おはらいの文化史 大祓詞


ホーム » トピック解説 » 大祓詞


大祓詞について

 典型は平安時代の法制書『延喜式』えんぎしき巻八に「六月晦大祓」みなづきのつごもりのおおはらえという名で所収。(1)朝廷官人かんじんへのはらえの実施の周知、(2)日本の人々による罪の発生から神々による罪の消失に至る祓のプロセスの周知、(3)卜部うらべへの指示の周知、以上3要素から構成される。なお、中臣祓なかとみのはらえは大祓詞と概ね同文だが、人々は状況に応じ表現などを変化させ用いた。

このページの冒頭へ

大祓詞の構成と口語訳

 口語訳は、おおむね青木紀元『祝詞全評釈:延喜式祝詞中臣寿詞』(右文書院、平成12(2000)年)に従ったが、武田祐吉・倉野憲司校注『日本古典文学大系 古事記・祝詞』(岩波書店、昭和33(1958)年)ほかを参照して一部改め、適宜振り仮名をふった。

 中臣祓は、本文(3)~(8)と酷似しており、この部分については、ほぼ同内容と考えて差し支えない。

前文

(1)開式宣言

 この場に集まり控えている親王たち・諸王たち・諸臣たち及び数多くの役所の役人たち、皆の者ら、よく拝聴せよとり聞かせる。

(2)儀式の趣旨開陳

 天皇様の朝廷にお仕え申し上げているひれを掛けたりたすきを掛けたりして御膳奉仕の職を勤める人々、又ゆきを背負ったり剣を腰に着けたりして宮廷警護の任に当たる人々、その他数多くの職にある人々を初めとして、それぞれの役所にお仕え申し上げている役人たちが、これまでに過ち犯したと思われる種々雑多な罪を、今年の六月の晦日つごもりの大祓の儀式で、きれいさっぱりと祓い清めて下さることを、皆の者ら、よく拝聴せよと宣り聞かせる。

本文

(3)天孫降臨の故事と天皇統治の淵源

 高天の原に神様として鎮まっておられる貴く又むつまじい皇祖の男神様・女神様のお言葉によって、沢山の神々をすっかりお集めになり、十分御審議をお尽くしになって、「我が皇御孫すめみまみこと(貴い神のお孫様、皇孫邇邇芸命ににぎのみこと)は豊かな葦原の茂る瑞々しい稲穂に恵まれた日本の国を、安らかな国として平穏にお治めなさい」と仰せられて、この国を御委任申し上げなさった。このように御委任申し上げなさった国の中で、乱暴する神たちを次々に問いただされ、次々に掃いのけられて、さわがしく物を言っていた岩石や樹木や一片の草の葉までも、ものを言うことを止めさせて、すっかり平定して、皇御孫の命を天上の堅固な御座を後にして、空に幾重にもたなびく雲を神々しい威力でき別け掻き別けして、天上から地上へお降し申し上げた。このようにして御委任申し上げた地上の国の真中のすぐれた所として、この太陽が空高く輝く大倭おおやまとの国(大和の国)を、安泰な国として平定申し上げて、地下の大きな岩の上に宮殿の柱を太くしっかりと立て、高天の原に向かって宮殿の千木を高々とそびやかして、皇御孫の命の生気に満ちた御殿をお造り申し上げて、そこを天を覆う陰また日光を覆う陰となる立派な御殿として、皇御孫の命はお住まいになって、これから安泰な国として平穏に統治して行かれるその国の中に、

(4)罪の発生と罪の種類

 どんどん生まれ出て増えて行く人民らがこれからきっと過ち犯すと思われる種々雑多な罪の行為は、まずあまつ罪として、畔放あはなち(田のあぜをこわす罪)・溝埋め(田に水を流す溝を埋める罪)・放ち(田に水を送る竹や木の管をこわす罪)・頻蒔しきまき(穀物の種をまいてある上へ重ねてまいて、成長を妨げる罪)・串刺し(家畜にとがった串をさして殺す罪)・生剥いけはぎ(家畜の皮を生きたまま剥ぐ罪)・逆剥さかはぎ(家畜の皮を尾の方からさかさまに剥ぐ罪)・屎戸くそと(肥料の屎にのろいをかけて、農耕の妨害をする罪)というように、こんなに数多くの罪を天つ罪として区別を定めて、つぎにくにつ罪として生膚断いきはだだち(人の膚を傷つける罪、但し被害者が生きている場合)・死膚断しにはだだち(人の膚を傷つけて殺す罪)・白人しらひと(皮膚の異常に白くなる病気)・こくみ(こぶのような皮膚の異常の類)・おのが母犯す罪(自分の母親と通ずる罪)・己が子犯す罪(自分の娘と通ずる罪)・母と子と犯す罪(一人の女性と通じ、更にその女性の娘と通ずる罪)・子と母と犯す罪(一人の女性と通じ、更にその女性の母親と通ずる罪)・けもの犯す罪(畜類と通ずる罪)・昆虫はうむしわざわい(家屋の下部に蛇やむかでのような地をう虫が加える災禍)・高つ神の災(高いところにいる雷神が家屋に落ちて生ずる災禍)・高つ鳥の災(家屋の上部に鷲や鷹のような空を飛ぶ鳥が加える災禍)・畜仆けものたお蟲物まじものする罪(畜類を殺してその血を取り、悪神を祭って憎む相手をのろう呪術を行う罪)というふうに、こんなに数多くの罪が出て来るであろう。

