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<<21世紀、食料・農業政策をどう展望するか>>
ー国際有機農業運動連盟(IFOAM)スイス大会が提起した課題ー

古沢広祐
(「社会運動」市民セクター政策機構、2000年10・11月号掲載、図表は省略)

 2000年8月下旬、スイス、バーゼルで開かれた国際有機農業運動連盟(IFOAM)の第13回世界大会は、加盟107カ国から約1500人(同時開催イベント「有機加工食品セミナー」参加者を加えると1700人)の参加者を迎えた、文字通り史上最大規模の有機農業会議となった。まさしく来世紀に向けての、食料・農業政策の時代的な転換と将来的姿を象徴する会議として、多くのメッセージや課題テーマが本大会で提起された。以下、大会での主要トピックを紹介しながら、21世紀の食料・農業政策の姿について論じることにしたい。  

(1)遺伝子工学/VS/有機農業 ー 世界の飢餓を救うのは誰か?

 「21世紀には80億人を超えると予測される世界人口を養うために、遺伝子工学の技術を積極的に活用することが重要だ!」
 「かつて緑の革命でも起こったプラス・マイナスを冷静に分析するならば、遺伝子工学は、きらびやかな夢以上に環境や安全性、そして種子の支配(生命特許)の拡大など、新たな貧困と従属の拡大をうむだけだ!」
 8月29日の夜の特別企画:ビッグ・ディベート(論争)「世界飢餓の解決は、遺伝子工学か有機農業か」、4人の著名なスピーカーが、議長の采配の下に次々と持論を展開し、会場の参加者の発言も加わって活発な議論が戦わされた。論争の議長役は、かつて世界的企業チバガイギーの国際種子ビジネス開発部長や英国ローザムステド研究所の生化学部長を務め、その後、生物肥料や生物農薬の会社ミクロビオのディレクターと科学コンサルタントとして活躍しつつ、新技術と持続的農業を結びつける可能性に関心をよせている英国在住の生化学者ベン・ミフリン氏。
 遺伝子工学の擁護派は2人、世界銀行と国連農業研究機関(CGIAR)のコンサルタントで、国連アフリカ緊急対応事務所および国際応用システム研究所のディレクターを務めるマヘンドラ・シャー氏、そしてキューバの生物学者で農業省、科学・技術・環境部局のディレクターと国連農業研究機関(CGIAR)の技術顧問を務めるマリア・アントニア・フェルナンデ・マルティネ氏。
 批判派は、カリフォルニア大学(バークレー校)教授(農業生態学)で国連開発計画(UNDP)の持続的農業の普及コーディネーター、並びに国連農業研究機関(CGIAR)のNGO委員会の議長を務めるミゲル・A・アルティーリ氏と、インドの科学技術・自然資源政策研究所代表で「第3世界ネットワーク」副会長を務めるバンダナ・シーヴァ氏の2人。
 議論は、これまでも多くが語られてきた安全性評価をめぐる見解の違いから始まり、会場からの質問も加わって、細かくは遺伝子組み換え技術の持つ特性や影響評価、さらに遺伝子自体の機構そのものをめぐる議論が出たり、他方では社会的・政治的影響や技術的適応のあり方をめぐる議論まで、きわめて多岐に及んだ。多種多彩な議論のなかには、人口問題や食料需要の増大への対応策として、会場から技術論ではなく食べ方の問題だという世界ベジタリアン(菜食)協会の人の批判まで飛び出して会場が沸く一幕もあった。
 対立の構図としては、あくまで自然の摂理と環境調和に原則をおく批判的視点からの「有機農業派」と、技術進歩の延長線に遺伝子工学を位置づけて適正な応用策を探ろうとする楽観的視点からの「進歩改革派」といった図式となった。議長による手際よい交通整理と今後に持ち越された課題や対話継続の重要性が指摘されたのだったが、本大会の性格もあって会場自体は「有機農業派」の押し切りという幕引きとなった。
 しかしながら、議論はやっと第一歩目に踏み込んだ所であり、今後とも解明すべき課題は多い。とくに途上国の貧困問題や劣悪な土壌・環境条件への対応策に関しては、時間的制約もあり具体的解決策を論じるまでには至らず、個別的な見解と一般論にとどまった。その意味で、設定されたテーマに対する明解な解答は今後に持ち越されたと言ってよかろう。

