国学院大学法学部


  卓抜した研究環境


澤 登 俊 雄(少年法)

(この随筆は、國學院大學学報468号から、転載しました。)


私は法学部開設の申請メンバーですから、書類上37年間、講義担当以来35年間お世話になりました。研究仲間からは、それ程長く居座ったわけは何かと、よく聞かれます。それに対する私の答えは、至って簡単です。国学院大学法学部は私に与えられた職場ですから、職場の研究教育環境の向上にいつも努めることが当然の義務です。

自分の大学を評論家のように悪く言いたてるだけの「学者」と自称する専任教員を、たくさん抱え込んだ大学は、壊滅します。私が赴任して間もない70年安保闘争時代の学生委員、大学問題検討委員の経験は、そのことをしっかり教えてくれました。せめて法学部だけでも、安心して研究でき、お互いに研鑽を重ねることのできる職場にしたい。その願いを少しでも実現できるように、研究と教育と行政に全力を傾注してきたつもりです。お陰で、たくさんの教職員や理事の方々には、不愉快な思いをおかけしてしまったと思います。この間、私の意図を理解されて、ご協力ないしご海容下さったたくさんの方々に、心から感謝します。今後ます不利な条件のもとで、職場を守る努力は、加重されることになっています。ご健闘を祈っています。

 


私が腰を据えさせていただいた、もう一つの理由は、わが大学の地の利のよさと、研究活動に対する全学的な寛容さにあります。学閥にとらわれることはまったくありませんので、どんどん研究会を作り、学会の世話をし、あらゆる大学の人たちや実務家たちが集まって下さいました。

渋谷は絶好の場所です。されに夜間部があるため、夜間に研究会の時間を設定できたことは、極めて有益でした。この間、資料室員や事務局の方々から、多様な形で親身のご協力を得ました。こんなにすばらしい大学は、ほかにないと思います。

 

私が本学を足場にしてお世話した研究会だけでも、5つ以上あり、いずれも今なお継続して活動し、多くの大学の研究者や実務家の方々が訪れてきます。また日本犯罪社会学会の事務局も、長く置かれています。在職35年間に、この渋谷の校舎で交流した方々の数は、驚くほど大きく、そのほとんどが第一線で活躍しておられます。刑事法研究のメッカというのは、かなり言い過ぎでしょうか。私は、密かにそう思い、誇りを覚えつつ、感謝の気持ちで一杯です。

経営立て直しの議論は、アカデミックな雰囲気をどんどん遠ざけていきます。むしろアカデミズムを堅持することこそが、大学生き残りの最大の武器ではないでしょうか。

 


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