(5)大祓の行事実施の教示

 このように数多くの罪が出て来れば、天上から伝わった宮廷の儀式に従って、大中臣おおなかとみが神聖な金木かなぎ(金属のように堅い木)を根もとを打ち切り、先端を打ち断って、中間を沢山の祓えつ物(祓の時、罪をあがなうために出す品物)を置く台の上に、祓えつ物のしるしとしていっぱいに置いて、神聖な菅の繊維を、根もとを刈り断ち、先端を刈り切って、中間をこまかく針状に裂いて、祓えの具として用意して、その上で、天上から伝わった神聖な荘厳な祝詞(天津祝詞あまつのりと太祝詞事ふとのりとごと)の言葉を宣読せよ。

(6)罪消滅の予言

 このように宣読するならば、天上の神々は住まっておられる天の岩屋の戸を押し開いて、空に幾重にもたなびく雲を神々しい威力で掻き別け掻き別けして、お聞きになるであろう。又地上の神々は、高い山の頂や低い山の頂にお登りになって、高い山の上のいゑり(語義未詳。ただし、仮屋、雲霧といった説がある。)や低い山のいゑりを掻き別けて、お聞きになるであろう。

(7)罪消滅の状況

 このように神々が確かにお聞きになったならば、天皇様の朝廷を初めとして、天下の方々の国には、罪という罪は一切なくなってしまうであろう。その罪がなくなってしまう様子は、ちょうど風の吹き起こる大もとの戸口から吹いてくる風が、空に幾重にもたなびく雲を吹き放ってしまうことのように、又朝方立つ霧・夕方に立つ霧を朝風・夕風が吹き払ってしまうことのように、又大きい港のほとりに停泊している大きい船を船首の縄を解き放ち船尾の縄を解き放って、大海原に向かって押し放つことのように、又遠い向こうの方の繁茂した木の根もとを、よく焼き入れをした鋭利な鎌でもってばっさばっさと切り払うことのように、あらゆる罪は消え去って、後に残る罪は全くなくなってしまうであろう。

(8)罪消滅の経路と神々の関与

 このようにすべての罪をなくしてしまおうとして、今日こうして朝廷において大祓の儀式を行って、祓い清めて下さる罪(具体的には罪を付けた祓えの品物)を、高い山や低い山の頂から勢いよく落下してさか巻き流れる速い川の瀬においでになる瀬織津比咩せおりつひめという神様が、川から大海原へ持ち出してしまうであろう。このように持ち出して行ってしまえば、激しい潮流の沢山の水路が一所に集合して渦をなしているところにおいでになる速開津比咩はやあきつひめという神様が、それをかっかっと音を立てて呑み込んでしまうであろう。このようにかっかっと呑み込んでしまえば、息を吹きだす戸口の所においでになる気吹戸主いぶきどぬしという神様が、それを地底の闇黒の世界(根の国・底の国)へ息で吹いて放ちやってしまうであろう。このように息で吹いて放ちやってしまえば、地底の闇黒の世界においでになる速佐須良比咩はやさすらひめという神様が、それを持ってどこともしれずうろつき廻って、ついにすっかりなくしてしまうであろう。

(9)本日の実施の大祓による罪の消滅

 このように罪をなくしてしまえば、天皇様の朝廷にお仕え申し上げる役所役所の役人たちを初めとして、天下の方々の国には、今日から始まって、罪という罪は一切なくなってしまうであろうというわけで、高天の原に向かって耳を振り立ててこの祝詞の声を聞く象徴の物として、儀式の場に馬を引っぱって来て、今年の六月の晦日の夕陽が西に傾く時刻に実施されるこの大祓の儀式に、人々の罪を祓い清めて下さることを、参集した皆の者ら、よく拝聴せよと宣り聞かせる。

後文

(10)祓えつ物棄却の命令

 四つの国(伊豆・壱岐・対馬上県かみつあがた・対馬下県しもつあがた)の卜部らは、大川へ行く道に祓えの品物を持って退出して、大川に祓い棄てよと宣り聞かせる。

このページの冒頭へ


Copyright© Research Center for Traditional Culture, Kokugakuin University 2010-2011 All Rights Reserved.

お問い合わせ