかありません。写真保存用の包装材料は、写真画像への影響度試験方法というJIS規格が有りまして、この試験にパスすることが必要とされます。写真用として市販されている物の中には、この試験でパスしない物も一部ありますので、写真用だからと安心して使うというのは危険が伴います。この試験をして、実際に良い物と分かったものを使うことになります。日本には古来から和紙が有りまして、和紙は千年の歴史をもっていますので、和紙を使うのも一つの方法であります。その場合もやはり、この試験に合格したものを使うことになります。

(13)写真画像のデジタル化

 写真画像の保管は大変ですので、デジタル情報として取り込み磁気材料、光ディスク、光磁気記録、などにしておいた方が保管場所もいらないし、一番簡単ではないか、と言う意見もあります。これに対しては、結論から申し上げますと長期の保存には向きません。この方法を採る場合は、検索システムに使うとか、画像情報を全国ネットで公開するのには良いでしょう。

 この場合には、記録された画像情報を読むのに装置が必要となります。同じシステムの装置がないと読むことも見ることもできません。装置やシステムは年々必ず変化して、新しいものが出てまいります。例えば録音機です。昔は、オープンリールの装置が使われていましたが、今それを聞こうとすると、オープンリールのリーダーの装置がないと聞くことが出来ません。それと同じように、装置やシステムは年々進歩して変わってまいります。もしこの方法で保存する場合には、装置を複数、少なくとも2台必要になります。メーカーはある程度その修理部品の保証に関して、スペアを取っておきますが10年位でしょう。機械が故障した時に、修理部品を取るために1台余分に保管しなければならないことになります。それとシステムがどんどん変わってしまいますから、次のシステムで読む、見ることが出来るかどうか、その保証もないですので、この方法は保存という点ではお勧めできません。

 今申し上げたのは、現在は、パソコンで画像を再生できますが、これが何十年後かのシステムで、このフロッピーに記録された画像を見ようとしても、もうシステムが古くて見ることが出来ません。一方、人間読み取り型、ヒューマンリーダブルというシステムですと、1850年代の古いダゲレオタイプの写真、時代が新しくなって1950年代の黒白のプリントなど百年の年月を隔てても、直接人間は見ることができます。何世代か前の、もう天国に行ってしまった人が残したプリントも、すぐ見ることができます。装置読み取り方式ですと多分1世紀経つと見ることができなくなります。そうしますと、現在、お金をかけて写真をデジタル化していますが、決して保存に向く訳ではありません。次の新しいシステムが出来るごとに情報を変換する必要を生じるでしょう。例えば、磁気記録のフロッピーからCDへ、CDからDVDへというように。今すでにそれが始まっていますし、今後も続くことでしょう。

 以上、非常に簡単に概略をお話しました。次にスライドで古典写真をお見せしながらご説明いたしましょう。

 スライドをお願いします(以下、スライドの説明)。

ダゲレオタイプ・銀板写真

 写真発明以来今日までに、どのような写真があったのかというサンプルですが、これはダゲレオタイプという写真です。殆どがケースに入っております。これは一回の撮影で一枚の画像しかできません。現物のダゲレオタイプを持ってきております。前の方に置いておきますので、後ほどご覧下さい。

 初期の写真は、ダゲレオタイプ、アンブロタイプ、ティンタイプ、など皆このようなケースに入っています。ケースは革であったり、樹脂製であったり、後にはきれいに象嵌されたものなどがあります。当時、写真が非常に貴重なものであった事が分かります。初期の頃は、撮影時間が30分位の時代がありました。

湿板写真・アンブロタイプ

 日本の場合は湿板写真以降からの写真が多く残っております。なぜ湿板写真かと申しますと、ガラスの上にコロジオン乳剤を塗りまして、湿っているうちに撮影をしたからです。出来上がった写真はガラスの裏面に黒い裏打ちをし、桐の箱に入れて保存します。

