メッセージ 

       ◆哲学するということ

 難解な哲学書をひもとくとき、たった一行の文章の内容を理解しようと、一週間、否一ヶ月もその文章とにらめっこして悪戦苦闘することがあります。それで理解できればよいのですが、多くの場合理解できないままです。何となく分かったような気がするときもあるのですが、やはり不整合が出てきてしまい、結局は分からないということが多いのです。――これは私のつたない経験です。

  しかし悪戦苦闘のプロセスは、実はとても大事なことなのです。難しい思想内容を理解しようとする場合、それを多面的に攻め立てなければなりません。一つの立場からではなく、「この見方で捉えた場合は?」「あの見方で捉えた場合は?」というように、ああでもないこうでもないと考え続けるのです。そしてこのような思考を繰り返すと、問題となる事柄を、総合的に批判・吟味する習慣が身につくのです。

  若い頃にこのような訓練をしておくと、それは一生の知的財産になります。若い頃に余り考えることをしていなければ、年とってから一生懸命考えようとしてもなかなか思考が深まりません。鉄は熱いうちに打てと言いますが、やはり考える能力は若いうちにこそ充分に養っておかなければなりません。

  時として、「哲学を勉強することが実社会においてどんな役に立つのか?」というような疑問の声を聞くことがあります。その気持ちは分からなくもありませんが、実はとても役に立つのだということを知っていただきたいのです。

  人間と他の動物等を根本的に区別する徴表があるとすれば、それは人間に高度な思考能力が具わっているということでしょう。だとすれば、人間の本質を示しているこの能力をより高度に磨くということは、人間をより人間らしくするということです。人間らしい人間として、その思考を社会に向けてみてください。きっと見えなかったものが見えてくるでしょう。――まずは徹底的に考えてみることです。さあ、哲学してみませんか。

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