「伝承文学」とは何か?
いまそれを、好きな萩原朔太郎の詩「こころ」の一節になぞらえていえば、次のようになろうか。
伝承文学をば何にたとへん
伝承文学は民草の記
昔話に花咲く日はあれど
独創(ばかりはせんなくて
…………
個人の独創的な文学が、空に高くのびた樹とすれば、「伝承文学」は地面に生えたしたくさ下草である。すぐれた才能が生まれる背景には、豊かな文化的土壌が必要であり、その文化的土壌の一端を担うのが「伝承文学」といえる。その意味では地盤的、基層的であり、また大衆的なものである。
文学用語でいえば、「説話」や「口承文芸」(昔話、伝説など)がそれにあたる。近代の学校制度以前の教育は「口から耳へ」の伝承であった。それを記録したのが「説話」であるが、文字の習得のできなかった多くの庶民は、口伝えの「口承文芸」によって学んできた。母親が歌ってくれたわらべ歌、コタツや布団の中で聞いた昔話、子供同士で遊んだナゾナゾ、自然物や行事、制度のいわれ・伝説などなど‥‥。これらが情操、知識、思想形成の役割を果たしてきたことは、差こそあれ、否定できない事実であろう。いうなら日本の庶民のあか証しがここには詰まっている。
大学生である皆さんは、そうした基層的な段階を通過してしまったが、振り返って日本の庶民のルーツをたどる意義は十分にある。そしてそれは、きっと今の自分を新たにとらえ、相対化することになるはずである。学問が自己とは何かを究めるものであるとすれば、「伝承文学」はその基層的な部分を、確かに究明してくれると思う。
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