1 プロローグ〜「一流」神話の崩壊 【本書の目次へ戻る】【つぎへ】

 1997年は今まで自明のこととして疑われることがなかったさまざまな神話が崩壊した年であった。例えば、「一流企業であれば潰れることはない」という神話も1997年には崩壊した。「護送船団方式」と呼ばれた金融行政にも拘わらず、北海道拓殖銀行は倒産し、「四大証券」の一角であった山一証券は自主廃業した。
 さて、「一流大学に入学・卒業し、一流官公庁に入省・一流企業に入社し、そこのトップに出世すること」が一流の生き方であると考えることに疑問を投げかける人は少なかろう。
 岡光序治被告は、1963年に東京大学法学部を卒業して厚生省に入省し、とんとん拍子に出世して1996年7月に事務次官という厚生省のトップに就任した。そして、小山弘文被告を代表とする「彩福祉グループ」への収賄容疑によって逮捕された。ただし、逮捕前に辞表を提出したため懲戒免職処分は免れた。
 故宮崎邦次第一勧業銀行元会長は、九州大学を卒業後、旧・第一銀行に入社し、旧・日本勧業銀行との合併後も出世を続け、第一勧業銀行では同一人物が頭取と会長の両方を就任しないという慣行を破って、1988年6月に頭取、1992年4月に会長に就任した。そして、総会屋・小池隆一被告への利益供与の容疑で東京地検特捜部で事情聴取を受けた翌日の1997年6月29日に自宅にて首吊り自殺した。
 この二人の事例は、一流大学に入学・卒業し、一流官公庁に入省または一流企業に入社し、そこのトップに出世した点では「一流」の生き方であろうが、ひとりは犯罪者となり、もうひとりは事実を道連れにあの世に旅立っていった。
 さて、ここで問題となることは、一流官公庁や一流企業における組織ぐるみの犯罪を阻止できなかった組織のありかたである。つまり、組織ぐるみで収賄や利益供与という犯罪に対して、部下が上司に法律に違反していると進言できなかったり、上司が部下の進言に耳を貸さないなど、組織が暴走していくことを阻止できなかったことである。例えば、神山(1997:35-6) が「野村証券のケースでは、総会屋への利益供与が発覚し、部長や次長に説明を求めた法人営業部課長代理・大小原公隆は、匿名で警視庁や証券取引等監視委員会に告発した。しかし、彼は別の犯罪を犯したとして退社に追い込まれた」ことを指摘したように、組織ぐるみの犯罪を社員が阻止することは困難であることが現状である。後述するように、一部の人に意思決定の権限が集中し大多数の成員は意思決定の自律性を持っておらず上からの命令に服従するだけのヒエラルキー型社会システムにおいては、組織ぐるみの犯罪を阻止しにくいという限界がある。さらに、法律に違反することを知っていたり、道義的に問題があると思いつつも、上からの命令を忠実に実行するために必要な能力は、おそらくはいわゆる「偏差値」の高さに比例しよう。
 反対に、一流大学に入学できず、一流官公庁に入省したり一流企業に入社できない人間の生き方について考えてみよう。森保子さん(仮名)は「偏差値」56ぐらいの大学に入学・卒業後、在学時から関心を持っていた自然保護団体の専従職員として勤務し、企業に就職した同窓生と比べるとお給料は安いが、地球の環境を守るため充実した日々を送っている。では、自然保護に貢献することと総会屋への利益供与を行うこととを比べて、どちらが自分自身や世の中の人のためになるだろうか。
 弁茶規行さん(仮名)は「偏差値」56ぐらいの大学に入学・卒業後、在学時からアルバイトがてら仕事を手伝っていた人たちとともにいわゆるベンチャー・ビジネスの起業に参画した。必然的に零細企業で世間一般の知名度はないところに就職したことになるが、忙しいながらもやりがいがある仕事ができて充実した日々を送っている。では、ベンチャー企業を起業することと会社ぐるみの犯罪を告発しようとした社員をクビにすることとを比べて、どちらが自分自身や世の中の人のためになるだろうか。
 知伊紀福士さん(仮名)は「偏差値」56ぐらいの大学に入学・卒業後、親元の役場に就職して、いわゆる「5時まで人間」の勤務態度で勤めていたが、地域のお年寄りの在宅介護ボランティアに従事し地域の人びとに感謝されている。では、在宅介護ボランティアに従事することと収賄を行うこととを比べて、どちらが自分自身や世の中の人のためになるだろうか。
 現在では、一流企業が潰れたり、一流大学を卒業して一流官公庁に入省・一流企業に入社しそこのトップに出世したあげく犯罪者になったりするなど、今までは自明のこととして信じられてきた「一流」神話が崩壊してしまった。つまり、現在はこれまでのやり方ではうまくいかなくなってきている。では、どのようなやり方であればうまくいくのであろうか。

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