中華人民共和国西安于右任故居紀念館インターンシップ実施報告

博物館学コース博士課程後期1年 大貫涼子

西安于右任故居記念館正面西安于右任故居記念館正面

 昨年に引き続き、大学院GPの博物館専門・特殊実習の一環として海外インターンシップを8月26日から9月20日までの26日間、中華人民共和国陝西省西安の于右任故居紀念館で体験させていただきました。
 西安于右任故居紀念館は、近代の書家于右任の旧居を再建した博物館です。地方の学術機構・清代の学校でもあった関中書院、碑林博物館など文化的な施設が建ち並ぶ、西安市内でも著名な書院門に位置しています。紀念館が顕彰している于右任は、反帝政・反封建主義の政治家であると同時に書の大家としても有名で、本館は書家としての于右任の功績を展示しています。
 地上2階、地下1階からなる展示室には、于右任の生涯と関連資料、さらに今日残されている書を常時展示しており、また不定期で国内外の著名な書家の特別展示も開催されています。
 インターンシップの内容として主な業務は、開館前に館内の清掃、休憩所で提供するお茶の用意、午前9時半に紀念館が開館した後にはエントランスでチケット販売や、お客様の案内等の受付業務を行い、午後5時の閉館時間になりましたら戸締りを行います。

記念館エントランス記念館エントランス

受付の様子受付の様子


 受付業務の他に今回のインターンシップでは、于右任の旧居であった際に書房として利用していた展示室に新たに展示ケースを増設することとなったため、ケース内の資料の展示作業や解説パネルの原案作成をさせていただきました。
 新たに展示される資料は、于右任が実際に使用していた本棚であり、本棚全体をガラスケースにて覆い、棚には当時于右任が読んでいた書籍を展示する計画で展示作業が進められました。本棚を展示する部屋は書房として利用していた部屋ですので、本棚を設置することにより、于右任に関する資料である本棚自体と書籍を公開することができるのと同時に、書房としての展示室の展示効果を高めることが意図されています。
 インターンシップでは、資料である本棚を覆うガラスケースが出来上がるまでの間に、ケースに設置する解説パネル案の作成と、本棚に陳列する本の整理を行いました。

于右任が使用した本棚于右任が使用した本棚

書籍の整理風景書籍の整理風景


 解説パネルには本棚の寸法や、于右任が帰省の際に実際に使用していた本棚であったこと、于右任がよく読んでいた本などの説明を記載いたしました。解説パネルの原案では書籍の目録も載せる予定でしたが、書籍の量が多いので、目録は別に作成し本棚の近くにて配布することとなりました。書籍は一冊一冊題名と題名が控えてある紙とを照らし合わせて確認し、整理した後本棚に題名順に並べていきました。

解説パネル原案解説パネル原案

解説パネル完成版解説パネル完成版


 しかし、インターンシップ中のほとんどの期間が雨という天候不順のため、本棚のガラスケースが仕上がらず、展示ケースと書籍の展示を完成させることができませんでしたので、仮置きした書籍はもう一度まとめ直して、作業を終了することとなりました。今後展示が完成することを期待しております。
 展示ケースは完成しませんでしたが、この他にも仕事をさせていただきました。現在紀念館には中国語のパンフレットがありますが、この中国語のパンフレットに加え、日本人向けの日本語パンフレットの作成も行いました。日本語パンフレットを作成するためには、まずもととなる中国語パンフレットの文章を、出来るだけ忠実に訳した原稿が必要となります。そして次に、中国語の直訳のままでは日本語として表現できない言葉や、中国独自の文化をどのように日本語で説明していくべきかを考えつつ、文章を校正していきました。特に紀念館の建物の特徴である、門房、花園、庁房、廂房、上房、后院から成る三進造りの建築様式を、限られた文字数のなか、日本語で説明するにはどうするべきかを考えることが難しかったです。最後にもう一度日本語の誤りや、言い回しの違いなどを検討して、自然な日本語となるよう心がけました。

書籍整理・陳列後の様子書籍整理・陳列後の様子

日本語パンフレット作成の様子日本語パンフレット作成の様子


 また、出勤日以外の3日間は周辺調査を行いました。周辺調査では、于右任故居紀念館と同じ書院門にある碑林博物館、中国のなかでも最も施設が整っている陝西省立の陝西歴史博物館、小雁塔に併設されている西安市立の西安博物院、楊貴妃が使用した浴場の遺跡がある華清池、2010年に公開が開始された大明宮国家遺址公園、現在西安で開催されている世界園芸博覧会などの博物館や遺跡を見学いたしました。

陝西歴史博物館陝西歴史博物館

展示の様子展示の様子


 全体的に中国の博物館は、解説パネルを設置していたり、博物館の案内パンフレット等を配布している博物館が少なく、実際に博物館を見学することによりとても不便であることを実感いたしました。陝西歴史博物館のような、中国でも施設の整っているとされる博物館であっても、解説パネルは大きなテーマを紹介するパネルのみ用意されているような状況であり、一つ一つの資料に解説はほとんどなく、さらに博物館によっては展示されている資料も整合性の見られない場合もあり、展示の不十分さが表れていることもありました。この周辺調査から于右任故居紀念館で行った、案内パンフレットと解説パネルの作成や、書房に本棚を設置して展示室の展示効果を高めるような試みは、来館者側の要求を意識した活動であると考えられ、来館者の理解、知識の充足のための取り組みがなされていることがわかりました。
 現在、西安は「西安文化都市計画」を打ち出し多くの博物館や美術館を建設し、博物館活動が盛んになってきています。しかし、中国の博物館は文化財保護施設としての役割に意識が大きく傾いており、博物館の増加に対して、展示施設としての博物館の意識が定着していない博物館が多く見られます。先ほど触れた博物館の案内パンフレットがなかったり、解説パネルが設置されていないことがその一例として挙げられます。また、中国では博物館管理法が2006年に施行されましたが、この法律は博物館の設立、管理に関する法律であり、学芸員に対する規定はなく、学芸員養成のレベルが低いことが問題として取り上げられています。今後の中国の博物館の発展が注目されると考えられます。
 日本においても実際の展示作業に携わったり、博物館のパンフレットを作成するような機会はなかなかないものであり、今回の于右任故居紀念館でのインターンシップでは、とても貴重な体験をさせていただきました。さらに中国という、日本以外の国での仕事であったため、文化の違いなどを意識しつつ作業を進めていく必要があり、とても勉強になりました。また、中国では博物館活動が盛んになってきましたが、まだまだ博物館学の意識は追いついていないことも多い現状を実際に体験することができ、今後日本での博物館学をどのようにしていくべきかを考える機会となりました。


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