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Subject: 農業問題の勉強・情報2

    
遺伝子組み換え食品、それとも地球のためのダイエット?

         ー 大地と人間のつながりを取り戻す試み ー


古沢広祐(国学院大学経済学部 経済ネットワーキング学科 教授)
<『滴(しずく)』国学院大学広報誌(第19号)掲載原稿>



 1999年10月、地球の人口は60億人を突破し、人口の増加は環境問題 や食料問題に暗い影を落とし始めている。20世紀の成長一辺倒の歩みがどこ まで続くのか、それをどのように調整するかが問われている。しかし調整の道 は思いのほかきびしい。
 現実には従来の延長路線、すなわちエネルギー消費でも、食料消費でも、 もっともっと供給の拡大を目指す路線が進んでいる。それは、「石油がだめな ら原子力で乗り切れ」、「作物を改良してバイオによる増産を!」などといっ た号令で叫ばれ出している。
 そうした未来選択の意味では、農業・食料分野の具体的な動きとして、遺伝 子組み換え食品をめぐる攻防がある。それは、生命の設計図に手をかけて遺伝 子組み換え技術による品種改良でさらなる生産性の向上を目指す動きであり、 まさに脱自然化の究極段階に踏み込むものである。しかし他方では、有機農業 や環境保全型農業として極力人工的な自然改変を避けて自然との調和を目指そ うとの動きが一方で拡大しつつある。
 私たちの食卓でも、一方では食の国際化(無国籍化)・反季節化とともに、 機能性食品やバイオ食品の登場として現れており、他方では地域産品(地産地 消)の尊重や自然食品・有機農産物ブームとして展開している。いわば食と農 の二極分解とも言うべき動きが起きているわけだが、まさにその動向を大きく 左右するのが、遺伝子組み換え食品をめぐる賛否の攻防と言ってよかろう。
 それは、21世紀をめぐる新たな攻防とみることもできる。大きな枠組で言 えば、地球環境の保全や生命循環と生物多様性を尊重する流れ(広義の人権・ 環境権)と、経済のグローバリゼーションと大競争時代の言葉に象徴される一 層の効率化・経済性を追求する流れの攻防と言ってもよい。私たちはいったい どちらの道を選択するのであろうか。
 以下では、技術至上主義や拡大路線ではない方向について、重要な問題提起 をいくつか紹介してみたい。


