リエンジニアリング
小野瀬 敏史
このレポートは、M・ハマー&J・チャンピー著、野中郁次郎監訳による『リエンジニアリング革命』を参考文献としたブックレポートであり、時代背景は1980年代のアメリカの企業経済が不調であった頃を前提としている。
1 企業の持病(第1章参照)
企業の組織は、市場の変化に素早く対応できるほど柔軟で、製品や、サービスが最先端の技術を保持できるほど革新的で、最高の品質や顧客サービスが提供できるほど献身的でありたい。およそ一般的消費者を相手にしている企業の経営者で、こういう組織を欲しいと思わない人はいないだろう。
経営陣は、迅速で、柔軟性があり、敏感で、競争的で、革新的で、顧客を重視し、しかも利益をあげられる会社を望んでいるのに、なぜこれほど多くのアメリカ企業が水ぶくれし、ぎこちなく、柔軟性にかけ、非効率的で、顧客のニーズを軽視し、赤字をだしているのだろうか。(ハマー、チャンピー、訳1993:21)
企業の業績が悪いのは、アメリカの労働者が怠惰だからとか、アメリカの経営者に能力がないからというわけではない。過去100年間の産業と技術の偉業の記録がその証拠である。
100年以上もの間、アメリカの起業家が創り上げた会社は製品開発、生産、販売のペースを定め、世界をリードしてきた。アメリカ企業が世界中のビジネス組織のモデルとされてきたのももっともである。ところが、企業の業績がもはやよくないというのは、本質的な欠陥によるものではない。企業が適応、発展する能力以上に世界が変化したのである。これらの企業の組織原則は古い時代には見事に適合していたが、今の時代には通用しない。
技術の進歩、各国市場間の境界の消滅、選択肢の増加によって顧客の期待が変化した。これらが重なって、古典的なアメリカ企業の目標、方法、基本的な組織原則は、悲しいことに時代遅れになってしまったのである。(前掲書:26)では、どういう経緯で時代遅れになったかを見てみることにする。
たいていの企業は、どのようなビジネスを行っていても、また製品やサービスがどれほど技術的に洗練されていて、どこで作られていても、その仕事のスタイルやルーツを、1776年に出版された『諸国民の富』の中でアダム・スミスが叙述した原形的なピン工場にまでさかのぼることができる。哲学者でもあり経済学者でもあったスミスは、産業革命の技術が労働者の生産性を高め、その結果、商品のコストを下げる絶好の機会をもたらしたことに気がついたのである。それによるコストの削減は、職人をもう少し速く働かせることによって得られるような小さな割合のものではなく、もっと大規模なものだった。(前掲書:27)
スミスの原則は、何人かの専門労働者にそれぞれピン製造の一工程を担当させると、同じ人数が一人でピン製造の全行程を担当した時よりもはるかにたくさんのピンを製造できるという観察を具体的に表したものである。分業はピン製造業者の生産性を何百倍にも高めた。それについてスミスは次のように記している。「これには三つの理由がある。第一に、個々の労働者の技巧が高められたこと。第二に、作業間の移動の際に失われる時間の節約。最後に、労働を促進し、時間を短縮し、大人数で行っていた仕事を一人でできるようにした数多くの機械の発明である。」(前掲書:28)
アメリカ企業はスミスの組織原則をビジネス組織にもっとも有効に生かすようになった。スミスが1776年にその考え方を発表した時には、アメリカ製品に対する国内市場はそれほど大きくなかったが、その後50年の間に人口は爆発的に増加し、それに応じて国内市場も拡大した。この成長は、商品輸送方法が革新的に変化したことにもよる。1820年代にアメリカでは鉄道が敷設され始め、それは経済成長を早めたばかりではなく、経営の技術も進歩させた。近代の官僚制を発明したのは鉄道会社で、今日のほとんどの企業で使われている命令と管理のシステムは、鉄道会社が導入した原則を具体化したものである。(前掲書:29)
