平成21年度
公募制自己推薦
ALT型レポートのテーマと作成の手引き
●課題
「臓器移植」というテーマについて、以下の内容を含む1200字〜 2000字のレポートを書いてください。
1)そのテーマについて、どのようなことが問題となっているか。
2)その問題が出て来た背景には何があると考えられるか。
3)その問題を解決するためにどのような方策が有効であるとかんがえられているか、また、その解決策に関してどのような議論がされているか。
4)自分はどのような解決策がもっとも望ましいと考えるか。(理由を必ず付すること)
※レポートを書く際には、「15歳未満」、「子どもの人権」、「親権者の承諾」、「脳死判定」および「臓器移植法改正」、という5つのキーワードを必ず使わなければなりません((文中のキーワードには下線を付して下さい)。
●出題の意図
今回のALTレポートは「臓器移植」をテーマとしていますが、キーワードから分かるように、臓器移植それ自体についてではなく、最近の論点である臓器移植法改正をめぐる問題、特に15歳未満の子どもからの臓器提供を認めるか否か、という問題(小児臓器移植問題)について論じることを求めています。論述の順序としては、概ね@問題状況の分析、A改正の動向や改正案の紹介、Bその長所・短所についての分析、C自分の意見の表明になります。以下、それぞれについて採点のポイントを説明します。
●採点ポイント
1. 問題状況分析 ―― 臓器移植をめぐる最近の問題状況が説明されているか?
・臓器移植法が制定されてから11年が経つこと
・臓器移植の件数が他国と比して増えていないこと(件数等も含む)
・臓器提供の二つの要件が説明されていること
・小児臓器移植の問題が残っていること(理由等も含む)
・海外での移植には様々な問題があること
・法改正の動きがあるが、未だ成立には至っていないこと
以上の6点が求められる記述内容となります。記述の正しさ・引用の適切さ・記述のバランス等を考慮して適宜加点・減点を行っています。なお、その他、1968年の和田移植の問題、法律制定までの経緯、その後の臓器移植の状況等についても、正しい説明がなされていれば、加点しています。
2. 改正案の検討 ―― 改正をめぐる種々の意見が紹介されているか?
・河野=中山案(原案は町野朔報告書)について説明されているか?
→opt-out方式による提供要件の緩和、小児臓器移植の解禁
・opt-out方式の利点・問題点が挙げられているか?
・小児臓器移植の問題が残っていること(理由等も含む)
・子どもの自己決定権(意見表明権)について説明されているか?
→提供を承諾する場合の自己決定権、提供を拒絶する場合の自己決定権
・子どもの判断能力の問題が挙げられているか?
・子どもの脳死判定の困難さが説明されているか?
以上の6点が求められる記述内容となります。記述の正しさ・引用の適切さ・記述のバランス等を考慮して適宜加点・減点しています。臓器移植法の廃止(脳死からの臓器提供の完全禁止)を求める意見やその他の改正案についても、正しい説明がなされていれば、加点しています。
3. 自分の意見の表明 ―― 自分の意見が、十分な理由に基づき、説得的に表明されているか?という点を考慮しています。
4. 参考文献の提示 ――参考文献が挙げられているか?適切に参照されているか?という点を考慮しています。
5. 日本語能力 ―― 誤字脱字・文法上の誤りが無いか?接続詞が適切に用いられているか?分かり易い表現になっているか?という点を総合考慮しています。
6. 形式要件 ―― キーワードの未使用(下線無しも含む)、文字数の不足・過剰等は減点対象としています。
●解答例
以下では、概ね高い評価を得たレポートを、一部修正の上、紹介します。レポート執筆の際の参考にしてください。
参考例1
日本では、1997年に臓器移植法が制定されたが、脳死臓器移植が行われたのは2008年9月までで75例にとどまっている。現行の日本の臓器移植法では、本人の明示的意思がない限り脳死判定を行うことができず、さらに15歳未満の者からの臓器提供が認められていない。このように、日本では他国に比べて脳死臓器移植に関する制約が厳しく、なかなか移植が進まないことが問題となっている。