鶏卵紙・アルビューメンプリント

 鶏卵紙は非常に長い期間使われてきましたが、鶏卵紙の元の色はセピア色です。この鶏卵紙は、黄色く変わってしまっています。多分これは処理が悪いためでしょう。これが、保存環境が悪いために変色する場合は全体的に変色するのではなく、周囲から変色します。画面の周囲から、黄色くなってきまして、普通は真中の辺りでは大体初期の色が残っているものです。これは処理が悪いために、全体的に黄変した例です。

 これも鶏卵紙ですが、鶏卵紙の写真で作られたカードは名刺代わりに使われた時代がありました。台紙に貼ってありますが、これは台紙が悪いため、このようにぽちぽちぽちと、茶色の斑点が出ています。大体、昔の写真の場合は台紙が悪いものが多いのです。多くの場合、表面には綺麗な加工紙が使われておりますが、一皮剥くと非常に汚い台紙が多くあります。台紙が悪いために写真が駄目になる例が多いです。

 裏側にサインのあるこの写真は、名刺代わりに鶏卵紙が使われた例です。日本でも、古い写真ですと鶏卵紙が非常に多いです。大体は、このように黄色くなっています。銀画像の堅牢化処理として金調色などを施していなければ大体が黄色くなっています。鶏卵紙写真は、このようにアルバムに貼られておりました。その一例です。

これは欧米のものですが、名刺代わりに自分の写真を台紙に貼って使っていたものです。この写真は金調色してありますから、ほとんど劣化がないのですが、こちらの別の写真は部分的に黄変しています。やはり、調色つまり堅牢化処理してあるものとないものとの違いが、このような長い年月になると顕れて参ります。

プラチナプリント

 これはプラチナプリントといいます。プラチナの印画像は非常に丈夫ですが、一方ではここに見られるように、うっすらと合い紙の方に画像が転写してしまう場合があります。

青写真

 これは青写真方式で作られた写真ですが、日本では、建築や機会の設計図面に使われましたので良く知られております。しかし、このような一般的なシーンをプリントした写真は少ないです。欧米では、ごく普通のシーンの印画として使われていましたから、青写真印画が比較的多く残っております。

ゴム印画、湿板写真とゼラチン乳剤のネガ

 長耐久写真の例です。これはゴム印画で顔料にカーボンを使用したカーボン印画です。その他の顔料も使われました。顔料で作った写真は画像が非常に丈夫でので、全然劣化してない写真の例です。

 これは鶏卵紙の原板として使用されたネガ、いわゆるガラス板に作られた湿板写真のネガです。こちらが普通のゼラチン乳剤の写真画像です。これから古い資料などを見ると、このような湿板写真ネガがで出くる可能性が高いと思います。

 ゼラチン乾板ネガと湿板ネガをどのように区別すればよいかについては、湿板ネガはコロジオン膜で作られてあり、処理、乾燥後は表面にニスを塗ります。年月を経るとニスは飴色になります。湿板の時代は、自分でコロジオン乳剤を塗布しましたのでガラスの端に指で持った跡が残りますので、見分けられます。なぜこれが大事かと申しますと、湿板と乾板、つまりコロジオン乳剤とゼラチン乳剤は修復時、例えば清拭したい時、湿板はアルコールを使うと画像が剥がれますので多くの場合水を使います。乾板のゼラチン乳剤の場合は水で拭きますと、ゼラチンは水を含むと膨潤しますから、その跡がついてしまいます。 このように材料の見分けも保存には非常に大事になって参ります。

菊地東陽の作品

 非常に良い印画ですが、約100年前のプリントです。撮影者はオリエンタル写真工業株式会社(現・サイバーグラフィックス)の創設者、菊池東陽がニューヨークに写真館を開いていた時に撮影・プリントされたもので金調色が施されています。これらの印画は約70年間に亘り洋服の空箱に無造作に入れられ、土蔵の中に置かれていました。この印画は、何処にも画像劣化が見られず、非常にきれいな状態です。この例では、工業規格の規定に係わらず、日本の土蔵の中で無造作に保管されておりました。土蔵は、温度や相対湿度の変化が比較的少ないのですが、必ずしも相対湿度が60%以下と言うわけではありません。しかし、温度と相対湿度の変化が少ないという事により、このように写真が良い状態で残ったものと思います。この例のように、土蔵があれば収蔵庫の代用として使うのも一つの方法と思います。

