NTT民営化・再編におけるグループ分割
荻原 慎太郎
通信業界にも競争の波がやってきた。IT革命と呼ばれる情報通信革命やインターネット・携帯電話の普及などにより、規制緩和が本格化してきている。従来NTTの独占状態だったこの業界に、KDDIという対抗軸がでてきた。このことによってますます競争ははげしさをますであろう。
そもそも一般の企業とは異なる経緯をもち民営化した業界最大手のNTTとはどんな企業であるのか。また、この巨大企業グループの構造について見ていきたい。
1、現在のNTTとは?
1985年(昭和60年)年に公共企業体「日本電信電話公社」から、民営である「日本電信電話株式会社」に移行したNTTは現在国内ではトップ、また、世界でも有数の企業として今日に至っている。
グループの形態は、NTTが持ち株会社として、東西の地域通信会社、長距離・国際通信会社ほか、NTTドコモ、NTTデータといったグループ上場企業と、旧NTTの子会社・関連会社を統括。「グループ戦略をたてて、ぞれぞれの事業会社にその戦略に基づいた事業をまかせる。また、地域会社やNTTドコモなどの親会社として株式市場で評価を受けると同時に、株主に対する責任を負う。」1)
社長は宮津純一郎氏。社員数約3500人のうち、約3200人が研究開発部門で、実際グループ経営にあたる本社人員は約300人となる。
名称 日本電信電話株式会社(Nippon Telegraph and Telephone corporation)
本店所在地 東京都千代田区大手町2−3−1
設立年月日 昭和60年4月1日
・日本電信電話株式会社法(昭和59年12月25日 法律85号)に基づく
資本金 7,956億円
株式 会社が発行する株式の総数:62,322,590株
発行済株式総数:15,834,590株
・記名式額面株式(券面額 50,000円)
・株主数(端株主を含む)1,636,818人(平成12年3月31日現在)
社員数 3,475人(平成12年3月31日現在)2)
図1 現在の組織図3)
2再編
2-1特殊法人
1985年4月1日をもって、日本電信電話公社から日本電信電話株式会社に移行した。これが属にいうNTTの民営化である。民営化といっても完全民営化したわけではない。企業形態としては特殊法人の分類となる。なぜ純粋な民間会社ではなく、特殊法人である株式会社にとどめたのは、以下の事からである。
@)公社の物的・人的資産が独占や電信電話債券の義務化により形成された国民的資産であること。
A)公社の電話の役務が民営化後もユニバーサルサービスとして全国にあまねく公平に提供される必要があること。
B)競争原理導入後もNTTがわが国を代表する基幹的電気通信事業者であること。4)
つまり競争原理を導入しつつも、公共の福祉の向上、すなわち、変わらない国民へのサービスの提供が義務づけられているため、NTT法において様々な規制をしつつ、ある程度民間の空気を入れようとした。
2-2内部組織の新旧比較
「官庁的組織(職能別縦割り権限の組織、本社に権限が集中する組織、本社―総支社―支社―支店・営業所の4段階ピラミッド組織)」5)が、事業部制の導入などにより「機能的組織(サービス別地域別事業本部製、権限の事業本部・地域支社への委譲、管理組織のスリム化、本社―支社―支店・営業所の3段階ピラミッド)」6)に簡素化された。
図2 民営化前後の組織図7)
2-3民営化の意義
民営化にともなう事実上の重要な変更点が5つある。
@ 予算制度による国会・大蔵省の統制が撤廃されたこと。
A 事業範囲、事務所、投資など企業活動の制約が大幅に緩和されたこと。
B 資金調達手段の多様化が可能となったこと。
C 職員、給与、労働関係に関する統制が大幅に緩和されたこと。
D 電気通信サービスの料金や提供条件の設定・変更が国会の統制から郵政大臣の認可になり機動的になったこと。8)
またこのほかに、NTT法第2条で「政府は、会社の成立から五年以内に、この法律の施行後の諸事情の変化を勘定して会社の在り方について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずる。」9)として、当初は五年後の再編成を掲げていた。
2-4再編案合意
しかし、当初の目標として掲げられていた1989年は政府措置(「公正有効競争の促進、NTTの経営の向上、研究開発の促進、電気電信の安全・信頼性の向上などの措置を講ずるとともに、これらの措置の結果を踏まえ、NTTの在り方について五年後の1995年度に検討を行い、結論を得ること」10)とした。)によりさらに五年後1995年に先送りにされてしまった。そして1995年度内でも決まらず、1996年12月になって宮津体制のNTTが、郵政省の作成した再編方針をのむ形でようやく合意に達した。
「再編方針」の内容は、
1 NTTを純粋持ち株会社の下に、長距離通信会社と2つの地域通信会社に再編成する。
2 長距離通信会社は、基本的に県を越える通信を扱う民間会社とし、新たに国際通信にも進出できる。
