21世紀COEプログラム 「神道と日本文化の国学的研究発信の拠点形成」 「基層文化としての神道・文化に関する調査研究」に関する研究調査報告(1) 用 務 ヴェトナムにおける稲作導入期の遣跡遺物調査および現地研究機関・研究者との研究交流
用務地 ヴェトナム社会主義共和国 期 間 2002年11月9日(土)〜11月16日(土)
出張者 吉田恵二(國學院大學教授) 加藤晋平(國學院大學講師) 岩崎厚志(國學院大學助手)
調査経過報告11月9日(土)新東京国際空港→ハノイ国際空港(JL765便) 航空機の故障により5時間の遅延、現地到着は10日早朝になる。 11月10日(日) 午後西村氏(ハノイ国家大学研究員)、��聡氏(香港中文大学)と会見。 会見内容:シンポジウムへの協力、テーマ別の人選 
会見風景:写真左より��聡、西村、吉田の各氏
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11月11日(月)午前 ヴェトナム考古学研究所訪問 Ha Van Phung氏(研究所副所長)、Tong Trung Tin氏(同副所長)に挨拶。 会見内容(詳細は下記参照) ・本プログラムの説明と協力の依頼 ・本出張中における遺物の実見と遺跡踏査に関するお願い ・国際会議への出席と人選 ・ハノイ市外への外出許可証発行依頼 ・各遺跡の踏査の許可証発行依頼
会見後 Nguyen Kim Dzung氏(研究所研究員)と具体案の検討 研究所内の資料の閲覧と販売図書の購入
会見風景:写真左よりKim Dzung、西村、加藤、 吉田、Van Phung、Trung Tin、��聡の各氏
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《会見内容詳細》 会見者:Ha Van Phung氏、Tong Trung Tin氏、Nguyen Kim Dzung氏 以下の内容をヴェトナム研究の第一の目的であることとして会見時に説明した。 中国長江流域を発祥地とする稲作が拡散していくなかで、華南地域・北ヴェトナムにも稲作を基盤とする各種文化要素が導入されている。この南への普及と時期を同じくして東方の朝鮮半島、日本へも普及していく。日本の基層文化としての弥生文化を検討する上で、北ヴェトナムでは同一時期に外から稲作を導入し、文化変容が見られることは日本と酷似した状況である。両地域を稲作波及の東と南の縁辺地域とみなすと、地域毎に在来の要素、受容した要素を取り上げ、実態をモノを中心に捉え、その背景にある社会構造や、精神文化について理解していくことは本テーマ全体にかかわる問題を解明する一助となろう。 さらに、具体的な研究活動への協力依頼は以下の通りである。 北ヴェトナム地域の初期農耕文化について、来年度から3ヵ年間計画されている国際シンポジウムにおいて、3つの大きなテーマを柱として企画している。 (1)初期稲作農耕について (2)稲作受容期における葬送儀礼 (3)稲作に伴う祭祀・儀礼について である。 これら(1)〜(3)のテーマについて、国際シンポジウムにおいて北ヴェトナムの事例発表とそれに向けての資料集成を希望し、(1)については主任研究員であるNguyen Kim Dzung氏に依頼し、内諾を得ることができた。詳細については今後の出張結果と併せて微調整をすることを告げた。 氏に依頼した内容は次の通りである。まず、稲作開始期の遣跡の立地、出土遺物中における農具集成を中心として、検出植物遺存体・動物遺存体の集成、生産跡の集成も併せて依頼し資料化をお願いした。またその成果を基に発表をシンポジウムにて行なうことを依頼した。 さらに西村氏がシンポジウム発表者に適任であると研究所からも推薦され、Kim Dzung氏と共に来年度のシンポジウムへの参加を依頼し、概ね了解を得ることができた。 午後 ハノイ市内の古書店にて西村氏の協力のもと、必要資料の購入
研究所収蔵資料の観察および写真撮影