 思い起こせば、2年前の国際有機農業運動連盟(IFOAM)第12回大会(アルゼンチン、マル・デル・プラタ、1998年11月)で最大の焦点になったのが、遺伝子組換え作物(GMO)問題であった。98年推計で遺伝子組換え作物栽培面積が世界で4千万ヘクタールへと急拡大した状況への危機感から、「遺伝子組換えは、農業の歴史始まって以来の人類が直面する、環境及び地球の健全性にたいする最大の脅威である」との認識のもとに、会議の最終日、遺伝子組換え作物の実用化の禁止を世界各国に要求するマル・デル・プラタ声明を採択したのだった。
当時、急拡大するGMOに対抗して、英国をはじめヨーロッパ諸国でGMO反対キャンペーンが国民的に急速な盛り上がりをみせ始めようとしていた時期であった。そして、その後まもなく米国アグリビジネスのGMO展開は大きな壁に突き当たった。今回の大会では、単なる反対のための反対を一歩踏み出て、有機農業が将来の世界の食料生産に対して果たすべき課題について、より突っ込んだ議論へと展開すべくテーマ設定されたのだった。

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     マル・デル・プラタ声明
IFOAMは、世界中の政府並びに規制当局に対し、以下の理由から、遺伝子工学を農業と食料生産に利用することを即時禁止するよう要求する。
・人類の健康に対する容認しがたい脅威である。
・環境にマイナスで回復不可能な影響を及ぼす。
・回収不能な性質をもつ生物体を環境に放出する。
・農民と消費者の選択の権利を奪う。
・農民の基本的財産権を侵害し、農民の経済的自立を脅かす。
・遺伝子工学を利用した農業生産は、IFOAMの定義する持続可能農業の原則に反する。
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(2)世界の主流になり始めた有機農業

 冒頭で述べたとおり、本大会は規模の大きさとともに歴史的な転機を象徴する催しであった。振り返れば、ちょうど23年ほど前の1977年に、最初の国際有機農業運動連盟(IFOAM)の第1回大会(科学会議)が、同じスイスのSissachで開催され、180人の参加と約50ほどの研究発表が行われたのだった。当時は欧米諸国中心のまだ比較的小さな運動団体にすぎなかった動きが、その後急速に組織化が進んで、今回の大会の研究報告予稿集は800ページにおよび、まさしく電話帳の様な体裁で、850ほどの応募のうちの約500の発表内容が記載された。
土壌学、植物病理学、栄養生理学、分析化学など自然科学の分野から育種、畜産、果樹、養蜂、工芸作物、食品化学、農業経営などの農学分野、そして農村開発や改良普及・教育、農村の貧困問題や女性問題 、さらに認証制度・ラベリングからマーケティング、農業政策や貿易問題、国際政治学の分野に至るまで、有機農業に関わるあらゆる学際的領域がカバーされている。まさに今日の世界が抱える問題へのオールタナティブ(代替提案)を目指す躍動する雰囲気をかもした会合と言ってよかろう。本大会の直前には、スイス有機農業視察ツアー、有機ワイン生産会議、有機食品スーパーマーケット会議、有機食品フェアなども開催された。

