本研究の目的と計画・方法

1 研究の学術的背景

 これまで、「国家神道」に関する研究は、近代神道史や宗教学のみならず、多岐に亙る分野から国内外の研究者によって活発に取り組まれてきた。近年の研究動向では、「国家神道」概念の枠組再考や言説分析の観点からの理論的考察(島薗進「国家神道と近代日本の宗教構造」『宗教研究』第329号、2001年、磯前順一『近代日本の宗教言説とその系譜』岩波書店、2003年、等)が注目される一方、かかる考察の基盤や前提となるべき近代の神社そのものの実態やその変遷について具体的な史料をもとに検討している研究は、近代神道史の分野以外、殆ど見当らない現状にある。
 こうした中で、藤田大誠(研究代表者)は、近代国学、祭政一致論、慰霊、神仏関係などの観点から、近代の神社やその担い手の神職・国学者に関する史料の掘り起こしと検討を積み重ねてきた(『近代国学の研究』平成19年、等)。但し現在、かくの如き研究と「国家神道」をめぐる理論的考察との接点は依然見出せないまま、停滞状態に陥っているのが学界の実情といえよう。
 しかし他方で、あくまでも具体的な史料の検討に即しつつ、神社を「都市」や「地域社会」という「空間」の中において捉えることで、「国家神道」研究に一石を投じる研究も登場している。青井哲人(研究分担者)は、都市史研究・都市計画史研究を止揚する観点に立って、基礎的な史的条件の整理を重視しつつ、「日本植民都市」の史的特質を明らかにするために神社とその境内に着目する中で、「国家神道体制」の特質をそれにまつわる物的・空間的環境の形成という局面に即して捉え、「韓国・台湾を問わず、かつての神社境内は市街地に接する公共空間であり、緑地としてよく整備されてきた」と指摘している(『植民地神社と帝国日本』2005年)。また、畔上直樹(研究分担者)は、「公共宗教」論を意識しつつ、「村の鎮守」とその神職の歴史的実態や戦前日本社会に果たした役割を考察する「国家神道」の地域社会史的研究を展開するとともに(『「村の鎮守」と戦前日本』2009年)、大正期以降の「都市化」を視野に入れながら、東京近郊農村部・多摩地域の史料(「立木取調帳」など)をもとに、明治期の神社境内における「鎮守の森」の植生景観と地域社会との関わりの変遷を検討している(「明治期「村の鎮守」の植生と地域社会」平成21年)。
 これらの研究は、近代神道史の阪本是丸が早くから指摘していた、神社(特に祭祀)の「公共性」をめぐる歴史的展開や、それに伴う地域社会における神職・氏子制度の再編、神社の経済的基盤の変化や神社境内の「公園化」の議論(『国家神道形成過程の研究』岩波書店、1994年、『近代の神社神道』弘文堂、平成17年)と十分に噛み合うものである。かかる観点を踏まえ、本研究では、「公共空間」や「公共性」をキータームとして、神道史と都市史・都市計画史、地域社会史の分野を接続することで、具体的な史料に基づく新たな「国家神道」研究を試みたいと考える。
なお、本研究計画の申請関係者の大部分は、主に國學院大學の「渋谷学」(人文・社会諸科学の複合的観点による地域学)に関わることで研究交流を深め、その中の有志は、平成21年6月27日開催の第5回渋谷学研究会を契機として、渋谷区鎮座の明治神宮をめぐる関連人脈を検討する研究会を始めている。本研究計画においては、その視野を近代の〈帝都〉東京に拡大することによって広く東京全域の神社を対象として含むこととしているため、これらとは自ずと差異化が図られている。但し、結果として「渋谷学」や明治神宮研究を補完するものにはなると思われる。