ビジネス組織の発展における次の大きな進化のステップは、自動車業界のパイオニアであるヘンリー・フォードとアルフレッド・スローンによって20世紀の初めにもたらされた。フォードは、作業を小さい反復可能な仕事に分けるというスミスのコンセプトを一歩進んだものにした。それは自動車の組み立てを一連の複雑でない仕事に分けていき、仕事そのものを無限に単純化していった。しかし、この職務を担当する人々を調整するプロセスと、これらの仕事の結果を一台の車にまとめていくプロセスは、どんどん複雑になっていった。(前掲書:30)そこにアルフレッド・スローンが登場した。スローンはGMを引き継ぐと、フォードが始めたシステムを完成させ、さらにスミスの分業原則を、生産に適用したのと同じようにマネジメントに適用した。この経営革新はGMを初期の閉塞状態から救った。
今日我々が知っているような企業の発展の最終的な進化のステップは、第二次大戦から1960年代にかけての著しい経済成長期にアメリカで起こった。(前掲書:32)また、ヨーロッパや日本でも需要が拡大し、それとともに成長が加速された。アメリカで発展した組織のモデルは、成長の時代向けにデザインされていたため、戦後の時代に完全に適合していた。
当時の経済には商品とサービスに対するかなり多くの国内外の需要があった。まず大不況、そして戦争と物資の乏しい時代であったために、顧客は企業が与えるものであればどんなものでも喜んで購入した。顧客が品質の高さやサービスを求めることはほとんどなかった。(前掲書:32)1950年代と60年代はエグゼクティブの企業運営上の主たる関心ごとは生産能力にあった。つまり、ますます大きくなる需要に追いついていくということである。この需要拡大に対する生産のバランスを保つために、企業はますます複雑な予算、計画、管理制度を築いていった。たいていの組織に見られる標準的なピラミッド型の組織構造は数値化することができたので、高度成長の環境には適合していた。企業が成長する必要がある時には、ただ組織図の一番下に必要なだけの労働者を加え、それからその上に経営者層を補充すればよかった。生産の業務は複雑でもなかったし、またこんなんでもなかったのでこのような組織形態では短期間の研修で良かった。(前掲書:33)さらに1960年代に入って、新しいオフィス技術が利用できるようになったことをうけて、企業は仕事をさらに細かい反復可能な業務に分けるようになり、この業務もやがては機械化または自動化されていった。(前掲書:33)しかし業務の数が増えるにつれて、製品を作り、サービスを提供するプロセス全体がますます複雑になることは避けられず、そうしたプロセスを管理することはさらに難しくなった。(前掲書:33)これによって企業の組織図の真ん中にいる人々、つまり中間管理職は増加していき、また現場から離れたシニア・マネジメントが自社の製品やサービスのユーザーからますます遠のいてしまったという問題が起きた。
これが今日の企業のルーツであり、組織構造の基盤としてやむをえず作り出された原則である。現代の企業が仕事を意味の持たない業務に細かく分けるのは、それこそがかつては効率性が達成される方法だったからである。権力と責任を大規模な官僚制の中に分散させるのは、それこそが不規則に広がっていく事業を管理す方法だったからであり今の運営方法を修正すべきであるという助言に抵抗があるのは、このような組織原則やそれを生み出した構造が、何十年間も機能してきたからである。しかし、アダムスミスが最初に指摘してきてからずっと、企業組織の軸になってきた分業はもはや機能しないのだという現実を組織は直視しなければならない。(前掲書:34)
かつてはビジネスサイクルの予測に頼っていたが、今日の環境のもとでは、市場の成長、顧客の需要、製品のライフサイクル、技術変化の度合い、あるいは競争の性格、どれ一つ取っても予測できない。そして特定の環境の中でのみ機能するように設計された組織では、別の環境でも機能するように修正することはできない。これまで、大量生産、安定、そして成長を目標としてきた企業は、顧客、競争、変化によって柔軟性と機敏な反応を求められる世界では成功できないのである。(前掲書:44)
ここで重要なのは、なぜ自分たちが失敗したかを知ることである。市場における勝者と敗者の相違は一般には勝者は自分の仕事をどうしたらうまくできるのか知っているのである。企業が勝者になるには、仕事のやり方を見直さなくてはならない。つまり企業はプロセスを重視して仕事を組み立てるべきである。しかし、大半の企業は仕事のプロセスを設計し直すことをしないで、細かい部分の改善に取り組んでいるので業績はよくならない。
