新編荷田春満全集

 

<『神社新報』 第2719号(平成15年11月17日)掲載>

新刊紹介新編 荷田春満全集編集委員会編

『新編 荷田春満全集 第一巻 書入本『古事記』』

城崎陽子(國學院大學文学部・兼任講師)

 『荷田全集』の刊行は、戦前に二回試みられてゐるが、当時の状況からいづれも未完のまま終はってゐる。平成二年にも再び刊行が試みられたが、これも稀少本となった戦前の全集を復刻するに留まってしまった。この経緯はさまざま語られてゐるが、京都伏見の東丸神社所蔵「荷田春満史料」が当時未公開であったことも理由の一つであったと聞き及ぶ。

 四度目となる今回の全集刊行は、東丸神社の全面的な協力もあって、春満自筆原稿類を直接閲覧・調査し、収録することが可能となり、『全集』の名にふさはしい内容が整へられつつある。

 賀茂真淵・本居宣長・平田篤胤らとともに「国学の四大人」と称揚されつつも、春満の業績の全容は長く未詳のままであった。特に古事記研究において春満の業績は唯一『古事記箚記』を見るのみであったといへよう。

 本書は國學院大學図書館所蔵の武田祐吉博士旧蔵本、春満書入本『古事記』をカラー写真版で全文掲載したものである。本書の編集を担当した中村啓信國學院大學名誉教授は、この本が忠実に伝へる春満説を学問的に評価した最初の人物でもあり、その研究成果は平成四年に刊行された『荷田春満書入古事記とその研究』(高科書店)に結実してゐる。

本書は春満の門人杉浦朋理(杉浦国頭息)が享保十三年、師説による訓を主筆で書き入れたものを祖本とする。この祖本を三河国吉田の神職であった鈴木梁満が筆写し、門下の大林吉賢が安永三年寛永版本『古事記』にさらに筆写したものが本書である。鈴木梁満は真淵、宣長の門弟であったことから、従来、真淵から宣長の『古事記伝』に至って大成されたとする古事記研究の流れの源に春満に教へを受けた遠州国学の流れがあったことが指摘されてゐる。

 「解題」では中村啓信氏が本書と祖本を同じくする別系統の写本(山崎久章写本)や真淵訓を伝へる諸本(多和文庫本他)、延佳本と称する『鼇頭古事記』等を対校資料とし、さらに本居宣長の『古事記伝』との本文の比較をおこなってゐる。この作業は同時に、師弟間における伝授の様相をもあらはにすることとなった。ある時は師説を補ひ、またあるときは師説を削って自説を加へる。そこには、学問を継承する人々のドラマがある。緻密な作業を重ねてこそ味はふことのできる醍醐味であり、それは、本書を手にして初めて追体験できるのである。

 『新編 荷田春満全集』の刊行は始まったばかりである。以下、「日本書紀」「万葉集」「古今集」「伊勢物語」「令」「有職故実」等、未公開資料を中心に刊行が予定されてゐる。称揚されるだけでない、「人間荷田春満」がどのやうな姿を見せてくれるのか、続刊の各書に期待される。

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