(3)スイスの有機農業

 ここでスイスの有機農業の動きについて簡単に紹介しておこう。表1のように、2000年で全農地の約8.4%、9万ヘクタールが有機農業に転換している。地域的には、山間地域で10〜30%に及んでいるのに対して、平地部ではおよそ5%となっており、山岳地域での取り組み(畜産、酪農)が活発である様子がわかる。有機農業生産物の内容は、表2の通りである。
 こうした有機農業の拡大の背景には、消費者の有機農産物への需要の拡大がある一方で、政府の支援策も大きな貢献をしている。もともとアルプスの山岳地帯を抱えて急峻な地形が多い国柄もあり、農家の平均経営面積は14ヘクタール(1995年)と欧州規模では小さい方で、フランスの41ヘクタール、ドイツの31ヘクタールにはるかに及ばない。農業人口は、今日では就業人口の4%にすぎないが(1900年時点では31%)、全国土の4割を管理しており、観光資源と国土景観保全上たいへんに重要な役割を果たす存在となっている。
 そうした自然的、社会経済的な背景もあって、スイスでは土地条件の不利な地域農業の支援策を早くから導入してきた(条件不利地域の所得保障政策)。それが環境問題への関心の高まりと安全・健康食品志向の増大を受けて、有機農業の推進と所得保障などの補助金政策を結びつける政策へと適用されることになったのである。1998年に農家が受け取った政府からの補助金は6億8850万スイスフラン(約450億円)で、その適用された農地としては100万ヘクタールほどが含まれている。適用条件はさまざまで、18%以上の傾斜地(スロープ)、家畜への良好な環境維持、農薬削減・汚染防止などで、とくに有機農業と統合農業(減農薬・環境保全型農業)への補助金は、表3のようになっている。有機果樹栽培でヘクタール当たり年間1000スイスフラン(約6万5千円)、食用作物が600スイスフラン、有機牧草地が100スイスフラン、開放型(自由放牧)飼育の牛と豚が一頭当たり135スイスフラン、鶏が180スイスフランといった具合である。
 こうした有機農業、環境保全型農業を助成する政策の背景には、WTO(世界貿易機関)体制下で、農業補助金への規制(削減)が強化されてきたことへの対応策という側面を見落とすことはできない(いわゆる農業補助政策が許容されるグリーンボックスの枠組み)。さらに、より積極的な意味としては、欧州市場での有機食品需要の大きな高まりにいち早く対応すべく産業政策的な意図もそこにはある。具体的には、国内の有機市場対応と対輸出対応があるわけだが、興味深いのは有機食品に付ける認証表示マーク「ビオ・スイス」に国内産重視の区分けがあることで(実際には輸入の有機産品の素材利用は多いが)、国内有機農業重視の政策が巧妙に付加されている点があげられる。

(4)コープ戦略の柱となった有機食品

 農業をめぐる情勢は何処も同じで、近年のスイス農業の経済的環境は年々厳しさを増しており、農業所得と農家数の減少は日増しに進んでいる。スイス農業全体が国際競争力の荒海にもまれて衰退の道を余儀なくされつつあるなかで、唯一伸びているのが有機食品事業と有機農業なのである。まさに内外の情勢を見きわめた起死回生の手だてとして、有機農業が実利的にも政策的にも大きく浮上していると言っていいだろう。
 スイスの有機食品分野は、このところ年率20%の勢いで急拡大しており、1999年時点でスイスの食品市場全体のほぼ2%(5億8000万スイスフラン)を占めている。その拡大市場をリードしているのは、2大スーパーマーケットチェーンであるスイス・コープ(生協)とミグロス(生協から転換した株式会社)である。スイス・コープは食品市場の32%を占めるが、その売り上げの4%が有機食品であり、他方のミグロスは食品市場の36%を占め、売り上げの1.8%を有機食品が占めている。そのマーケットシェアの推移は、図1〜3に示されたとおりである。
 なかでもスイス・コープは、有機農業を将来戦略の柱に位置づけており、「コープ・ナチュラ・プラン」として総合的な将来計画を展開している。すでに主要食品のかなりのものが有機食品で占められてきており、牛乳35%、人参30%、パン20%、ベビーフード20%といった具合である(表4)。