2 リエンジニアリング(第2章参照)
この状態を変えるためにも、古いシステムを脇に追いやり、はじめからやり直すという意味であるリエンジニアリングをするべきである。正確にリエンジニアリングとは「コスト、品質、サービス、スピードのような、重大で現代的なパフォーマンス基準を劇的に改善するために、ビジネス・プロセスを根本的に考え直し、抜本的にそれをデザインし直すこと」である。(前掲書:53)この中には4つのキーワード「根本的」「抜本的」「劇的」「プロセス」がある。
「抜本的」というのは、なぜ現在それを行い、なぜそれを今の方法で行っているかという根本的な質問をすることで根底にある暗黙のルールと前提を見つけ、会社はまず何をしなければいけないのか、そしてどのようにしなければならないのかを決定するということ。「抜本的」にデザインし直すということは、既存の構造と手続きをすべて無視して、仕事を達成する全く新しい方法を発明すること。「劇的」は業績において小さな改善や斬新的な改善を行うことではなく、大飛躍すること。「プロセス」は業務、人、組織構造に焦点を当てず、プロセスに焦点をあてていこうということである。
IBMクレジット、フォード、コダックといった会社は、このような4つの特徴を示しながらリエンジニアリングを成功させた。成功の理由は次のことが言える。組織内での環境を取り払って信用供与、調達、新製品開発など全体のプロセスを見ていた。3つの会社がすべて躍進をねらった。情報技術を創造的に使うなどである。
リエンジニアリングはオートメーション化、リストラクチャリング、ダウンサイジング、組織のフラット化や品質改善などと同じではない。リエンジニアリングは躍進を目指すのであり、既存のプロセスを強化するのではなく、既存のプロセスを捨て、全く新しいプロセスにかえるのであり、品質改善プログラムで必要とされるものとは違う、経営変革のアプローチも含まれている。リエンジニアリングとはアダム・スミスの産業パラダイムに固有の前提、つまり労働の分業、規模の利益、ヒエラルキー型の管理、その他初期の経済発展の付属物すべてを拒否し、組織労働の新しいモデルを探すことである。(前掲書:81)
3 ビジネス・プロセスの再考(第3章参照)
リエンジニアリング後のビジネス・プロセスの形はさまざまではあるが、どのビジネス・プロセスにも共通したテーマや特徴を挙げることができる。たとえば、リエンジニアリング後の自動車会社のビジネス・プロセスに当てはまることは、保険会社や流通会社のそれにも当てはまるのである。なぜかといえば、リエンジニアリングを経た企業の形態はある基本前提から生まれるからである。その基本前提とは、プロセスは単純なものでなくてはならないというものである。品質、サービス、柔軟性、低コストという時代の要求を満たすには、ビジネス・プロセスは単純であることが非常に重要なのである。(前掲書:83)それでは、リエンジニアリング後のビジネス・プロセスに共通したテーマや特徴についてみてみることにする。
・複数の仕事を一つにまとめる
リエンジニアリング後のビジネス・プロセスに見られるもっとも基本的な共通の特徴は、組み立てラインがなくなり、以前にはそれぞれ別々に分かれていた仕事や業務が統合され、ひとつにまとめられるということである。たとえばIBMクレジットの場合、信用調査やプライシングの職務が案件処理というひとつの職務にまとめられた。(前掲書:83)
いくつかの仕事を一つにまとめた時に、そのプロセスの始めから終わりまでを取り仕切る責任者をケース・ワーカーと呼ぶ。また、一人の担当者に行わせることが不可能な場合、それぞれの技術を持った人で構成されるグループが組織される。それをケースチームと呼ぶ。
