論点のすりかえ

外国語文化学科  高橋昌一郎教授

 

A・B・Cの3人が、レストランで会食した。食後、110,000円ずつ出し合い、合計30,000円を預かったAがレジに向かった。会計は、25,000円だった。このときAは、次のように考えた。

「お釣りの5,000円は3人では割り切れないので面倒だ。11,000円ずつ返すことにして、あとの2,000円は戴いておこう。」こうしてAは2,000円をポケットに入れ、残りの3,000円を持ち帰って、自分とBとCに1,000円ずつ分配した。

さて、3人は結果的に19,000円ずつを財布から出したことになるのだから、合計27,000円を支払ったことになる。これにAの着服した2,000円を合わせると、29,000円になる。しかし、Aが最初に預かったのは、30,000円だったはずである!残りの1,000円は、どこへ消えてしまったのだろうか?

少し落ち着いて考えてみれば、このパズルのどこがおかしいか、すぐに分かるだろう。3人は結果的に19,000円ずつを財布から出し、合計27,000円を支払った。そのうち25,000円がレストランに支払われ、2,000円がAのポケットに入ったのだから、何の問題も生じていない。ところが、このパズルは27,000円に2,000円を加えるという「論点のすりかえ」によって、読者を引っ掛けているのである。

そもそもAのポケットに入った2,000円は、3人が財布から出した27,000円の一部だから、これを再び27,000円に加えた29,000円という数字には、何の意味もない。この29,000円と3人が最初に財布から出した30,000円を比較することには、さらに意味がない。それにもかかわらず、日常生活には、このパズルのようなタイプの「論点のすりかえ」が氾濫しているので、注意が必要である。

実際に、カルト宗教や詐欺商法は、すぐには見分けられないような「論点のすりかえ」を何重にも繰り返すことによって相手を煙に巻き、いつの間にか奇想天外な教義を信じ込ませたり、つまらない商品を何十倍もの値段で売り付けているわけである。このような「非論理」に惑わされないためにも、日頃から明確な筋道を立てて考える姿勢(論理的思考方法)を養うことが重要である。

次のパズルはどうだろうか。

 ある古本屋が、古本を処分するためにバーゲンを行なうことにした。比較的綺麗な30冊を2冊で100円、残りの30冊を3冊で100円という破格値に設定したところ、用意した60冊の本は、瞬く間に売り切れてしまった。2100円の売り上げは15組で1,500円、3100円の売り上げは10組で1,000円となり、合計2,500円の売り上げである。

 次の日も60冊を用意した店主は、次のように考えた。

「値段を2100円と3100円に分けるのは面倒だ。きっと売り切れるだろうから、5200円にして並べよう。どうせ同じことなんだから……。」

 この日の60冊も完売した。喜んだ店主が売り上げを計算したところ、なんと2,400円しかない!100円は、どこへ消えてしまったのだろうか?

 もちろん、2100円と3100円の本を混ぜて5200円で売っても「同じこと」と考えた店主の論点に誤りがある。これも冷静に単価を考えてみればすぐに分かることなのだが、店主は誤った「論点のすりかえ」で100円を損してしまったわけである。

 同じパズルで、30冊を2100円、残りの30冊を3200円で売ったとすると、売り上げは3,500円になる。ところが、この60冊を5300円で売ったとすると、売り上げは3,600円になる。こちらの「論点のすりかえ」では、100円が増えることになるのである!



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