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■  先輩から卒業生から  ■
 

  天野文雄

  (財)国際高等研究所副所長
  大阪大学名誉教授


昭和55年 博士課程修了
学位:博士(文学)法政大学
学位論文:『翁猿楽研究』(平成7年、和泉書院)
専門分野:能楽研究
       

串田孫一だったか、なぜ山に登るのかと問われて、「そこに山があるから」と答えたというエピソードがあります。これは病膏肓に入った「好き(数奇)」には理屈などないことを端的に言い表した名文句ですが、さて、なぜ中世文学を研究しているのかと訊かれたら、あなたはどう答えますか。その答えが、「そこに中世文学があるから」であるとしたら、それは小生にはいささか物足りません。というのも、それでは、なぜ中世文学に関心があるのかが分からないからです。もちろん、中世文学を専攻しているあなたには、その価値について答える用意があるものと思います。それならばそれでよいのですが、一般論としていえば、そのような用意がある人は、独り立ちしている研究者にもそう多くはないように思われます。たとえば、『平家』や『新古今』について、ある発見をした場合、その発見はたぶんそれだけに終わらず、『平家』や『新古今』の作品としての質、あるいは中世の文学や文化の質、さらには現代の文化や社会の歴史的な位置を考えるうえで、どのような意味を持つのか、という問題にも波及するはずです。いうまでもなく、こうした視点を持つには、それなりの蓄積が必要ですが、それがない研究者は、世阿弥の言葉を借りると、「無主風」ということになります 。2011.04
 

  石井由紀夫

  北海道教育大学釧路校教授

終了年度:昭和51年 博士課程後期中退
修士論文:『太平記』の研究
専門分野:中世文学 軍記物語の史的研究
       
       

自分が学生だった時、どのような勉強をしたのかを思い出してみると、今はない「中世文学研究会」で学んだ日々を思い出します。そこでは、やさしい先生と厳しすぎる先輩(大学院生)と初歩的なことを質問できる先輩(学部生)とがいました。  つまり、最初に必要なことは、何が解らないかを自分自身で見極めること。これが言葉で言うほどやさしくないのは、何も知らない、何も解らない状態で大学生になってしまうからです。高校までの勉強は、いつも答えのあるものでした。ところが、大学は答えのまだない問題を考えるところです。しかし、入学当初は何に答えがあって、何に答えがないのかが解りません。できるのは、自分の持つ知識を一つ一つ確認していく作業です。その作業を通じて、今まで答えであったと信じていたものが、実は答えではなく、仮説の一つに過ぎないことが解っていきます。それを繰り返して行くことによって、何が解らないかの輪郭がつかめていきます。  その時、大切なのは一緒に考えてくれる友人やどんなくだらない質問でも正面から向き合ってくれる先輩(先生も含む)の存在です。そういうすばらしい出会いがあるので、今、私はこの仕事をしていられるのだと思います。大学でのよい出会いを祈っています。2011.11
 

  松田宣史

  都立高校教諭

平成14年 博士課程修了
学位:博士(文学)國學院大學
学位論文:『比叡山仏教説話研究−序説−』(平成15年、三弥井書店)
専門分野:中世叡山説話
       

下手の横好きのまま今日に至りましたが、古典文学の研究はたいへんだと思います。  研究には、まず地の利が必要です。その点、國學院は申し分ないと思います。地の利の次は時間とお金が必要です。時間とお金・・・ここから苦しみが始まります。写本を読む目も必要です。何年経っても読めませんが。年号も覚えなければなりません。大宝からの年号を全部順番に暗記するのが早道です。その後で、年号に西暦を充てていけばそのうち全部覚えられます。語句の読みにも注意しましょう。特に仏教語は読みがむつかしいです。  研究は、現象を解明したり法則を見つけたりするものです。論文を作成するには、本文の一節や出典などを記したカードをたくさん作る必要があります。後で検索しやすいように、キーワードを通行の形で併記しておきます。毎日活字や写本を読み、寝食を忘れてカードを採る。寝食を忘れて・・・雑事と寝食に溺れている私にはとても出来ないことです。しかし、10年続けてカードを採っていると、断片と断片が結びつき、今まで誰にも見えなかった現象の裏側や法則が見えてくる場合があります。10年かかっても見えないこともあります。研究はたいへんです。2011.09
 
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