統合されたプロセス、ケース・チーム、ケース・ワーカーがもたらす成果は計り知れない。各仕事の引継ぎをなくすということは、それによる失敗や遅れ、やり直しをなくすことである。一般に、ケース・ワーカーによるプロセスは組み立てラインによるプロセスよりも十倍速く仕事を進めることができる。さらに、新たなプロセスでは失敗や誤解はほとんど生じないため、それを見つけて解決するための人員を追加する必要もない。また、統合されたプロセスは、その管理費用も削減する。プロセスに携わる従業員は、顧客の要求を予定どおりに間違いなく満たすことについての責任を持つので、彼らを管理する必要はほとんどなくなる。プロセスに関わる人間が少なくなれば、彼らに責任を割り当てることやその仕事ぶりを監視することは、より簡単になるのである。(前掲書:86)
・従業員が意思決定を行う
リエンジニアリングを行う企業は、ケース・ワーカーやケース・チームに複数の連続す
る業務を任せて、プロセスをヨコに統合するだけでなく、タテにも圧縮する。つまりこ
れまでなら上司に伺いだてを立てなければいけなかったことを、従業員が自分で決定す
るということである。実際の仕事と意思決定を切り離すのではなく、意思決定を仕事の一部として組み入れるのである。従業員は今や、以前なら上司がやっていた職務を行うことになるのである。(前掲書:86)
・プロセス内のステップを、自然な順序で行う
リエンジニアリングのプロセスは、ラインによる人為的な仕事の流れ出はなく、必然的
で自然な仕事の流れである。従来のプロセスでは、ある従業員が一番目の作業を終えて
からでないと、次の従業員が二番目の作業を行うことはできない。直線的な作業の流れ
では仕事を遅くする不自然な順序ができてしまう。(前掲書:87)しかし、二つの作業が同時に行えるとしたら、効率的に仕事を進めることができる。この非直線的なプロセスは、二つの点で仕事のスピードを速めることができる。第一に、多くの職務が同時に行われ、第二に、はじめから終わりまでの時間を短くすることによって、最初に行われた仕事が遅くなったり後の仕事が前のものと矛盾したりするような大きな変更が起こる可能性を小さくする。したがって、組織は仕事が遅れる原因となるやり直しを少なくすることがでる。(前掲書:88)
・プロセスには複数のパターンを用意する
従来のプロセスは大衆市場に対する大量生産を目的としていた。すべてのインプットは同様に処理され、企業は統一された製品を一貫して生産するというものであった。
しかし、多様かつ変化の激しい市場においては、この論理は通用しない。今日の環
境のニーズを満たすためには、同じプロセスにも異なる市場、状況、インプットに合わ
せられた複数のパターンが必要である。(前掲書:89)
一つのやり方ですべてのプロセスをこなそうとする従来のやり方は、さまざまな場合を
扱う特別なケースや例外も受け入れなければならないため、非常に複雑なものであるこ
とが多い。それとは対照的に、複数のパターンを用意すれば、それぞれのパターンは適切な事例だけを扱えばよいため、単純で簡潔なものになる。特別とか例外というケースがなくなるのである。(前掲書:90)
・チェックと管理を減らす
付加価値をもたらさない仕事で、リエンジニアリング後のプロセスで最小限に押さえ
られるものは、チェックと管理である。(前掲書:93)もっと正確に言えば、リエンジニアリング後のプロセスは経済的に意味がある時にのみ管理を行うということになる。従来のプロセスは管理とチェックばかりだが、それ自体は何の付加価値も生まず、ただ人々がプロセスを悪用しないようにするためのものにすぎない。新しいプロセスでは今行われているような厳しいチェックではなく、管理をまとめて行うか、先延ばしにするのである。(前掲書:93)この管理システムでは、チェックを後で行ったり、個別の事項ではなく全体のパターンをチェックしたりすることによって、ある程度の乱用ならわざと容認しておくのである。その代わりに、管理それ自体にかかるコストやその他の負担を大幅に減らすことができるのである。(前掲書:94)
以上のようなことを通して、リエンジニアリングされたビジネス・プロセス間に共通してみられる特徴を挙げた目的は、すべてのリエンジニアリング後のプロセスが同じであるとか、プロセス・リデザインが単純明快なものではない。新しいデザインの創造には洞察力、創造力、判断力が必要である。(前掲書:101)
4 新たな仕事の世界(第4章参照)
