靖国の絵巻

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河野鷹思

こうの たかし
明治39(1906)-平成11(1999)
 グラフィックデザイナー。現在の東京都千代田区富山町に生まれる。大正13年(1924)、東京美術学校図案科に入学する。大正15年、築地小劇場で吉田謙吉に師事して舞台装置制作に関わる。昭和4年(1927)、松竹キネマ株式会社宣伝部に図案係として入社。同年、東京美術学校卒業。以後、広告、映画ポスター、舞台装置などを手掛け、グラフィックデザイナーの先駆けとなった。昭和7年、小津安二郎監督の映画で美術監督を務める(「美術監督」の初例)。昭和9年、名取洋之助の日本工房(第二次)顧問デザイナーとなり、欧米向けの国策宣伝誌『NIPPON』の編集を手掛ける。昭和16年、日本産業美術協会設立に参加して評議員。
 戦後もポスター制作、舞台装置、映画製作などに携わっている。昭和26年(1951)、日本宣伝美術会設立に参加。以降、たびたび日宣美展に出品し、メッセージ性の強い作品を発表している。昭和29年、東京芸術大学工芸科図案部非常勤講師。昭和41年、愛知県立芸術大学設立に携わり、昭和43年に愛知県立芸術大学教授、昭和58年より愛知県立芸術大学学長。昭和43年、ポーランド国際ポスタービエンナーレで国際審査委員長を務める。昭和51年、勲四等旭日章。平成4年(1992)、勲三等瑞宝章。

◇戦争画との関連

 昭和12年、『中外商業新報』(現・『日本経済新聞』)の特派員として中国北部に従軍する。昭和14年、陸軍報道部嘱託として広東に赴く。昭和15年に日本写真工芸社の総編集局長となり、対米宣伝雑誌『VAN』を創刊。昭和17年、陸軍の宣伝班員となり、翌年出征。終戦まで現地の美術工芸指導や宣撫工作に当たる。
 戦争美術関係の展覧会では、昭和13年の第1回大日本陸軍従軍画家協会展に出品している。また、昭和16年の第1回航空美術展に出品している。

◇参考文献

東京国立近代美術館編 2005『河野鷹思のグラフィック・デザイン 都会とユーモア』東京国立近代美術館

『靖国の絵巻』作品リスト

コマ
番号
タイトル サムネイル
(若いコマが右)
昭和14年 36 十四 広東警防 河野鷹思画 (同上)|靖国の絵巻 十四 広東警防 河野鷹思画|靖国の絵巻
37 (同上)

「慰霊と追悼」 國學院大學 研究開発推進機構 研究開発推進センター