11月12日(火) ヴェトナム国立歴史博物館見学 博物館正面 |  展示室 |
11月13日(水)研究所所蔵資料の観察および写真撮影大量の収蔵資料の中から、今回のテーマに準じた、稲作開始期の資料を実見させていただくと同時に、その前後の資料も併せて提供していただいた。
会見風景:写真左より西村、TIEN DONG、 HEY DUE、吉田、通訳の各氏
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11月14日(木)ヴィンフック省博物館訪問 研究所を代表しNGUYEN TIEN DONG氏が同行。 SA HEY DUE氏(館長)と会見、展示室参観。 会見内容 ・本プログラムのテーマの説明 ・具体的な計画の説明 ・博物館所蔵資料の実見の依頼 ・当該省内の遣跡踏査時の便宜提供
会見後収蔵資料の実見と観察(於収蔵庫)  展示室参観 |  博物館正面にて |
ヴィンフック省内の遺跡踏査(ドンダウ遺跡・ルンホア遺跡) 両遣跡ともヴィンフック省における代表的な遣跡であり、 稲作開始期のフングエン文化に継続するドンダウ文化の指標遣跡である。ドンダウ遣跡は下層にフングエン文化に属する文化層が確認されており、炉址より大量の炭化米が検出されている。またルンホア遣跡からはフングエン文化期に比定されている石戈が出土している。この石戈は中国殷代後期の青銅戈に酷似しており、フングエン文化の上限年代を紀元前二千年紀末と推定できる資料である。いずれの遣跡も小河川の後背地の小丘上に位置しており、日本の弥生時代の遺跡立地と共通する特徴を有する。またドンダウ遣跡から出土した青銅器はその成分分析から青銅器として成熟したものと考えられ、フングエン期に登場した青銅器が定着していることを示している。
11月15日(金) ハノイ市北郊外のコーロア城跡の踏査、コーロア城出土遺物の実見 遣跡事務所での会見 |  コーロア城城壁 |
コーロア城はヴェトナム初期金属器時代のドンソン文化に属する遺跡である。紀元前一千年紀中頃に伝承では、北ヴェトナムに文郎(ヴァンラン)国が存在していた。 その文郎国を前257年に甌貉(アウラック)国の安陽王が併合し古螺城を築いたとある。その古螺城こそがコーロア城であると現在考えられている。 甌貉国は前3世紀には南越国に滅ぼされたといわれている。ドンソン文化の時期は紀元前3世紀〜紀元後1世紀と推定されており、銅鼓といわれる特徴的な青銅器が登場する。 この銅鼓は日本の銅鐸と同様に、発祥地の中国に存在しない独特の器物であり、両地域の独自性をあらわすものとして注目できるだろう。 また遣跡からは大量の青銅製品が出土しており、特に青銅製の鋤先が大量である。これは実用性は低く祭祀や儀礼に関するものと考えられているが、鋤先のような農具が発達していた事実に加え、実用品でないものを大量に生産する段階に達していたことを示すものである。 周辺遺跡の踏査(バイメン遺跡・ドンヴォン遺跡)  バイメン遺跡 |  ドンヴォン遺跡 |
コーロア城東南部に位置する両遣跡は、フングエン文化期からの遣跡である。遣跡の立地は北側に小河川を有し、河川から一段上がった小段丘にある。ドンヴォン遣跡は今回の訪問後に開発による緊急調査が実施されるという。 ヴェトナム考古学研究所へ挨拶 今回の訪問のお礼、国際会議協力の確認 Nguyen Kim Dzung氏・��聡氏・西村氏と最終打ち合わせ後、夕食会 11月16日(土)ノイバオ国際空港→新東京国際空港(JL766便) 3名とも無事帰国
(報告・作成 岩崎厚志)
日時: 2003/5/3 セクション: グループ1「基層文化としての神道・日本文化の研究」 この記事のURLは: http://21coe.kokugakuin.ac.jp/modules/wfsection/article.php?articleid=2
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