「死」を定義づけることはとても難しい。日本では、生前に書面で臓器提供の意思表示をした場合にのみ、「脳死」が「死」と認められているが、従来は、主に「心拍停止・呼吸の停止」を確認したときに「死」とみなしてきた。そのため、「脳死」の状態を一般的な「死」と考えるには抵抗がある人も多いと言われる。さらに子どもについては、日本では、臓器提供をする意思表示は「遺言」ができる年齢にならって15歳以上でなければならないとされる。そのため、15歳未満の者から臓器を取り出すことは許されていない。しかし、臓器移植を必要とする患者は先天的な疾患を原因とすることが多く、子どもの移植が特に必要とされている。サイズが異なることから、大人の臓器を子どもに移植することは不可能であるので、子どもの臓器移植は海外に依存するしかなく、渡航費用や手術費に高額の金銭を必要とするのが現状である。このような現状を踏まえ、現行法の制約を改善することが求められている。その中で、2005年には「臓器移植法改正案」が提出された。自民党河野氏の提出した法律案は、「脳死」を一般的な人の死とした上で15歳未満の未成年者を含め、年齢にかかわらず本人が生前に臓器提供を拒否していなければ、遺族の同意で臓器提供を可能としている。また、公明党斉藤氏の提出した法律案は「臓器提供可能年齢を15歳から12歳に引き下げる」というものである。これらの改正案は未だ成立していないが、国会での議論は続いている。
「本人の意思表示の確認」を取り払ってでも臓器移植の利点を優先させるのか、これが改正問題の議論の背景にあると考えられる。改正に関して私が問題点として考えるのは、第一に現行システムの周知がなされていない点である。2006年の臓器移植に関する世論調査では、臓器移植について「関心がある」と答えた人の割合は59.0%、15歳未満の臓器提供について「できるようにすべきだ」と答えた人の割合は68.0%であった。この世論調査によれば、国民は脳死を「死」と考えて移植を肯定してきているようだ。しかし、同じ調査によると、現在ドナーカードを持っている人は全体の8%にとどまる。これは現在の臓器移植のシステムが十分に定着していないことを示している。このように臓器移植が停滞している状況は、多くの国民が「臓器移植」について十分に考えていないことの表れであるとも言える。より多くの国民が臓器移植について理解することが重要であると私は考える。臓器提供を勧めるだけでなく、マスメディアを使うなどして、臓器移植の現状をきちんと伝える形でより広く訴えかけていく必要がある。第二に、本人の意思表示の問題がある。15歳以上の者については、明確な意思表示が可能である場合はやはりそれを尊重すべきであると私は考える。では、15歳未満ではどうだろうか。私は、15歳前後の時期は思春期で体も心も大きく成長するため、かなり不安定な時期であると考える。そういう年齢時に「死」というものを自分から受け入れ、「脳死になったら臓器を提供する」という明示的意思表示が果たしてできるだろうか。私は、今17歳である。15歳のときにそのような意思表示が決断できたとは到底思えない。もし、自分が脳死状態になった場合を想定してみると、自分が臓器を提供すれば臓器移植者の命を救い、自分が死んでも自分の一部が臓器移植者の体内で生き続けると考えたい。しかし、この明示的意思判断・意思表示を15歳未満で行うことはとても難しいだろう。また、意思表示をしないまま「脳死」状態になってしまったら、そのときの意思を本人に問うことはできない。それにもかかわらず親権者の承諾で臓器提供を決定すると、自分の意見を表明するという子どもの人権はなくなってしまうのではないだろうか。15歳未満であっても、明確に判断・表示できるかどうかは別にしても、自分の臓器提供について何らかの考えや感情はある。子ども本人の同意・拒否の意思を考慮しないのは、児童の権利条約違反に当たると考える。
以上のように、さらに検討しなくてはいけない課題がたくさんある。臓器移植という医療技術が多くの命を救うことも事実であるが、私は、議論を尽くさないで拙速に臓器移植法を改正することには反対である。日本人としてのこれまでの死生観や子どもの権利保護もよく考えた上で、もっと議論を重ねた上で判断すべきであると考える。
参考文献
梅原 猛 『「脳死」と臓器移植』 1999年 朝日新聞出版
← 出版年・出版社も記載すること
篠原 睦治 『脳死・臓器移植、何が問題か』 2001年 現代書館
中島 みち 『脳死と臓器移植法』 2000年 文藝春秋
日本臓器移植ネットワークHP http://www.jotnw.or.jp/ (最終アクセス日2008年9月27日)
← URLと最終アクセス日(HPを閲覧した日)も記載すること
内閣府世論調査HP http://www8.cao.go.jp/survey/index.html (最終アクセス日2008年9月27日)
参考例2
1997年に臓器移植に道を開く臓器移植法が制定された。この臓器移植法の下では、脳死体からの臓器の摘出要件として、本人が生前に同意していることと家族が拒否していないことの両方が必要とされる。法律の規定は脳死を一律に人の死としていない。また、ガイドラインは、本人の意思表示ができる年齢について15歳以上としている。これにより、15歳未満の子どもからの臓器提供は不可能となっている。特に、心臓移植ではサイズが合う臓器をみつける必要があるため、子どもが国内で臓器移植を受ける道は閉ざされている。
