東アジア異文化間交流史研究会・第3回国際研究会議


1. テーマ
  古代日本と東アジアの境界をめぐる祭祀・信仰・交流

2.シンポジウムの目的
 近年、日本古代の境界や地域社会における祭祀・信仰の調査・研究に関する考古学、文献史学双方での蓄積は目覚ましく、これまで知られなかったものが多い。また中国・韓国でも新たな発掘などの成果が伝えられ、着実に研究が進みつつある。今やこうした日本・韓国・中国そのた東アジア諸地域の研究を持ち寄り、互いをつき合わせてみる段階に達しつつある。それにより、東アジアの広域世界の特色を探ることと、他方で、日本をはじめ各国の歴史や文化を改めて考え直すことが可能になるであろう。
 第3回国際シンポジウムは、過去2回のシンポジウムでの神仏交流、葬送儀礼、諸国間交流などの問題提起をふまえ、三度、中国・韓国および日本国内で活躍する文献史学・考古学の最前線の研究者を招聘して、とくに境界や辺境(国境・周縁)など一定社会や社会集団において、国家の政治・対外関係、社会構造を反映して顕在化すると思われる祭祀・信仰・思想の固有なありかたを論じ、そこで展開する異文化間交流に照明をあてた。

3.日時・会場および日程

[日 時]2005年1月29日(土)・30日(日)

[会 場]國學院大學渋谷キャンパス120周年記念1号館

[日程・報告者]
第1日(1月29日)13:00〜17:30
 趣旨説明  鈴木靖民(事業推進担当者)
 報告1 宋成有(北京大学)
     「古代東アジアの諸国家と宗教・信仰の特質」
 報告2 ブルース・バートン(桜美林大学)
     「国境・境界と文化形成」
 報告3 三浦圭介(青森県埋蔵文化財調査センター)
     「古代日本辺境の社会と祭祀・信仰」
 討論

第2日(1月30日) 10:00〜17:00
 報告1 鈴木秀夫(國學院大學)
     「古代日本と朝鮮の殺牛馬祭祀・漢神信仰」
 報告2 李成市(早稲田大学)
     「古代朝鮮の殺牛祭祀と国家形成」
 報告3 小嶋芳孝(石川県埋蔵文化財センター)
     「古代日本海域の祭祀と信仰」
 報告4 三上喜孝(山形大学)
「古代日本の境界意識と仏教信仰」
 報告5 崔宰榮(ソウル大学)
     「唐代の外国人社会と宗教・信仰」

 討論

[司 会]岡田荘司・鈴木靖民(事業推進担当者) 
[進 行]佐藤長門(國學院大學)

4.参加者 第1日目130名、第2日目80名

5.報告の概要
  宋成有氏は、魏晋南北朝期の中国・朝鮮・日本における外来信仰である仏教の流布・伝来を通じた異文化間交流、仏教だけにとどまらない儒学、道教、文字文化など東アジアの文化の基礎をなした諸要素の受容と定着について論じた。
  ブルース・バートン氏は、古代社会において外部と内とを隔てる境界、国境の機能とそれを越えて流入してくる宗教・信仰の関係について論じ、宗教的信頼はむしろ平和的な文化交流の媒体となったとした。
  三浦圭介氏は、最近の発掘事例を通して、東北地方北端地域が北海道に連なる文化要素を持ちながらも、古代国家との交流の展開につれて、律令制的祭祀が持ち込まれるなど、文化的諸相の変容が認められることを指摘した。
  鈴木秀夫氏は、古代日本における殺牛馬祭祀・漢神信仰の意義を論じ、民間で行われていた祭祀が、王権の規制を受けた背景に仏教的理由があったことなどを指摘した。
  李成市氏は、韓国で発見された2つの新羅碑に刻まれた殺牛祭祀が、新羅が周辺首長を支配し、国家形成を遂げていく段階の祭祀共同体を形成する徴表であったことを指摘した。
  小嶋芳孝氏は、古代北陸道の能登道に沿って発見された宗教関係遺跡(加茂遺跡・指江B遺跡、寺家遺跡など)の性格の検討し、同地域の歴史段階について述べた。
  三上喜孝氏は、古代辺要国における四天王法の諸相とその拡大について、その具体例から論じた。
  崔宰榮氏は、唐代の長安城における薩宝府の位置について論じ、唐の朝廷が対突厥関係を意識して、突厥とも密接な関係があったソグド人に配慮して置かれたことを指摘した。

