ホーム >> COEプログラム事業の遂行と成果について >> c. 国際会議・シンポジウム >> グループ1「基層文化としての神道・日本文化の研究」 考古学・神道 ミニ・シンポジウム「日本列島における青銅器祭祀」 | |||
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國學院大學 21COE考古学・神道 シンポジウム 「日本列島における青銅器祭祀」 1 開催日時 平成16年7月17日(土) 2 開催場所 國學院大學常磐松2号館3階大会議室 3 発表者・司会(敬称略) 伊藤慎二(COE研究員)・加藤元康(國學院大學大学院博士課程後期) 加藤里美(COE研究員)・山添奈苗(國學院大學大学院博士課程後期) 吉田恵二(事業推進担当者) 岩永省三(九州大学総合博物館) 柳田康雄(元九州歴史資料館) 難波洋三(京都国立博物館) 井上洋一(東京国立博物館) 杉山林継(事業推進担当者) 4 発表テーマと内容 伊藤慎二(COE研究員)・加藤元康(國學院大學大学院後期) 「2003年度縄文班調査研究活動の成果」 ロシア沿海地方調査の成果(オシノフカ遺跡・ゴルバトカ3遺跡)について報告。北海道の同時期の物質文化に関連する資料が明らかとなった。 加藤里美(COE研究員)・山添奈苗(國學院大學大学院後期) 「分銅形土製品に関する一考察」 弥生時代における分銅形土製品の位置付けを多様な観点から行ない、当該時期における祭祀遺物の変遷を示した。 吉田恵二(事業推進担当者) 「弥生時代祭祀における青銅器祭祀」 弥生時代における祭器の概要を述べ、さらに中国の祭祀遺物について研究の現況を報告した。このような中で弥生祭祀の東アジアにおける意味を捉え、当該時期の各地域における物質文化の受容についてその特性を明らかにし、課題を示した。 岩永省三(九州大学総合博物館) 「武器形青銅器祭祀の展開と終焉」 弥生時代の青銅器祭祀の本質をポトラッチ・財の浪費などをキーワードに考察し、青銅器の展開と消滅に関して、祭祀形態の変質とその要因を示唆した。加えて、広形銅矛祭祀の動向について現状の課題と示唆的見解を提示した。 柳田康雄(元九州歴史資料館) 「鏡の儀礼と祭祀」 各事例を詳細に検討しながら、埋納儀礼との関わり、漢鏡の流入と儀礼の変質、破鏡の祭祀の観点から日本列島における鏡の儀礼と祭祀について考察した。 難波洋三(京都国立博物館) 「銅鐸と銅鐸祭祀の変遷」 銅鐸と銅鐸祭祀の変遷に関して、近年の近畿地方の事例とこれまでの検討から弥生時代の銅鐸製作・流通の状況について新たな見解を示した。 井上洋一(東京国立博物館) 「青銅器の埋納と副葬」 青銅器の埋納と副葬について、銅鏡、武器形青銅器、銅鐸を取り上げ、それぞれに関する資料と解釈の現況と課題を示し、副葬から埋納への変質の意味について示した。 杉山林継(事業推進担当者) 「東アジアからみた日本列島の青銅器祭祀」 物質文化とそれに伴う信仰に関する問題意識を基に、日本列島と大陸、半島との間での青銅器の扱われ方の比較を目的として、東アジアにおける各種の青銅器の事例を示した。 ディスカッション ディスカッションでは杉山林継(事業推進担当者)氏が司会を務め、会場からの質問を中心としながら弥生時代における青銅器祭祀について討論が行なわれた。主題となったのは「銅鐸と神社」、「鏡を割る行為について」、「鉛同位体比」などであった。「銅鐸と神社」に関しては、現在の神社と弥生時代の祭祀との間に因果関係が存在したかについて質問があり、それに対しては以下のような回答がなされた。両者の直接的な通義性は現象としては認めることができるが、その一方で現在の段階ではそれらを結びつけるまでの資料を提示するに至っていない。これを確認して行くことがまさにCOEにおけるテーマとなる。また、話は大陸から日本へ青銅器が流入する過程で祭祀にどのような変化があったかにも及んだ。「鏡を割る行為について」では、鏡に限らず青銅器が壊されるということに関して事例を交えながら各々の見解が述べられた。「鉛同位体比」では原材料獲得の問題と工人集団の問題が主に取り上げられた。ディスカッションの最後では、祭祀形態の重層化と首長の捉え方に関して各発表者から一言ずつ述べられた。今後も弥生時代研究において「まつりを中心とした弥生社会の捉え方」に関してより一層理解を深めていく必要性が強く求められよう。(文責:吉田恵二 事業推進担当者) |
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