プロセスがリエンジニアリングされると、仕事は狭い範囲の業務中心のものから複数の職務にわたる物へと変化する。それまで指示を受けて仕事をしていた人々が自ら選択し、意思決定をするようになる。組み立てライン的な仕事も消滅する。職能別の部門はその存在意義を失う。経営者は監督者というよりコーチになる。従業員は上司のニーズよりも顧客のニーズを重要視するようになる。新たなインセンティブに応じて、態度や価値観も変わる。(前掲書:103)それでは、企業がビジネス・リエンジニアリングする際どのような変化が起こるか見てみることにする。
・仕事の単位が変わる。
リエンジニアリングを実行する企業は、かつてアダム・スミスやヘンリー・フォードが細分化した職務を、再び一つにする。ひとたび再構成されると、プロセス・チームは職務を遂行する人を組織するための論理的な方法となる。プロセス・チームは職能別部門からの代表者で構成されるのではない。むしろ、従来の部門別組織構造にとって代わるものである。(前掲書:104)従来の職能別部門では、それぞれが違う目標を持って仕事をするという問題があったが、一つのチームにすることによって同じ方向に進ませることができる。
・職務が変わる
組み立てライン的な仕事は高度に専門化され、ある一つの業務を繰り返すだけなので、仕事の全体のプロセスを知ることもなければ、気にする必要すらなかった。しかし、プロセス・チームのメンバーは、それぞれが与えられた業務に責任を持つのではなく、プロセスの結果に対して全員で責任を持っており、これまでとは異なる仕事をすることになる。(前掲書:107)彼らは日々広い範囲にわたる技能を駆使するだけでなく、全体像についても考えなくてはならない。すべてのメンバーが同じ仕事をするわけではなく、彼らはそれぞれ異なる技能や能力を身につけなければならない。個々のチーム・メンバーは、プロセスにおけるすべての段階に関して基本知識を持っており、その中の複数の段階の仕事ができる必要がある。(前掲書:108)
リエンジニアリング後のプロセスに関わる人たちは、付加価値の大きい仕事に従事し、組織の中に境界線があるために発生した点検、調整、監視などの付加価値を生まない非生産的な仕事は従事しないようになる。よって、企業に対する彼らの責任は増し、結果として、リエンジニアリング後の仕事は全体的にかなりやりがいのあるものになる。(前掲書:110)
・人の役割が変わる
業務思考の従来の企業では、あるルールにしたがって仕事をする。リエンジニアリングされた企業では、ルールにしたがって仕事をするような人は必要とされず、むしろ自らルールを創造するような人が求められる。経営陣は、一つのプロセスをはじめから終わりまであるチームに任せるのであれば、そのために必要な意思決定を行う権限を与えなければならない。(前掲書:110)プロセス・チーム・ワーカーとして、彼らは、自ら考え、意見をし、判断をし、意思決定をすることが許されているとともに、そうすることを求められている。いちいち仕事に対する上司の指示を待つことはないのである。(前掲書:111)
・職務教育が変わる
リエンジニアリングされたプロセスでは、ルールを守る人間ではなく、正しいことを実行するための判断力を持った人材が必要とされるので、従業員は、何が正しのかを自分で判断できるだけの教育が必要になる。(前掲書:112)従来の企業では、特定の仕事をどのように行うか、また特定の場合にどのように対応するか、という従業員トレーニングに力点が置かれた。リエンジニアリング後の企業では、教育すること、または、教育された人材を採用することが重要になってくる。トレーニングは技能や能力を伸ばし、どう仕事をするかが教えられる。教育は洞察力と理解力を高め、なぜその仕事をするか教えられる。(前掲書:113)
・成果の測定と報酬の制度が変わる
従来の企業では、報酬の制度は比較的明確なものであった。年功序列、勤務時間に基く報酬、ただ年数が経ったからというだけの給料値上げなどである。これらはリエンジニアリングの原則と一致しない。(前掲書:115)企業はリエンジニアリングによって、報酬制度に関する基本的な考え方についても再考を迫られる。たとえば、その年にパフォーマンスのよい従業員が今後よいとは限らないので、給料の値上げではなく、ボーナスとして支給するなどである。リエンジニアリングを行った企業では、成績は創造された価値に基いて評価され、それに伴って報酬も決定されなければならない。(前掲書:116)