(4)世界の有機農業

 以上、大会の様子とスイスの有機農業と有機市場の拡大状況について述べた。次に、会議の報告や議論を参考にして、ヨーロッパの概況と有機市場の拡大の背景、さらに今後の展開状況について、論じることにしたい。
 国際有機農業運動連盟(IFOAM)がドイツの「エコロジー・農業財団」(S.O.L: Foundation Ecology & Farming )に依頼して行った調査(1999年10月〜2000年8月)によれば、世界全体でおよそ1050万ヘクタールの規模で有機農業が実施されており、多い地域から、オーストラリア(530万ha)、イタリア(95万ha)、アメリカ合衆国(90万ha)、ドイツ(45万ha)、アルゼンチン(38万ha)、スペイン(35万ha)、フランス(32万ha)、・・・・となっている。現状では、オセアニア地域が、世界の有機農業の約半分を占めており、続いてヨーロッパ地域が3分の1強を占めている(図)。
 ヨーロッパ(EUと関連諸国)では、農地のおよそ2%が有機農業に転換しており、スイスとオーストリアの8%を筆頭に、デンマーク、スウェーデン、フィンランド、イタリアが6%に達しているが、多くの国は概ね1〜3%の範囲におさまっている。東欧諸国は、チェコ共和国がすでに3%に達しているほかは、ほとんど転換が始まったばかりの国が多い。よりこまかく特定地域を見ると、たとえばアルプス地方などでは4割から5割まで転換が進んでいる。転換が比較的進んでいる有機農業の分野としては、ミルクなどの酪農製品や牛肉など肉製品が多い。
 ドイツのカーセル大学の3カ国(オーストリア、ドイツ、イギリス)の市場比較調査によれば、農地面積は、それぞれ( 8.4% 、2.6% 、1.2% :同上順)、有機農業の農家数割合は( 8.9% 、2.4% 、0.7% )、有機農産物の市場に占める割合は、( 3% 、1.8% 、1% )となっている。販売形態は、オーストリアとイギリスがスーパーマーケットを主体としており、ドイツでは自然食品店・農家直販・スーパーマーケットの共存となっている。ヨーロッパの有機市場動向としては、1980年代に比較的ゆっくりとした市場拡大があり、続いて90年代に入って加速度的な市場成長が続いている。同圏内では、イギリスとドイツが有機農産品を輸入しており、フランスやオランダが輸出に力を入れている。
 90年代の特徴としては、政府支援による有機市場の拡大策がとられたことであるが、EU(欧州連合)共通農業政策の展開や、各国レベルでもスイス、オーストリア、ドイツ、イタリア、北欧諸国などが力を入れている。スーパーマーケットの販売拡大の状況をみるかぎり、有機市場は国境を越えて欧州地域全体としての市場展開に広がっているように見うけられる。地域性を含みつつも、グローバルマーケットとして、有機市場が発展をとげつつあるのである。その市場は、規模はまだ小さいものの、成長率がきわめて高いことや、市場構造に信頼性やコミュニケーションなど付加価値性が強く働いていることなどから、今後の動向について様々な観点から注目が集まっている。

(5)有機市場の特徴と成立基盤

 「スーパーマーケット・有機食品会議」でも、様々な市場分析や市場の背景分析が、各国のスーパーマーケット事業者や研究者から話題提供された。前回紹介したスイスコープの取り組みも一例だが、たとえば消費者のタイプ分けとして、次のような指摘があった。旧来の消費者タイプが「社会派で環境意識や社会変革意識が高い層」であったのに対して、新たな層は「個人派で、自分や家族の健康、そしてより広い意味の健康志向や生活向上志向」が強いという。
 これは、ヨーロッパの特徴というより、先進諸国の一般的な傾向とみてよかろう。細かくは国ごとに特定の志向性があり、味や香り、安全・健康志向、文化・社会的意識などで差異が生じていると思われる。しかしそこに共通するのは、多様で複合的な価値志向として、食物を栄養カロリーといった物質的要素としてみるより、楽しみ、ファンタジー(空想力あふれるもの)、自己のアイデンティティ(個性)としてとらえる傾向であり、そこでは、生産過程の確証(Traceability)、品質と信頼性、コミットメントとコミュニケーション、社会倫理意識、娯楽・レジャー性などといった様々な特徴が重要な役割をはたしていると考えられる。
 現代人の食物を総合的視野からとらえる視点として、会議中に何度か引用された図式に、「食物ピラミッド」(出所:「国際ライフサイエンス研究所」ー世界的企業「ユニレバー」の研究機関)があるので、ここで紹介しておきたい。(図)


