国学院大学法学部横山実ゼミ


少年法適用年齢を18歳に引き下げるべきか(1)

民主党の見解をめぐって

(この随筆は、2009年8月1日に発行された、横山実ゼミナール・ジャーナル第21号に掲載されました。)

 民主党は、ネクストキャビネットの見解「18歳以上に大人としての権利と責任を」を、2000年5月23日付で公表しています(http://www.dpj.or.jp/news/?num=11318)。2002年には、「成年年齢の引下げ等に関する法律案」を衆議院に提出していますが、その法案には、成年年齢を18歳に引き下げて、18歳以上の若者に選挙権を与えるとともに、少年法の適用年齢を18歳未満に引き下げることを盛り込んでいました。

 2009年8月末の選挙で民主党が勝利すれば、少年法適用年齢の引き下げを実現する方向で、法改正の作業が進むと予想されます。民主党が打ち出した見解では、大人としての義務を持たせるという見地から、「少年法の適用年齢を18歳に引き下げます」とうたっています。そのような適用年齢の引き下げは、妥当なのでしょうか。

1.民主党の見解とその根拠

 2000年5月23日の民主党の見解は、以下の通りです。

 政治における市民参加の拡大を図ると同時に、若者の社会参加を促進する第一歩として、民主党は選挙権年齢の引下げを基本政策として掲げ、18歳選挙権を実現する法案を策定してきました。しかし、最近になって、相次ぐ少年犯罪により、何歳をもって大人とすべきかという論議が急速に高まっています。この機会に、自民党の主張に見られるような、刑罰強化のため少年法の適用年齢を引き下げるという本末転倒の議論ではなく、「大人としての権利と責任」という観点から、年齢論議を整理すべきだと考えます。なお、刑罰の問題も、刑法全体を見直す視点が必要です。

 民主党は、18歳は経済的自立が可能な年齢であり、現に結婚や深夜労働・危険有害業務への従事、普通免許の取得、働いている場合は納税者であること等、社会生活の重要な部面で成人としての扱いを受けており、世界のすう勢も18歳以上を成人としていることから、・・・成人年齢を18歳に引き下げることを提案します。これによって、18歳選挙権を実現し、少年法の適用年齢も18歳未満の者とします。

* * * * *

 以上のような基本的な考えに基づいて、少年法の適用年齢については、次のように指摘しています。

 少年法は、「少年」の定義を、20歳に満たないものとして、「成人」は20歳以上の者としています。成人年齢を18歳以上とすることで、必然的に少年法の適用は18歳未満の者となります。現行では、少年が犯罪を侵したとき、16歳以上は教育処分か刑事処分を受けることとなっていますが、18歳、19歳は今後、大人として刑事裁判を受け、処罰されることになります。なお、14歳、15歳について刑事処分も可能とするかどうかは、現状の少年法の運用状況をあらゆる角度から検証して結論を得ることとします。

2.民主党の成年年齢引下げに関する論点整理

 2000年頃には、与党の自由民主党および公明党だけでなく、民主党も少年法の適用年齢を18歳に引き下げることに賛成していたのです。それなのに、2000年の少年法改正でそれが実現しなかったのは、「おそらく、少年法適用年齢の引き下げは、選挙権年齢などを含む20歳を成人とする法制度全体の見直しと連動し、審議に時間がかかることが懸念されたため見送られたと思われ」(澤登俊雄『少年法入門 第3版』有斐閣)ます。そのように見送られたからこそ、選挙年齢の引き下げに積極的な民主党は、最近、少年法適用年齢の引き下げをも強行しようとしているのです。そこで、民主党は、上記の見解を実現するために、政策調査会で討論して、2008年7月22日に「成年年齢引下げに関する論点整理」を発表しています(http://www.dpj.or.jp/news/?num=13748)。