 以上、非常に概略的ではありますが写真の保存についてお話致しました。

 どうも有り難う御座いました。


司会:どうもありがとうございました。基礎的な部分の知識からかなり専門的な部分まで、色々なことを教えて頂いたのですけれども、どなたか御質問等があれば、まだ時間は若干ございますので、お受けしたいと思います。

   先ほど話がありました、バライタ紙の、なんといいましょう印画紙なんてものはあんまり使うことがなくてね、普通頼みますと全部RCペーパー(樹脂加工紙)といいましょうか、富士だったらWPペーパーにプリントしてあってですね。ちょうど僕ら、つい最近ですけど出始めて、最初使いにくい印画紙だなあと思いながら使った覚えもありますけれども。ただ乾燥が非常にやりやすいものですから、全てそれになってきてるような感じですね。

荒井:残念ながらそうです。やはりバライタ紙のほうが保存性は良いのです。これは強制劣化した場合でも、RCペーパーよりもバライタ紙の方がいわゆる最高濃度が高いままで維持されます。RCペーパーですと少し最高濃度が落ちてしまいますので、その写真を次に複写した場合、トーン不足が問題になるでしょう。ですから私はRCペーパーに焼くことをお勧めしません。写真美術館もRCペーパーでは受け付けておりません。作品は、全部バライタ紙にプリントし直してもらって、それで保存する事になります。RCペーパーも非常に水洗時間が短くてすみますので経済効率が高く、それは使い方次第で保管や検索に使うとか、使用目的によって使い分けることが必要なのではないかと思います。

司会:いかがでしょうか。どうぞ、御質問等あれば。

質問者:保存材についてですが、桐の箱とクリーニングする水、それから中性紙、それから土蔵という、非常に日本的な古来からあるものが出てきましたが、桐箱にしましても桐の材質というものがあると思います。それから水にしましても水道水もあれば井戸水もありますし。それから紙も中性紙ということで、pHの問題になる訳です。古来の方法で作ってる産地も当然あると思いますし、土蔵ですが土蔵も最近なかなか見る機会が少ない訳ですね。それで土蔵の構造ですね、土と藁でこねて作ってあるし、壁の厚さという問題もあります。それから地上からどの程度はなれているか。そういう中に貼ってある板とか、貼ってない場合とか、そういう個々の影響があるんですか? 簡単で結構ですから、その点の、材質のことについて教えて頂けますか。

荒井:桐の場合は、木質の問題があります。木は酸を出します。木酸を出しますから、桐を使う場合には相当枯れた桐を使わないと駄目だと思います。もし桐をお使いになるんでしたら、酸が抜けきった枯れたものを使うことになるでしょう。それから紙ですが、紙に関しましては、これは国際規格ISO/FDIS18902に細かく規定されています。例えば、アルファーセルローズが何%以上のものとか。現実の問題としてどういう紙がそれに相当するかは分からない訳ですね。保存用包装材料を取扱っている会社にお問い合わせ下さい。普通の紙屋さんではそのような品物はないと思います。それから土蔵ですね。やはり壁が厚いことで、温度と湿度の変化が少ない、年間を通して恒温ではなくても、いわゆる緩やかな温湿度サイクルであるということがよろしいのではないかと思います。写真に限らず何でもそうですが、温度と湿度の変化が激しいと、人間も体調崩すのと同じように、写真作品や芸術品などにもやはり非常に辛いことになると思います。例えば、非常に湿度が低くなりますと、ゼラチンを使っている写真印画の場合は膜面にひび割れを生じてしまいます。湿度が高い場合にはカビが生えやすくなり、また接触してる物と張り付いてしまいます。したがって、湿度・温度の緩やかな変化サイクルの土蔵は保存にも非常に良いと思います。どこでも土蔵から出てくる物は大体きれいな状態で出てきます。これで、よろしいでしょうか。