     ・           倫理
    ・  ・         社会的責任
   ・ 図 ・       生産物の品質
  ・      ・     生産物の安全性
 ・ ・ ・  ・  ・ 消費者の立脚基盤(行政・法律制度、選択可能性)

 食物の背後にある基本的な要素を、5つほどのカテゴリーに区分けしたものだが、下の3つが基本的・標準的なカテゴリーで、上の2つが補完的なものと位置づけられている。上の2項目を補完的としているが、私としてはヨーロッパ的な特性としてとらえたい。今回の会議でも、フェアトレード(社会的公正貿易)の取り組みや、動物の福利の視点がかなり話題となっていたが、概ねヨーロッパ諸国に普及している動きである。また、実際に有機農産品の基準項目に、このような視点を取り入れようとする動きもみられる。
 ここで紹介した図は、私たちの「食物」の背景を支える社会的な構造を図式化したものだが、下の部分はロジスティクス(物流)としての基盤、上の部分(上部構造)は「食物」の文化的意味あいとして、幅広く考えるとより普遍的な図式となると思われる。このピラミッド図は、もとはといえば生態学の食物連鎖やエネルギー転換の図式が原型だと思われる。同じく「食物連鎖」の概念も、同じように拡張して応用できるわけだが、たとえば上述の、生産過程の確証(Traceability)、そして環境団体が着目している「フード・マイル」(食物の移動距離)の概念なども、こうした延長線上にある。今回、大会直後のI F O A M総会の提案事項の1つに、有機農産物の定義の要素に「フード・マイル」の考え方を付け加える提起が出されたが、総会の承認は得られなかった。
 「食物」を、どのような概念でとらえていくかは、21世紀の私たちの社会、文化、政治、そして自然と人間との関係性にまで深く関わる根元的なテーマである。その点に関して、今回の大会での様々な議論の柱として、既述したこと以外に「生物多様性」や「農業の多面的機能」が、強く強調されたことは大いに注目したい。

(3)生物多様性と農業の多面的機能

 有機農業と生物多様性との関係は、前回の冒頭で紹介したバイオテクノロジーと近代技術への対抗的意味合いと深く関わる問題である。とくに、近年の農業の近代化がもたらした自然生態系の単純化(モノカルチャー)は、深刻な事態を生み出しており、近代農法への対抗戦略としての小農民の伝統農法や先住民の農業文化が、有機農業的な視野からも見直されているのである。多種多様な品種の栽培や食べ方の文化(料理、加工、保存、作法、儀礼を含む)が、地域の自然の多様性と深く関わったものであることへの再評価が起き始めているのである。食生活の単純(モノカルチャー)化が、マクドナルドなどのファストフードに象徴されるのに対して、最近はスローフードが対抗的概念として注目されてきたことも、同じ流れの現象である。
 前回の冒頭でもふれたように、人間の経済と社会の基盤である自然環境、とりわけ生命・生態系を巻き込んだ新たな脅威が、バイオテクノロジーと近代技術の下で急速に進行している。それは、新しいタイプの支配構造と自然と人間の存立基盤の破壊をもたらす可能性を秘めている。こうした事態を、食と農を取り巻くバイオ・グローバリゼーションの動きと表現しておきたいが、それは、世界的に農山村の生活基盤やコミュニティーの崩壊とビジネス的囲い込み現象を引き起こし、社会・文化の多様性から自然資源(遺伝子を含む)の多様性までをも消失させ、きわめて不安定かつバランスを欠く社会を生み出す可能性がつよい。
 有機農業が、そうした事態の対抗力となりうる可能性を持つ一方で、他方ではビジネス中心の既存のグローバリゼーションの一部に組み込まれてしまう恐れもあり、どういった展開方向へ向かうのか、まさに瀬戸際にたっているのが今日的状況だと思われる。今回のスイスでの有機農業会議は、見方によって両方の要素がちりばめられた大会であったが、少なくともヨーロッパの有機農業や農業食糧政策においては、既存のグローバリゼーションへの対抗的視点が明確に息づいていると感じられた。ここで、最後にもう一言グローバリゼーションへの対抗的視点を強調して本レポートの締めくくりとしたい。