3 地域通信各社は基本的に県内に終始する通信を扱う特殊会社とし、該当エリアにおける電話をあまねく確保する責務を負う。地域通信各社の営業エリアは、東日本(北海道、東北、関東、東京、信越)、西日本(東海、関西、中国、四国、九州、沖縄)。
4 持ち株会社は、地域通信会社の株式のすべてを保有するとともに、基盤的な研究開発を推進する特殊会社とする。また、持ち株会社は長距離通信会社の株式すべてを保有するものとする。
5 研究開発のうち、基盤的研究開発については、持ち株会社に一元的に行わせるとともに、事業に密着した応用的研究開発については、長距離通信会社、地域通信会社各社において行わせる。
6 NTTは、国際通信進出を視野におき、海外における通信事業へ参入及び多国籍企業などのグローバルな情報流通ニーズへの対応などに積極的に取り組むものとする。
7 公正有効競争を担保するための条件を、長距離通信会社と地域通信会社との間に確保する。
8 郵政省は、再編成の実施のために、独占禁止法、商法などの関係法令、及び、連結納税などの税制上の特例措置について、政府内の調整を進める。
9 郵政省は、その他再編成に関連して必要な事項について、関係者の意見を聴取しつつ、所要の調整を進め、次期通常国会に所要の法律案を提出するものとする。11)
以上9項目である。
2-5 表面化した課題
再編合意にはこぎつけたが、様々な課題が残された。
まず1つ目が純粋持ち株会社方式の導入である。再編案合意当時、日本では独占禁止法で禁止されていた。まだ成立するかもわからない純粋持ち株会社の解禁を前提にしていたわけである。かなり見切り発車的要素が強い。
また、「分割される西日本の地域通信部門が赤字経営に転落する懸念があることから、連結納税制度を適用することをNTTは強く主張」12)したが、実現の見通しは不透明であった。
他にも子会社への資産譲渡益課税の軽減という特例措置である。「この分割において合計で約一兆円の譲渡益課税が発生する」13)ためであったが、これも現実する保証は無かった。
このようにNTTが合意の前提としていた持ち株会社制の解禁、連結納税制度、資産譲渡益課税軽減の特別措置、すべてに確約は無かったのである。(現在においてもいまだ持ち株会社制の解禁しかなされていない。)
3 新生NTTグループ
1999年7月1日をもってNTTは業務分野によって単純に4分割された。
「日本電信電話持株会社(NTT)のもとに資本関係を100%とする東西地域会社(東日本電信電話株式会社、西日本電信電話株式会社)及びエヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社に再編成しました。東日本電信電話株式会社は北海道、東北、関東、東京、信越を、西日本電信電話株式会社は東海、北陸、関西、中国、四国、九州を営業エリアとして、それぞれの地域における県内通信サービスなどの提供を開始し、エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社は国内の県間通信サービスなどを提供するとともに、国際通信事業に進出しました。」14)
図3 主要NTTグループ15)
3-1 4社の業務
では分割した4社はどのような位置付けになったのだろうか。
持ち株会社としてのNTTは「1、現在のNTTとは?」でも述べたように、NTT東日本・西日本、NTTコミュニケーションズ、NTTドコモ、NTTデータといったグループ上場企業と、旧NTTの子会社・関連会社を統括。グループ戦略をたてて、ぞれぞれの事業会社にその戦略に基づいた事業をまかせる。旧NTTと同じ特殊会社となった。
NTT東日本・西日本は、全国どこでも均一の料金で、均一な品質のサービスを提供する「ユニバーサル・サービス」を義務付けられ、東西それぞれの地域における地域電気通信業務及びこれに付帯する業務を担当する。この2社も旧NTTと同じ特殊会社になった。
最後にNTTコミュニケーションズは、都道府県をまたぐ長距離通信と国際通信を業務とする。このほか、旧NTTのマルチメディア事業のOCN(オープン・コンピュータ・ネットワーク)を展開して、海外の事業者との提携なども自由にできる完全民間会社となった。
図4 再編後のNTT16)
3-2再編の意義
表向きは、大きくなりすぎたNTTを分割する事により、規制緩和をして、他の通信会社との競争をより一層高め、独占状態を打破するとともにるとともに、NTT本体のスリム化により意思決定の効率化・迅速化、まためまぐるしく変化する通信業界の波についていくねらいがあった。
しかし、実際にはNTTが持ち株会社方式の導入というカードを手に入れたことにより、国内通信だけを独占していた旧NTTから、NTTドコモのような巨大な移動体通信会社、そして地域、長距離・国際を手がける事業会社を傘下に置く総合的な通信サービス会社に変身し、再編によってNTTは分割されたが、NTTグループはさらに「巨大化」した。
3-3純粋持ち株制とは?