質問者:あと水を...。

荒井:水ですね、塩素を含んでいるものは避けて、蒸留水とか、精製水を使った方がよろしいと思います。

 カラー作品のことを申し上げるのを忘れましたが、カラー感材についてはレジメに写真画像の構成を簡単に書いてあります。黒白の場合は支持体の上に銀画像がありましたが、カラー感材の場合は支持体の上に3つの色素画像層があります。ネガやスライド画像の場合は上の層から、黄色、マゼンタ、シアンの層構成です。この3つの層構成がそれぞれに条件によって変化をします。まず、黄色の色素は、湿度が高いと水分を吸収して加水分解します。ですから、湿度の高いところに長く置おきますと、黄色い色素が破壊されて、画像の色調が全体的に青っぽくなります。あと、シアンの色素ですが、酸素の存在がないと安定しません。一番いい例が、フリーアルバム、アルバムの台紙に透明なシートをかけるものですが、それに写真を保存されている方がいらっしゃったら、長い保存では写真は赤っぽくなっている筈です。それは、シアンの色素が破壊された結果です。ビニールシートをかけることによって、酸素の供給が悪くなりシアン色素が破壊されて、全体的に赤っぽい画像になります。このように、3つの層で、それぞれ色素の挙動が違いますので、温度と湿度に留意すること、包装材料を選ぶことなどが非常に大事になってまいります。

質問者:質問は2つあります。広告会社の者ですが、35mmのカラースライド、殆どこれはロールフイルムで撮られた物なんですが、GEPE社のスライドマウントを使用しています。

荒井:ガラスのスライド・マウントですね。

質問者:あれはいかがでしょうか?

荒井:長いと駄目だと思いますよ。多分長期には。

質問者:ああ、そうですか。我々はネガにしてもポジにしても、そう長期間はもたないという意識で付き合っているのですけれども、個人的には、なるべく自分の作品だったポスターなんかをスライド化して、保存しておきたいな、という気持ちがあるので。

荒井:傷がつかなく、平面性が良いことで、宜しいんですけれども。多分、余り長い保存では空気遮断が心配です。

質問者:あとは、6x6とか、4x5 とか、大きいサイズのフィルムでは空気が遮断されている、いわゆる写真フォルダーというのがありますが、ああいうクラシックスタイルで作られたようなものありますね。ああいうものはどうなんでしょう。

荒井:多分保管の仕方だけだと思いますけど、長期の保存ということを考えた場合、私はお勧めしません。

質問者:あと、僕の場合は35mのコダックの場合だとスリーブに入っていてますよね?現在はそれを剥がしてフィルムだけをはずしてマウントに入れるんですけど、それをまあ、どっちがいいんですか?紙のまんまがいいのか、ゲペに置き換えてた方がいいのか。単純に比較論なんですけど。こっちが15年で、こっちが20年だったらま、ま私は25年位のがいいかなと思っているんですけど。どうなんでしょう。

荒井:多分、開放する方がよろしいと思います。ゲぺ社のああいうガラスでサンドイッチするというのは多分、良くないと思います。

質問者:ただ、取り扱いが簡単だというのがありますよね。

荒井:保存を目的にするか、活用(利用)を目的とするかで、方法を変えますが。保存と活用とは、非常に相反するものでして、難しいのですが、あくまでも保存をしたい、というのであれば、保存用と活用用と、写真作品を別々にしないといけないですね。

質問者:なるほど。カラースライドをスライド枠に入れる時には手の垢とか、埃とかつくものですから、我々がやるときに、ゲペでプレゼンテーションをするのですけれども、保存する場合にはファイル、いわゆるファイルに入ったままの、元の出荷時、というか、紙のファイル、あるいは自分たちで紙マウウントで糊を貼ってつけるやつがあるんですけど、そういうことでよろしいんですか?