2 本研究の目的

 今回の研究期間内においては、次の諸点を具体的な史料をもとに明らかにしようと考えている。
(1)「東京奠都」以降の〈帝都〉東京における「公共空間」としての神社境内(社殿等建築物、「鎮守の森」、神苑)の整備過程について、具体的に日枝神社、神田神社、大国魂神社、國神社、東京大神宮、明治神宮、各地の「村の鎮守」などを対象として考察し、神社そのものが保持してきたとされる「公共性」の近代的展開や、その背景となる近代の法令・諸制度の実態の解明。
(2)明治初年の社寺領上知などの結果、神社に隣接する近代の新たな「公共空間」として創出された公園・庭園・緑地、或いは神社祭礼の執行による臨時的「公共空間」の形成過程の解明。
(3)神社経営の担い手である神職(全国・東京の神職会、皇典講究所・國學院の人々)や地域社会の氏子・崇敬者、そして都市計画行政としての「公共空間」形成に密接に関わる周辺人物(国や東京の官僚、政治家、実業家、学者)などの神社観やその具体的な活動、相互交流の解明。
W)近世都市・江戸から近代都市・東京へと至る間の、「名所」としての社寺・祭祀空間をめぐる景観の連続と断絶の様相について、「社寺参詣」から「観光」への展開過程を踏まえつつ解明。
(4)旧〈帝都〉である京都における近代の神社境内(社殿等建築物、「鎮守の森」、神苑)やそれをめぐる「公共空間」(公園・庭園・緑地)形成と比較する観点から〈帝都〉東京の特質を解明。
(5)〈帝都〉東京を舞台とする「公共空間」創出にまつわる世俗性/宗教性の思想的枠組と、近代の神社の機能・制度との関係性について、寺院の「公共性」との比較、戦時下における「総力戦思想」の浸透と神社が結びつく/つかない過程の観点をも視野に入れつつ、理論的に解明。

3 本研究の意義

 近代の「公共空間」としての「公園」(石川幹子「公共空間としての公園・緑地」『公共空間としての都市』岩波書店、2005年)については、すでに「公園史」の観点から豊富な先行業績があり、近世・近代の社寺と公園との歴史的関係の深さも言及されている(田中正大『日本の公園』鹿島出版会、昭和49年、丸山宏『近代日本公園史の研究』思文閣出版、1994年、白幡洋三郎『近代都市公園史の研究』思文閣出版、1995年、小野良平『公園の誕生』吉川弘文館、2003年、等)。
 明治初年の社寺領上知以降、社寺が旧境内地を地域社会のための「公園」として提供している事例が多いが、とりわけ神社や祭祀・祭礼が歴史的に「公共性」を持ち続けてきたことは、古代の神祇令や鎌倉幕府の貞永式目、江戸幕府の神社条目、明治4年の「神社ノ儀ハ国家ノ宗祀ニテ一人一家ノ私有スヘキニ非サル」という太政官布告からも窺える(阪本是丸『近代の神社神道』)。
 「公共性」(public)の語は、1)国家に関係する公的なもの(official)、2)特定の誰かにではなく全ての人々に関係する共通のもの(common)、3)誰に対しても開かれているもの(open)、という意味に大別できる(齋藤純一『公共性』岩波書店、2000年)。これを敷衍すれば、神社境内は、「私的な」(private)、或いは「個人的な」(personal)空間ではなく、「隠された」(secret)場所でもない「公共空間」として位置付けることができよう。また、一般的に寺院は神社よりも地域社会との繋がりが弱く、しばしば転移されてきたことからも、地域住民によるコミュニティ活動を媒介として「広場化」される契機は神社よりも少ないとされ、一方、神社においては、社殿を含む一画の「聖域」以外の境内全体が「広場化」されオープン・スペースとなっていることが指摘されている(都市デザイン研究体『復刻版 日本の広場』彰国社、2009年)。
 なお、明治初年の「東京奠都(遷都)」以降における「公共空間」と神社に関する研究は、平安神宮創建を扱った小林丈広の研究(『明治維新と京都』臨川書店、平成10年)や中嶋節子による「神苑」研究(「近代京都における「神苑」の創出」『日本建築学会計画系論文集』第481号、1996年)、高木博志による「近代神苑論」「内裏空間論」(『近代天皇制と古都』岩波書店、2006年)など、旧〈帝都〉・「古都」京都の事例が先行しており、一方〈帝都〉東京における神社境内の整備過程と「公共空間」創出との関わりについての本格的・総合的研究は、未開拓の課題といえよう。
 上記を踏まえると、本研究の学術的な特色・独創的な点は、学際的研究であるのは勿論のこと、神社境内やその隣接空間を「公共空間」として捉えつつ、寺院とは異なる神社独自の「公共性」の歴史的探究を主眼とし、新旧の〈帝都〉である東京と京都との比較の観点を導入したところにある。そして本研究の結果、「公共性」という観点から「国家神道」に関する新たな見取り図が提示されることが予想され、今後の神道史・宗教史にとり重要な意義を持つ研究になると思われる。