臓器移植法で問題となっているのは、@本人の明示的意思表示がない限り、脳死判定も臓器提供も行うことができないこと、A15歳未満は意思表示能力がないとみなされるため、臓器提供ができないことの2点である。脳死を一般的に人の死とし、本人が拒否していなければ家族の同意で臓器提供を可能とする諸外国に比べて、要件が厳しいため移植件数は極めて少ない。また、国内で臓器移植が不可能である子どもは海外で移植を受けざるを得ないため、国内で臓器移植を受けられるようにすべきだとの声が強まっている。臓器移植法には、施行後3年を目途に必要な見直しを行うとの規定が設けられており、その期限は過ぎているが、現行法の問題点を解決するために、推進派と慎重派の両方の考えを反映した改正案が現在国会に提出されている。臓器移植法改正に向けた動きが活発となっていると言える。
自民党の河野太郎衆議院議員ら脳死移植推進派からは、@脳死を一律に人の死と規定した上で、A15歳未満の子どもも含めて年齢にかかわらず、本人の拒否の意思表示がなければ、家族の承諾だけで臓器提供を可能にする改正案が出されている。この案は、移植患者団体の要望とも一致しているし、諸外国の臓器移植法とも共通して、臓器提供の意思の有無にかかわりなく脳死を法的な死としているので、国会で成立すれば臓器の提供者が多くなると期待されている。
これに対し、臓器移植法の基本を覆すような改正に反対している森岡教授は、一定の範囲での改善を提案している。@脳死を人の死とするかどうかは、それぞれの人間の死生観に委ねるべきである。A脳死の人からの臓器移植は、本人からの尊い提供意思を活かすために許されたのであり、臓器不足だから本人の意思が不明の場合でも使うという方向への改正は、臓器移植の精神に反する。B15歳未満でも、自分の臓器提供についての意思表示は可能である。親権者の承諾だけで、子ども本人に同意・拒否の機会を与えずに脳死判定や臓器提供を行うのは、子どもの人権を無視しており、日本が批准している「児童の権利条約」違反であるとの考えが示されている。
私は、森岡案による解決策が望ましいと考える。これは、本人の意思表示と家族の承諾を要求する現行法6条を維持し、6歳以上15歳未満の者について、親権者の承諾などの要件を課した上で、臓器提供の意思を表示することを認めるが、6歳未満の者からの臓器摘出は禁止するものである。この案を支持する理由は以下の4点である。@脳死と臓器移植の問題は人の生命と尊厳に関わる重要なものであり、脳死を人の死とする考え方が社会の共通認識になっていない中で、脳死を一律に人の死とするのは問題である。現在の脳死判定基準では脳死を正確に見極められないおそれがある、という指摘も考慮する必要がある。A本人が自己決定しないことも認められるべきである。現在の法律とは違って、臓器提供するかどうかの考えが決まっていない人を「臓器を提供する人」とみなす改正案では、臓器提供をするか否かの決定を〔決定したくない人も〕強いられることになる。しかし、この問題は誰もがすぐに答えをだせるものんではない。また、移植医療に関する情報を正確に理解していない人まで臓器摘出を容認したとみなすのは、その人本来の自己決定ではなく、与えられたものである。B児童虐待が増加しており、弱い立場にある子どもの人権を守るためにも、本人の承諾という原則をはずすのは認められない。子どもに対する命の教育をした上で、子どもの意見表明権を保障すべきである。C幼い子どもの場合、脳死判定は成人に比べて非常に難しく、脳の回復力の強さを示した例や脳死状態が長期に持続する例もあり、脳死での臓器移植を認めるべきではない。
臓器移植に消極的な人たちの中には、ドナーカードで提供意思を表示すると延命治療がおざなりにされたまま臓器を摘出されるのではないか、という不安を理由として挙げている人もいる。こうした医療不信をなくすためにも、救急医療の充実と体制整備が急務であると考える。また、臓器移植法のような、人の生命に関わる重要な問題については、制度の改正を急ぐよりも、ドナーカードの普及を目指して脳死や臓器移植への国民の理解を求めることが望ましいだろう。
参考文献
小松美彦 『脳死・臓器移植の本当の話』 PHP研究所 2004年 328‐390頁
石原 明 『法と生命倫理20講』 日本評論社 2003年 171-182頁
脳死・臓器移植を考える委員会編 『愛ですか?臓器移植』 社会評論社 1990年 208-213頁
戸波江二 他 『生命と法』 成文堂 2005年 91-122頁
← 参照ページも記載すること