荒井:その紙はやはり中性紙ですね?

質問者:まあ、売ってる物なので質まで分からないのですけども。ありがとうございます。

質問者:2つあるんですが、カラーとモノクロの保存の条件が違うので、分けて保存した方がいいとおっしゃったんですが、実際に保存する場所が1つしか実現できないといった場合には、一緒にそれを混ぜても、そのこと自体には問題はないんでしょうか?

あともう一つは、タトウ紙に入れて保存をされるという方法があるということですが、それは実際最後には棚に入れるとかするのでしょうか?

荒井:そうです。

質問者:それは箱に入れること自体に意味があるのか、それともその出し入れの問題とかそういったものがあるのか、その辺を教えて頂きたいと思います。

荒井:2番目の方からお答えします。これは保存箱ですが、これは一例ですが、このようにフォルダーにカラープリントをこのように包んで箱に入れます。フォルダーのまま剥き出しですと周辺環境の影響が大きいですから、必ず保存箱に入れて、そして棚に置くことになります。これが何段も、2段か3段に重なるわけですけども。

質問者:外からの影響も。 荒井:外からの影響、つまり周辺環境の影響もありますので、包めば包むほどその影響が少なくなります。大事な物はさらに包み、これを封筒に入れるなりして、二重、三重に包んで保存箱に入れる、という形になります。正倉院の御物も、今きれいに残っているのは、凄く包んであるのです。そして、また櫃の中に入れてある。いわゆる外からの影響を少なくしてあるわけです。そのように包み込みますと、温湿度の変化も受けにくいですから。それでも、外側の箱は、外気の空気を吸い取りますから、ある程度の年限が経ったら外側の箱は新しく交換します。それから、カラーフィルムと黒白フィルムを一緒に保存する問題ですが、それは分けた方が良いのです。

質問者:あの、同じ部屋で似たような...。

荒井:結局、場所がなければですが、保存箱を、カラー用と、黒白用の箱と分けます。まず第一に保存の温度が違うことが問題です。結局、温度が違う条件を満たすことがなかなか求められませんから、同じ場所に入れることになりますね。

質問者:物理的には別にしたって、実際には...。

荒井:もう、その場合には仕方がないわけです。

司会:時間が随分経っておりますので、あと御一方のみどうぞ。

質問者:写真包材の写真画像への影響度試験方法を日本で行う見通しみたいなのがあるんでしょうか。

荒井:どの様な形でですか?

質問者:例えばアメリカのIPI(Image Permanence Institute・ロチェスター工科大学画像保存研究所)とか。

荒井:あー、あのような形でですね。

質問者:公的な機関がやっているような見通しというか動きというか、いかがでしょう。

荒井:今のご質問は、写真包材の写真画像への影響度試験方法に関してですが、包装材料の材質が写真画像の保存に適しているかという試験ですが、これはアメリカではロチェスター工科大学の画像保存研究所が有料で受けております。例えば、自分がこういう材料を使って写真を保存したい、その材質が大丈夫かどうかという試験は、アメリカのそこに頼みますと結果を出してくれます。日本の場合は、今のところ公的な機関でその試験をする予定は全然ありません。その試験が出来る場所は、感光材料および製紙メーカーなどは当然出来ますが、公的な機関で出来るのは2つの大学と、東京都写真美術館、などです。恒温恒湿装置があればそんな難しい試験ではありませんが・・・。

司会:それではどうも、先生ありがとうございました。いろいろご質問にもお答え頂きまして、 一応これで荒井先生の御講演を終わりにさせて頂きたいと思います。どうもありがとうございました。

荒井:どうもありがとうございました。


(平成12年7月15日 國學院大學百周年記念館AV教室にて)



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