アルメニアのイヌフグリ

 

 

                                                                                                                    自然科学 小倉 勝男

 田舎の生まれ育ちのせいか、栽培された花はどんなに美しくてもさして感動をおぼえず、山野草の花に心惹かれる。 とくに好きなのをあげれば、季節の早い順に、イヌフグリ・フクジュソウ・シュンラン・ホタルブクロ・ネジバナ・ヤマユリ・ノアザミ・キキョウ ・ムラサキツユクサ・リンドウ・ワレモコウで、いずれも郷里(茨城県常陸太田市) の野山でみられるものだ。 普通ならばフクジュソウが最初で、次にイヌフグリをおくところだろうが、私にとってはワケがある。


 イヌフグリ(正しくはオオイヌノフグリ)は早春の陽光あふれる日には小さな花々が太陽に向かっていっせいに歓声をあげているように咲きにぎわう。しかし実際は真冬のうちから他の花に先駆けて少しは咲きだしている。10年近く前に正月松の内に暖かい日が3,4日続いたとき、散歩の途中でいくつも咲いているのを見つけて、とてもうれしくなった。しかしその年の暮、12月中旬に注意してみたらすでに数輪の花がみられて、なんだか少しがっかりした気持ちになった。新しい年の一番最初の花であってほしいのに、フライングされたように感じたのだ。

(イヌフグリの声:「フライングはないでしょう。そもそも暦のうえの年の区切りなど人間が勝手に決めただけのものなのだから 。」天文学者の声:「それはそうだが、冬至の前に咲きだしては天地の調和を少々乱すフライングと言いたくなる。一陽来復というではないか。」)      

 だが私にはもっと早い記録がある。数年前の11月に私はアルメニアの天文台へ観測に行った。アルメニアは面積でも四国ほどの小国だが、かなり大きな(口径2.6m) 望遠鏡をもっている。飛行機の乗り継ぎをしたモスクワでは夜だったが、マイナス15度で雪だった。アルメニアは旧ソ連では「南国」で、気温は関東地方とあまり違わなかった。天文台は高い休火山(海抜4095m)の南向きの裾野にある。ある日、昼過ぎに天文台の周りを散歩した。天気が好かっ たし、前夜は曇って観測ができず疲れが残っていなかったからだ。南に遠くアララット山を望む荒れた畑地である。ふと足元を見ると小さな青い花が咲いている。よく見るとイヌフグリだった。1輪半咲いていた。(「半」というのは、なぜかいじけたような形をしていて、ちゃんとした花ではなかったから。)遠い異国で思いがけず旧友に出会ったような気持ちがし、われ知らず「やあ」と声をかけてしまった。  

 しかし帰国してから山野草の図鑑を見ると、イヌフグリは帰化植物だとあった。早春の花としてすっかりわが国の風土にとけ込んでおり、この花を愛する日本人はとても多いのだが。ヨーロッパから西アジアにかけてが原産地で、日本には明治の初期に入ったという。アルメニアで見つけても全然おかしくはない話なのだ。ただ 彼の地でも11月(20日近く、だった)というのはやはり非常に早い時期なのではないだろうか。そのために「1輪半」しか咲いていなかったのだろう。

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