 いまの日本は、世界中から資源や食料を入手して物質的には溢れんばかりの 豊かさを享受しているかにみえる。そしてその豊かさの反面では、大量の廃棄 物が海や山を埋め尽くすような事態を生じている。ありとあらゆる食べ物を世 界中から入手し、飽食のかぎりをつくせる状況の中で、私たちはかえってモノ や食べ物を粗末に扱うようになっているのではなかろうか。食べ物や農業の世 界のもつ奥深い意味を感じとる感性をにぶらせてしまい、十分に認識する力を 失いかけているように思えてならない。
 ほんの少し昔を思い起こすと、おそなえもの:供物(くもつ)といった風習 にみられるような食べ物を神聖なものとして扱う行為が日常的に行われてい た。つまり食べ物とは、人の世界と神の世界を結び付ける神聖な意味がこもっ たものだった。また、田の神、山の神の信仰にみられたように、農業もまたそ うした宗教的な意味あいを強く持っていた。その根底には、食べ物や農業を通 して人間は深く自然の力を実感し、自然と共感しあい、交流しあう豊かな感性 を育む世界があったと思う。
 私はかねてから、農業を大地と人間を結ぶ「へその緒」にたとえてきた。と いうのも、お母さんの体内に宿る胎児が「へその緒」を通じて命のかてを手に 入れている姿を連想するからだ。地球と人間が、”農業”という行為(回路) を通してつながっているのであり、人類がその命のかてを大地からくみ取る行 為、それが農業なのだ。「農」と「食」をめぐる世界を、地球環境問題ともか らめて今日的課題として再構築することが今ほど求められている時代はないの ではなかろか。
 食と農を通じてのライフスタイルの変革運動の展開として、とくに環境とい う視点から世界的視野に立った興味深い動きが始まっている。日本のNGO団 体が97年から取り組みだした「地球にダイエット」キャンペーンである。す なわち、環境負荷型の生活を見直して地球への負担を減らす新しい発想のダイ エット運動である。このキャンペーンのユニークな特徴は、省資源・省エネ・ 省汚染で環境負荷を減らした分(先進諸国の過剰消費の削減)を数量的に評 価・経済価値に換算して、その節約して産み出されたお金を南北問題解決へ橋 渡しする、すなわち途上国の生活と環境改善、教育向上に役立てようとする点 である。自分の生活をスリムに健康的にしていくことが、外なる環境負荷を減 らして環境保全となるとともに、なおかつさらに世界全体の発展の不均衡(富 の不平等、南北問題)を是正する、いわば”一石三鳥”を実現しようとする運 動なのである。
 具体的に食生活面での取り組みとしては、食べ方(食メニュー)の中身を環 境との関わりで様々な角度から見直すことが行われている。食メニューを、た んに栄養評価からではなく、どれだけの面積を必要としたか、どれだけエネル ギーを消費して生産されたか、どれだけの距離を移動してきたか、といった指 標で評価して環境負荷を明示することで、エコロジカルなメニューのあり方 (エコダイエット)の重要性に目覚めていこうというものである。
 季節感を忘れ、地域の農業の存在を見失い、風土に育まれた伝統的な料理や 食事の知恵から切り離されて、美食と飽食と肉食過多に傾く不自然な”現代 的”食生活は、自分の健康ばかりでなく、地球の農耕地や資源・環境にも過大 な負荷をかけてしまう。例えば現状ベースの世界の農耕地の生産で、米国など に代表される大量の残飯や廃棄を前提にした飽食と肉食(動物性蛋白)過多の 食事(西欧型食生活)を世界中の人間がとった場合、世界人口は現状の半分も 養うことはできない。他方、穀菜食を主としたインド的な食生活ならば、世界 人口は現状の倍近くまでも養えるのである。


 これからは食料を単なる栄養素や商品とだけみるのではない視点が求められ ているのではなかろうか。もっと私たちの生活の文化だとか環境だとか、暮ら し方全体に繋がっている根元的なものとして認識することが、日本の中でも、 また国際的にも再評価すべき時代になりつつあると思われる。
 実際に、日本の風土にあった食生活を環境との関係から考えていこうという 動きが生まれている。各地の農村女性や栄養師のグループが、エコクッキング のガイドブックをつくり、旬の野菜、地場の野菜を取り、捨てるものがないよ うだいじに料理して、ゴミや水の汚染を少なくする実践活動などが広がりだし ている。さらに、都会の子供達に農業・農村体験をさせ、そこで伝統的な食文 化を学んだり、生産現場(農村・山村)との繋がり(交流)を取り戻そうと いった動きも広がりはじめた。
 循環の一番基本的な要素は水の循環だが、水系全体として自然を保全するユ ニークな運動として、いま日本の各地で徐々に沿岸・養殖漁民による山に植林 をする運動が広がり始めている。海を守る運動が、山の森を守る運動と繋がり だしているのだ。山の水源地の人と手を結んで植林をしたり、途中の農家の人 達が、合成洗剤を使わないようにするなど水系の全体の生態系をよみがえらせ ようという運動である。そして、その動きに対して都市住民の支援や協力も生 まれだしている。
 最近、消費をめぐる世界では、「より安い物を自由に幾らでも選べる」従来 の消費マインドからの脱却が、たとえばグリーン・コンシューマーの台頭をみ るように消費の意味を環境面、社会面から問う動きとして始まっている。技術 を過信して無限の生産拡大(=消費拡大)を追求する時代は終わった。地球と の共生をめざすエコダイエットやエコクッキングといった消費のあり方を再構 築する動きこそが、限られた資源・環境の世界のなかで、どれだけの人間を大 地が養ってくれるかを決める鍵となる試みなのである。

*参考:「環境容量の試算/研究」 JACSES : ホームページ (URL:http://www.jacses.org)
JACSESは、環境政策およびその他の調査研究・政策提言活動などを通じて、持 続可能な社会を創造することを目指すNGOです。
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