6.討論
  第1日目の討論は、ディスカッサントに辛鍾遠氏(韓国精神文化研究院)・小口雅史氏(法政大学)・新川登亀男氏(早稲田大学)を招いて行われた。
  辛鍾遠氏は、朝鮮半島の仏教に関して韓国での最新の研究状況を紹介し、文字資料の発見により、『三国史記』等の後世の文献よりも早く新羅社会が仏教を受容していたことを指摘した。これに関連して金子修一氏が発言し、南北朝期の南朝の仏教のあり方、それと東アジアの仏教の展開のとらえ方は重要であり、今後の課題となると述べた。また、李成市氏は、新羅法興王代は南朝よりも北朝と交流しており、宋成有氏がここで南朝の仏教的影響を指摘する根拠は何かと質問した。新川登亀男氏は、宋成有氏が21世紀の東アジアの交流において前近代の仏教交流がもつ柔軟性を重視した点について、さらなるコメントを求めるとともに、日本における仏教受容が7世紀と8世紀段階では異なり、王権・国家のための仏教はむしろ奈良時代に展開したことを指摘した。これに対して、宋成有氏は仏教のようなアジアに共通した規範・文化・心性が今後の民間交流において大きな役割を果たしうると回答した。
  次に、新川登亀男氏がブルース・バートン氏の報告に対してコメントし、対馬・壱岐の境界性の理解、文化の「逆流」、つまり日本的な文化・信仰が朝鮮や中国に伝えられる事例について質問した。これに対してブルース・バートン氏は、7世紀後半の白村江の戦い以後の軍事的な緊張が対馬の日本領域化の大きな契機になったとし、後者については李成市氏が中国に留学後帰国して本国の華厳宗に影響を与えた新羅僧義相の例を紹介した。
  三浦圭介氏の報告については、小口雅史氏がコメントした。北海道の文化と接し、南の律令制的要素の影響を受けながらも独自の文化を持つと評価したが、その際に律令制的要素は誰がもたらすのは誰かと質問した。三浦圭介氏は10世紀以降になると中央との直接的な関係が生まれてくるとしたが、その性格付けをめぐるやりとりがあった。
  西別府元日氏(広島大学)が第1日目の総評を行い、文化の広がりを考えるにあたり、政治的・経済的側面が改めて重要になると述べて、盛況のうちに初日を終えた。
  第2日目の討論は、ディスカッサントに岡村秀典氏(京都大学)・矢野建一氏(専修大学)・石見清裕氏(早稲田大学)・妹尾達彦氏(中央大学)・金子修一氏(山梨大学)を招いて行われた。
  まず、岡村秀典氏が中国考古学からの供犠・祭祀の研究状況を紹介し、日本・朝鮮の殺牛馬祭祀に関してコメントした。新羅碑には「斑牛」が用いられたと刻されるが、供犠用の動物ランクではそれほど高くないと指摘した。次に椙山林継氏(國學院大學)が日本の考古学でみた動物祭祀の事例を紹介し、金子修一氏が中国古代の文献に見える祭祀儀礼、会盟における動物祭祀との比較から、日本・朝鮮における王権の祭祀に言及した。矢野建一氏は、祭祀に用いられる動物は多様であったが、それが牛・馬に限られるという問題についてコメントした。
  次に小嶋芳孝氏・三上喜孝氏の報告について、三浦圭介氏・酒寄雅史氏(國學院栃木短期大学)が北方との交流が存在する一方で、中央から見れば対外的な境界領域であることの性格付けについてコメントした。続いて、崔宰榮氏の報告に対して、石見清裕氏が薩宝(府)の定義の問題、突厥とソグド人の関係、唐代初頭の突厥問題に触れて、崔宰榮氏の見解を再確認した。
  最後に妹尾達彦氏が、中央ユーラシア地域の物質文化の流れを受けて展開する東アジアの文化圏の歴史的特質や日本列島の異文化間交流を把握することの必要性・意義を指摘した。

7.成果と今後の課題
 
  本シンポジウムは、中国、韓国、アメリカを含む内外の日本古代史・朝鮮史・中国史・日本考古学・中国考古学の第一線にある専門家16名を報告者・批評者に招き、2日間で延べ200名余に上る研究者・学生・市民の参加者を集めた。中国南北朝に始まり朝鮮半島・日本に普及した仏教思想、中国・朝鮮半島・日本で共通する殺牛馬祭祀・信仰、日本の境界地帯での祭祀・仏教信仰など、古代日本と東アジアの多彩な宗教思想を境界や国境という枠組みとの関連で追究し、その性格や意義を議論した。境界や国家・国境という地域社会・社会集団における祭祀・信仰・宗教生活の実態と性格、その多様性と境界自体の交流促進の面と障害の面という両義性、東アジア特有の仏教と国家・王権の受容・衝突、国家間や地域間の文化伝播と偏差、国家意識・国土観と国際関係などの事実ないし問題の所在が具体的に浮上してきた。こうした事例はさらに集積されようが、中国・朝鮮半島など東アジアを視野に入れた祭祀・信仰・宗教の伝播や受容・衝突の歴史的把握、または比較史の視点が日本の固有信仰や神道文化の位置づけに不可欠であることも益々明らかになった。固有信仰・基層信仰と外来思想に関して、東アジアはもとより世界史的視角から接近することが今後の課題である。


文責:事業推進担当者鈴木靖民・COE研究員山崎雅稔





日時:  2005/3/14
セクション: グループ1「基層文化としての神道・日本文化の研究」
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