英国心霊主義とマイヤース


外国語 藤野 敬介

 

 英国心霊主義の研究を始めて1年半程になる。とは言っても、未だ何の成果も上げられていない。時間を見つけては文献を読み漁っているだけであるが、ここ数ヶ月はマイヤースの霊界通信にはまっている。
 フレデリック・マイヤース(Frederic William Henry Myers: 1843-1901)は、19世紀英国の古典文学者、詩人である。数多くの詩作に加えて、古代ローマの詩人ウェルギリウスやワーズワースの評伝等の業績が知られているが、彼の名を後世に不朽のものとしたのは、心霊研究の開拓者としての功績であろう。
 1882年、母校ケンブリッジ大学で視学官の職にあったマイヤースは、同学の倫理学教授であったヘンリー・シジウィック、バルフォア宣言で知られるアーサー・バルフォア、物理学者ウィリアム・フレッチャー・バレット等と共に心霊現象研究協会(The Society for Psychical Research=SPR)を創立した。以後、精力的に心霊研究を行い、その集大成ともいえる大著『人間の個性とその死後存続』(Human Personality and its Survival of Bodily Death)を発表し(正確には死後刊行)、後の心霊学に多大な影響を与えた。
 さて、そのマイヤースが、死後30年を経過してジェラルディン・カミンズという霊媒を通じて霊界から通信を送ってきたという。それらが『永遠の大道』(The Road to Immortality)と『個人的存在の彼方』(Beyond Human Personality)という二冊の本にまとめられている。『永遠の大道』については、マイヤースの友人でありSPRの会長でもあった物理学者オリバー・ロッジが鑑定の依頼を受け、多くの点でマイヤースの特徴が歴然と見られると断定している。
 マイヤースは生前から「類魂説」として知られる理論を主張していた。これは仏教で考えられているような単純な輪廻転生を否定し、個霊は単独で存在するのではなく、グループに属することで、再生した人生での貴重な体験を自分だけではなくグループ全体の財産として共有するという考え方で、このメカニズムによりグループ内の個魂は、何度も永遠に生まれ変わらなくても霊的進化の道を歩むことができるというものである。
 生前の心霊研究から確信に至ったこの類魂説を、死後の世界に赴いたマイヤースが学究の目で改めて調査、考察をし、その結果が霊媒を通じて報告されたのである。心霊学研究の世界で類魂説が定説として受け入れられるようになったのは、マイヤースのこうした研究によるところが大きい。霊界通信の真偽は別として、死後も真理の追究を続けたマイヤースの研究者としての姿勢には頭が下がるし、彼の存在自体が心霊主義(スピリチュアリズム)が説く、「死者は生前の人格や記憶を残したまま霊界での生活を始める」という考え方の証明にもなっている。
 生前、マイヤースは「超常(supernormal)」や「テレパシー(telepathy)」等の用語を創案し、霊による現象と、霊媒や同席者の潜在意識やテレパシーによる現象を厳密に区別しなければならないと主張した。こうした彼の考え方がその後のSPRの行き過ぎた懐疑主義、特に心霊現象のほとんどは潜在意識とテレパシーが原因であると断定する姿勢につながり、アーサー・コナン・ドイル等「心霊主義派」会員の大量脱退を引き起こしたとも考えられている。マイヤースの死後の運命を考えると実に皮肉なことであり、目に見えないものを研究することの難しさを改めて感じさせるエピソードである。
 ちなみに、現在のSPRは、死後存続を含む、霊魂が存在するか否かという問題には態度を保留したままで純科学的研究を行う団体として存続しているが、そうした姿勢はしばしば批判の対象となっている。

 

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