・価値が変わる
従来の企業が持つ価値観は、過去の成績に焦点を当て、管理を強調し、ヒエラルキーを重要視する、というような細分化されたマネジメント・システムの副産物である。(前掲書:118)そのような企業が、いかなる言葉を企業価値観としてならべようとも、そのマネジメント・システムは、自分は組織の歯車である、というような価値観しか生まない。価値観を変えることは、リエンジニアリングを行うにあたってプロセスを変えることと同じぐらい重要である。
・マネジャーが変わる
一人あるいは複数の人間からなるプロセス・チームに必要なのは、上司ではなくコーチである。チームはコーチにアドバイスを求める。コーチはチームの問題解決に手を貸す。コーチは、実際の活動には直接携わらないが、近くでその手助けをするのである。(前掲書:120)リエンジニアリングされた企業では、マネジャーは、人との付き合いがうまくなくてはならないし、他人のために働くことにプライドを持つ人物でなくてはならない。そのようなマネジャーは、資源を提供し、質問に応じ、それぞれの長期的なキャリア育成に一生懸命になる人なのである。これこそ、従来のマネジャーの多くが果たしていた役割と異なる点である。(前掲書:120)
・組織構造が変わる
一つのチームがプロセスのはじめから終わりまでを担当することになれば、プロセス・マネジメントもチームで行うことになる。意思決定や部署間にまたがる事柄は、従来はマネジャーやさらに上の管理職のミーティングで扱われていたが、今やチームの日常の業務の中で行われることになる。仕事に関する意思決定を、その仕事を行う本人に任せるということは、マネジャーの従来の仕事が必要なくなるということになる。企業はもはや、仕事をまとめるために必要であった経営上の接着剤の役割を果たす人はいらなくなる。リエンジニアリングすると、以前のように細分化された仕事を一つにまとめるという仕事は必要なくなるのであり、マネジャーが少なくなるということは、マネジメントの階層もそれだけ少なくなるということである。(前掲書:122)
・エグゼクティブが変わる
リエンジニアリングによって、企業はシニア・エグゼクティブの役割を変えることを要求される。よりフラットな組織では、シニア・エグゼクティブは、顧客に、そして企業の価値を決める仕事をしている従業員に、いっそう近い存在になる。リエンジニアリングされた環境では、業務志向の職能別部門のマネジャーの行動よりも、権限委譲された従業員の態度や努力によって仕事の成功の是非が決まる。したがってエグゼクティブは、自らの言動によって、従業員の価値観や信念に影響を与え、引っ張って行けるようなリーダーでなければならない。エグゼクティブは、プロセスを行う人々を直接管理するのではなく、リエンジニアリングされたプロセスの成績に全体的な責任を負う。従業員は、コーチの指導を受けつつも、あくまでも独立して仕事を行う。従業員が必要な職務を遂行し、業務評価や報酬制度などの企業のマネジメント・システムによって働く意欲が湧くようにプロセスがデザインされているかどうかを確かめることに責任を持つのである。(前掲書:124)
・ビジネス・プロセスをリエンジニアリングする際に起こる変化のまとめ
企業のビジネス・プロセスをリエンジニアリングすると、企業の中のすべてが変わる。なぜなら、従業員も仕事もマネジャーも価値観も、すべて互いに関係しあっているからである。(前掲書:125)これは四つのポイントに分けることができる。第一のポイントは、仕事がどのように行われているかという企業のビジネス・プロセスである。第二は職務と組織構造、第三はマネジメントと評価システム、第四が従業員の価値観や信念といった企業文化である。(前掲書:125)仕事をどう行うかということは、職務の特性やその職務を行う人々がいかにグループ化され組織化されるかということなので、ビジネス・プロセスは、職務と組織構造を決定する。組織化される人々は、それに応じたマネジメント・システムによって評価されるので、組織構造は、マネジメント・システムに影響を与える。マネジメント・システムは、従業員の価値観や信念を形成する。価値観や信念は、プロセス・デザインの成績を支えなければならないので、第四ポイントは第一ポイントにつながる。リエンジニアリングでは、プロセスのデザインだけでは不十分であり、四つのポイントが相互にうまくかみ合わなければならない。(前掲書:127)