(4)グローバリゼーションへの対抗戦略

 グローバリゼーションという意味では、自由化の促進がより安い食料を世界各地から入手する道を開く豊かさへの導標であるかのような言われ方をするが、そこには大きな落とし穴が隠されている。この場合の食卓の豊かさ、選択枝の拡大の一方で起こることは、外見上の食卓の多様化とは正反対に世界大で国際分業化、モノカルチャー(単一耕作)、巨大企業による品種・栽培・加工技術から食品の開発・支配などといった集中化・画一化が進み、深刻な多様性の喪失が世界規模で進行していくのである。世界の食料・農業システムが、いわば安売り競争の下でグローバルにスーパーマーケット化していくような事態、あるいは画一化という意味で食のマクドナルド化現象が起きていくと言ってよい。
 また、とくに途上国においては、累積債務問題による輸出圧力という外圧が一方ではたらく中で、商品経済が徐々に人々の伝統的生活をおおい始めている。効率性の原理と尺度だけで物事がすべて動かされていくことによって、それに合わないものがどんどん切り捨てられていく。地域の”おくれた自給的農業”あるいは”未開発・未利用の資源”として軽視・排除・収奪されてきた自然、先住民、地域の社会や文化などがそれである。
 農業や食文化は、ある意味ではそれぞれの国の環境や多様性の破壊をひき起こす時に突破される第一の砦と考えられる。いま私たちが目指すべき方向とは、環境と調和する農業や農村維持政策を広い視野からとらえ直し、食と農を再結合させる文化運動として各国レベル、また世界レベルのWTO体制においても国際的政策として形成していくことなのである。
 これからの農業・食糧政策の新たな方向性としては、社会・環境面に注目した農業の「多面的機能」に光をあてていくことが重要なポイントとなる。その点に関しては、欧州の動向が先取り的な動きを見せている。その一例が、農家への直接所得補償する制度(一種の生産調整:生産と「デカップリング(切り離し)」した補償制度)であり、欧州(EU)で導入され国際的にも認知されてきたデカップリング政策である。
 その発展形態として、環境負荷型の従来の農業がもつ環境的マイナス面を削減する一方で、従来見過ごされてきた景観形成、環境・国土保全機能など、便益(プラス)側面を積極的に評価・重視する方向性が生まれ始めている。いわば「デカップリング」から、環境や福祉政策と「リ・カップリング」(再結合)させる政策形成である。経済的手法としては、汚染抑制のための課徴金・課税制度を設ける一方で、条件不利地域の維持や環境重視型農業の促進する助成制度の展開、福祉・教育・地域・人的資源の活性化につなぐために、地域の個性・伝統文化の活性化を促す表示・メッセージの工夫から、都市と農山村の連携・交流・コミュニケーションプログラムの多角的展開が重要性をもち始めているのである。
 こうした展開は、環境・景観・福祉など各種メニューを農家や市民の側がプログラム提案して、行政やNPOなどの協力体制のもとで発展させる下からの仕組み作りが重要ある。農業の担い手としても、地域の農家を基礎としつつもかなり多様化していくことが求められるだろう。一方では、生産から流通・加工・販売に至るまで、市場の多元化と各種ビジネス的農業展開がはかられると同時に、他方では、ホビー(趣味)・レジャー型農業や各種市民農園の積極的な展開、そして協同組合・農業生産法人のみならず新たな社会的農業形態としてNPO法人、あるいは農家と市民・NGOなどが提携する協働形態など、さまざまな主体形成と協同のネットワークが課題となろう。とりわけ高齢社会が現実化するなかで、農業・農村の福祉的な機能に大きな光をあてていく政策が重要となると思われる。
 地域レベルでの多種多様な主体形成をはかりつつ、世界システムの変革への糸口を見出すことが当面の課題だと思われる。

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