4 研究計画・方法

 研究計画・方法としては、(1)関係史料の調査・収集とその検討、(2)研究会開催と研究発信、の二つの柱を立てている。
 (1)については、まず、国や東京・京都の公文書、近世・近代の神社関係史料など、原資料の調査・収集とその検討を基盤とする。また、本研究参加者が個別の神社をそれぞれ担当し、「公共空間」としての神社とその隣接空間に関する具体的な事例研究を積み重ねる(但し、史料の残存状況や調査の進捗状況によって担当神社を変更し、研究対象の規模を縮小することも有り得る)。そして研究を進めるに当っては、神社や都市計画行政をめぐる関係人物の考察とその相関を常に意識しつつ行う。
 (2)については、ウェブサイトを立ち上げて随時研究発信に努め、定期的に開催する「神社と「公共空間」研究会」で相互的に検討・議論して問題意識を共有し、最終的には公開シンポジウム開催や報告書作成によって、研究のまとめを行う。

5 本研究における役割分担

 本研究は、共同研究を遂行していくための研究組織を形成している。研究代表者の藤田大誠、研究分担者の青井哲人・畔上直樹のほか、遠藤潤(宗教学、日本宗教史)、菅浩二(近代神道史、宗教社会学)、森悟朗(宗教学、宗教民俗学)が連携研究者として参加し、研究組織に厚みを加えている。また、研究協力者としては、藤本頼生(近代神道史、都市社会学)、岸川雅範(神田神社史、近代神道史)、佐藤一伯(近代神道史、神道神学)のほか、今泉宜子(明治神宮史、比較文化論)、福島幸宏(日本近代史、近代史料学)の参加を得ている。さらに本研究では、神社と「公共空間」研究会などに参加した研究者と交流を深め、随時研究協力者の増員確保に努めている。

藤田大誠(研究代表者)
・本研究の全体統括、「神社と「公共空間」研究会」の運営、ウェブサイトの運営
@「東京奠都」以降の京都と東京の神社・宗教行政全般に関する考察
A神社境内の整備及び公園創出に関する法令や諸制度の通史的整理
B「国家神道」、神社と「公共空間」に関する研究文献リストの作成
C東京招魂社の創建、國神社の祭祀・神職・境内整備に関する検討
D全国・東京の神職団体、皇典講究所・國學院関係者についての検討

青井哲人(研究分担者)
・都市史研究の統括
@伊東忠太、角南隆を軸とする近代の神社建築関連人物に関する研究
A近代東京の都市空間形成の画期たる明治神宮造営に関する研究

畔上直樹(研究分担者)
・地域社会史の統括
@多摩地域における「村の鎮守」の「鎮守の森」の変遷に関する研究
A近代における府中・大国魂神社の境内整備、社林変遷に関する研究

遠藤潤(連携研究者)
@江戸から東京へと至る間の社寺・祭祀空間の景観に関する考察
A東京大神宮の成立過程と東京の神職団体の成立・展開に関する研究

菅浩二(連携研究者)
@「公共空間」創出と世俗性/宗教性の思想的枠組に関する研究
A東京における神社の「公共性」と「総力戦思想」との関係の考察

森悟朗(連携研究者)
@江戸期の「社寺参詣」から近代の「観光」への展開に関する研究
A近代における「名所」としての東京の神社境内に関する研究

藤本頼生(研究協力者)
@内務官僚の神社観・公園観、神社法令と「神社」概念に関する研究
A近代における日枝神社の境内整備と神社の「公園化」に関する研究

佐藤一伯(研究協力者)
@近代東京の神社創建と「神苑」造成をめぐる関係人物の研究
A明治神宮・國神社における「風致」と「崇敬」に関する研究

岸川雅範(研究協力者)
@天下祭(神田祭・山王祭)、江戸・東京の都市祭礼の比較研究
A近代における神田神社の境内、社殿、神職、氏子に関する研究

今泉宜子(研究協力者)
@明治神宮創建及び外苑の整備と地域住民の関係についての研究
A明治神宮所蔵史料の使用に関する助言

福島幸宏(研究協力者)
@京都府庁文書を用いた近代京都の神社と神職団体に関する研究
A京都府立総合資料館所蔵の神社関係史料の使用に関する助言