 政策調査会は、検討する際に、「18歳に引き下げることが相当と考えられる年齢条項」と「必ずしも18歳に引き下げるべきとはいえない年齢条項」とに区別しています。前者の範疇には、「少年に対する刑事司法手続き上の少年院収容年齢の上限等」が加えられていて、これらは「少年法の成人年齢引き下げと連動すべきと考えられる」とされています。「ただし少年院収容や保護観察など成人となったのちも継続して行われることのある保護処分の年齢の上限については、その処遇の内容等に照らして同様の幅で引き下げるべきかどうかについて別途検討する必要がある」としています。

 民主党が掲げるこの見解は、「自民党の主張に見られるような、刑罰強化のため少年法の適用年齢を引き下げるという本末転倒の議論」とは異なるといえるのでしょうか。民主党は、自分たちの見解は論理的な整合性があると誇っています。しかし、その見解の通り、少年法適用年齢が引き下げられると、自由民主党の保守的な論者が期待していたように、刑罰化が実現し、少年法の健全育成の理念に基づく保護主義は、大きく損なわれるのです

3.2000年からの状況の変化をふまえているのでしょうか

 民主党は、2000年5月に見解を公表してからの状況の変化をふまえて、少年法適用年齢の引き下げについては、再検討すべきです。少年法は、犯罪被害者の声を考慮して、保守的な政治家によるイニシアティブで、2000年11月に一部刑罰化の方向で改正されています。2000年頃には、犯罪被害者の声が高まり、人々は「少年法は、少年を甘やかせる法」という認識を持つようになっていました。そのような時代背景があったからこそ、民主党は、それに応えるために、少年法適用年齢を引き下げて、「18歳、19歳は今後、大人として刑事裁判を受け、処罰される」ことを、2000年5月に主張したのです。しかし、それから10年近く経った現在、18歳や19歳の者を少年として甘やかせる必要はないとして、少年法適用年齢を18歳未満に引き下げる必要はあるのでしょうか

 当時の民主党が「14歳、15歳について刑事処分も可能とするかどうか」と留保した点は、2000年の少年法改正で刑事処分を科すことができるという形で解決されています。2000年の改正少年法では、少年法20条2項を設けて、故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件で、その罪を犯すとき16歳以上の者については、原則逆送すると規定して、重大な犯罪を行った16歳以上の少年については、大幅に刑罰化を実現しています

 2000年当時は、犯罪被害者の運動が高まり、マスコミもそれを大きく報道していました。犯罪被害者で運動に携わったものの多くは、自分の子どもが殺害されたか、自分が大きな身体的危害を加えられた人たちでした。これらの遺族や被害者は、しばしば応報感情から、重罰を科すことを要求しました。それを反映して、少年事件については、2000年改正少年法で、14歳と15歳の少年にも刑事罰が科せられる道が開かれました。このことと、故意による殺害の事件の16歳以上の加害少年が原則逆送となることで、犯罪被害者や遺族の応報感情は部分的に満たされました。

 検察官は、2000年以前は、自分たちの逆送相当の意見が、家庭裁判所によって無視されているという不満を持っていました。しかし、2000年改正少年法の下での運用で、逆送の比率が高まったので、さらに多くの事件について刑罰を科すよう求める声は、彼らから聞かれなくなっています。

 その後も、犯罪被害者の知る権利、意見陳述権を保障するという方向での少年法改正は進み、2008年6月には、少年法第22条の4が設けられて、殺人事件などの重大な事件については、被害者等からの申し出がある場合、少年審判の傍聴を認めることができるようになりました。被害者からの申し出がある場合には、裁判所は審判の状況について説明することができるようになりました。また、被害者の閲覧や謄写の対象の範囲も広げられたのです。このように次々と少年法が改正されたので、2000年当時の「加害少年の権利は保障されすぎていて、被害者の権利は無視されている」という、犯罪被害者の主張は、必ずしも妥当といえなくなっているのです

(次のページでは、引き下げ反対を論じていますので、ご覧ください)

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