5 リエンジニアリングに着手する(第9章参照)
リエンジニアリングを行うにあたってもっとも重要なことは、会社内の人々に大きな変化への展望を持ってもらうことである。人々に、その仕事や業務を根本から変化させるアイデアを受け入れさせるのは難しい。そのため、リエンジニアリングのための教育などはその最初から最後までずっと続けないといけない。従業員に変化を売り込むことに成功した企業は、リエンジニアリングの必要性をもっとも明快に打ち出せた企業である。(前掲書:219)これらの企業のシニア・マネジャーは組織の中で働く人々に伝えなくてはならない二つの重要なメッセージをはっきりとうまくまとめている。一つは会社の現状と、そのままではいけない理由、二つ目はどのような会社になるべきかというメッセージである。一つ目は改革綱領、二つ目はビジョン表明と呼ばれる。
改革綱領は、なぜ会社がリエンジニアリングをしなければならないのかを述べている。それは簡潔でわかりやすく、人を駆り立てるものでなくてはならない。(前掲書:220)経営者は単に、危機意識を煽るだけのものであってはならないし、リエンジニアリングがなされない場合のすべての業務コストを事実にもとずいてはっきりさせた、強い説得力を持つ主張でなくてはならない。もし会社がある特定の事業分野で競争優位を失いそうであったり、利益幅が確実に落ちてきていたり、全社的に危機的状況に直面しているなら、改革綱領でそれらを取り上げるべきである。綱領は、現状をはっきり示すべきで誇張してはならない。改革綱領に取り上げられる現状は新しく確認された事実ばかりではないだろうが、それらを一つの文章にまとめて把握することによって、組織が本当に破綻していることを人々に分からせるのである。(前掲書:220)
ビジョンの表明は、経営者が自分の会社がどのような組織であるべきかという意向を伝えるものである。それは、会社がどのように経営されるのかを示し、会社が達成しなければならない成果が何であるかを明らかにする。ビジョンは定性的、かつ定量的な表明でなければならず、会社がリエンジニアリングに着手する前に、また着手してからも、リエンジニアリングの目的を忘れずに思い起こすものとして、進歩の度合いを測る物差しとして、またリエンジニアリングを持続させていくための刺激として、繰り返し繰り返し用いられるべきものである。(前掲書:226)
ビジョンは力強くなければならない。多くの会社のビジョンは中身がなかったり単純すぎることがあり、会社がビジョンを実現するために何をしたらよいのかさっぱりわからないことが多い。(前掲書:228)優れたビジョンは、三つの要素を含んでいる。第一に、それは業務に焦点を当てている。第二に、測定可能な目標と測定方法を含んでいる。そして第三に、もしそれが本当に力強いものなら、業界の競争のあり方を変えるものである。(前掲書:229)優れたビジョンはいずれも鋭さをもち、決まり文句は使わず、三つの要素を含んでいる。
改革綱領とビジョンを用意し、広めることがリエンジニアリングの第一歩である。(前掲書:232)
日本の企業は競争力の回復に努めているが、大幅な成果はなく業績は沈滞しているため日本の景気は、多少の回復の兆しは見せているものの、あまりよくない。業務の抜本的な見直しが必要である。リエンジニアリングはまさに業務を根本的に立て直すことによって業績の劇的な向上を目指すものである。アメリカではリエンジニアリングに踏み切った企業が劇的に業績を向上させている。日本企業も顧客とサービスに焦点を当て、優れたプロセスをデザインし、リエンジニアリングを実行に移すべきである。
参考文献
M・ハマー、J・チャンピー著、野中郁次郎 監訳『リエンジニアリング革命』(1993)日本経済新聞社