酒田の柳小路に犬をつれて、ただ日向ぼっこをしていた老人を。あれがぼくに加茂の近くの洞窟におなじような老人がいたのを絶えず思いださせていて、そもそも「われ逝くもののごとく」という言葉の拡がるもととなったのです。ふと見るともののけみたいな女がいる。その女にはどういうわけか、いつもめんこい女の子がついている。むろん、酒田でのことですが、不思議なことにぼくはこの二人を鶴岡でも見たのです。大山でも見たのです。そして、加茂に住んでみて、この二人が加茂のものであることを知ったのです。よし、このめんこい女の子を善財童子に見立てて、「われ逝くもののごとく」と言って回らせようと思い立ちました。
「小説背後論理」対談者 小島信夫(『一即一切、一切即一─『われ逝くものごとく』をめぐって/森敦対談集─』、法蔵館、昭和63年8月、95頁)