幸い、叔母からもこれで家でも買いなさいと、そのころとしては大金である四千円も貰ったことだし、思いきってやってみよう。そう考えて、わたしは伊東の漁船に乗って太平洋で暮らしたり、樺太に渡って北方民族と生活したりして、ぼうぼうとして六、七年を過ごし、東京に戻って来ると、叔母は金のことは口にもしませんでした。
「わが妻、わが愛」(『森敦全集』第七巻、208頁)