分割の大きなポイントとなった純粋持ち株会社とはなんなのだろうか。
「純粋持ち株会社自分の会社の事業を持たずに、系列企業の指導だけを行う会社のこと。」17)
97年の独占禁止法改正により純粋持ち株会社が認められるようになった。基本となる事業を持たずグループ企業のコントロールだけを行う「純粋持ち株会社は、銀行や旧財閥などによる企業支配を強めるとの理由で長年にわたり禁止」18)されてきた。
純粋持ち株会社のメリットは、グループ企業をコントロールするだけの機能を持った持ち株会社が、「グループの運営(事業ポートフォリオの策定、資源配分など)に集中できる点」19)にある。従来も商社など多くのグループ企業を持つ企業があった。それらと純粋持ち株会社の違いは、持ち株会社がグループコントロール以外の事業を行っているかどうかという点である。持ち株会社が自社独自の事業をおこなっていると、当然の事ながら経営者はその事業の業績に注意を払う必要がある。その上に、グループ企業の経営にまで注意をしなければならない。一方、純粋持ち株会社でであれば、グループ全体の経営をすることに専念できる。
図5 持ち株会社20)
4 今後の課題
再編によりさらに巨大になったNTTグループに対抗するためKDD、IDO、DDIが合併して総合通信会社「KDDI」が2000年に誕生した。
海外の企業のM&A合戦も本格化してきた。このような背景から、現行のNTT法ではインターネットを主流とする新しい時代に遅れをとってしまうのではとう懸念から、「再再編」の動きが出始めている。
NTTの主張は2つ。低下していくであろう固定電話サービスだけではNTT東・西日本の経営が行き詰まってしまうため、事業範囲の拡大を求めるもと、料金均一の原点である「ユニバーサル・サービス」の見直しの2点である。これに対し、これは更なるNTTの巨大化につながるのではとKDDIは猛反発している。そんな中、2001年5月から「電話会社事前登録制度」(マイライン・マイラインプラスなど)が導入される。21)ますます状況は混沌としてくるだろう。
インターネット、携帯電話の普及により大量通信の時代に入ってきた。そのうち、地域・長距離・国際と分けられたもの形骸化してくるだろう。さらに規制緩和が進み、競争が激しくなればNTTの独占も崩れる日がやってくるかもしれない。そうならないためには、通話料の設定をもう1度見直し、また、すぐそこまで迫っている大量通信時代を先取りするようなネットワークインフラの整備を早急にする必要があるのではないだろうか。
参考文献
1) 津山 恵子(2000)「NTT&KDDI どうなる通信業界」p127
2) 1999年日本電信電話株式会社 http://www.ntt.co.jp/about/index.html
3) 1999年日本電信電話株式会社 http://www.ntt.co.jp/about/index.html
4) (財)行政管理研究センター「民営化の効果と現実 NTTとJR」p130
5) (財)行政管理研究センター「民営化の効果と現実 NTTとJR」p135
6) (財)行政管理研究センター「民営化の効果と現実 NTTとJR」p135
7) 総務庁行政監察局(1990) 「電気通信事業に関する行政監察結果報告書」
8) (財)行政管理研究センター「民営化の効果と現実 NTTとJR」p126
9) (財)行政管理研究センター「民営化の効果と現実 NTTとJR」p12
10) (財)行政管理研究センター「民営化の効果と現実 NTTとJR」p11
11) 津山 恵子(2000)「NTT&KDDI どうなる通信業界」p120-121
12) 津山 恵子(2000)「NTT&KDDI どうなる通信業界」p123
13) 津山 恵子(2000)「NTT&KDDI どうなる通信業界」p123
14) 1999年日本電信電話株式会社 http://www.ntt.co.jp/databook/001/001_01.html
15) 1999年日本電信電話株式会社 http://www.ntt.co.jp/gnavi/index.html
16) 1999年日本電信電話株式会社 http://www.ntt.co.jp/vision/05.html
17) 小宮一慶(1999)『連結経営』東洋経済新報社、p22
18) 小宮一慶(1999)『連結経営』東洋経済新報社、p23
19) 小宮一慶(1999)『連結経営』東洋経済新報社、p24
20) 小宮一慶(1999)『連結経営』東洋経済新報社、p23
21) 津山 恵子(2000)「NTT&KDDI どうなる通信業界」p19