国学院大学法学部横山実ゼミ


弁護士会の懲戒手続きは、適切におこなわれているか

(この随筆は、平成23年7月17日に日本弁護士連合会に提出した、異議申立書の最後の部分です)

 これまでは、弁護士、大学教員、医師といった専門家は、人々から権威が認められており、多少の非行や職務怠慢があっても、それは大目に見られてきた。しかし、現在では、いわゆる専門家の権威は落ちており、違法行為はもちろん、非行や職務怠慢も厳しく追及されるようになっている。たとえば、大学においては、大学教員によるアカデミック・ハラスメントやセクシュアル・ハラスメントが厳しく追求されるようになっており、また、授業評価などが導入されて手抜きの授業は許されなくなっている。医師も、今では、医療過誤によって患者を死亡させたような場合には、その責任が厳しく問われるようになっている。そのような状況になっているにもかかわらず、弁護士の非行や職務怠慢についての責任の追及は、十分に行われているのであろうか。

 2010年3月4日付の日本経済新聞によれば、2009年の弁護士に対する懲戒処分は、日弁連で統計を取り始めた1950年以降で最多の76件だったという。また、2,011年3月3日付けの日経では、2010年ではその数が最高になり、80件になったという。しかし、弁護士の総数を考えると、その数はあまりにも少なすぎる。おそらく、このデータの裏で、多くの人々が、弁護士の非行や職務怠慢などで被害を被っているにも関わらず、泣き寝入りしていると思われる。

 日弁連によると「事件処理や報酬をめぐって、依頼者とトラブルになったケースが多い」(2010年3月4日の日経)、「事件処理を怠り依頼者とトラブルになったケースが多い」(2,011年3月3日の日経)という。トラブルの案件のうちで、金銭上のトラブルの案件であれば、金の流れを追うことにより、弁護士の非行を立証するのは、比較的容易である。しかし、本件のように、金銭上のトラブルではなく、しかも、被調査人のSS弁護士から、攻撃的態度や懈怠行為などによって被害を受けたというような場合には、その立証は極めて困難である。

 異議申出人である私は、すでに、平成15年4月10日付の手紙で、被調査人のSS弁護士に「責任をとつてもらう方策を考えざるを得ない」と伝えていた(甲24号証の3、下から5行目)。それゆえに、古い手紙やメールなどの資料は、廃棄することなく保管していた。今回の懲戒手続きにおいては、それらの資料は、被調査人であるSS弁護士の非行を問うのに役立ったと思われる。しかし、それだけ多くの資料を提示しても、東京弁護士会の綱紀委員会は、異議申出人の私の言い分を否定して、被調査人であるSS弁護士の言い分を鵜呑みにして調査結果をまとめた。そして、それに基づいて、懲戒委員会は「懲戒処分をしない」という決定を下したのである。

 弁護士が、交渉の戦術として、高圧的な態度をとったり、時間を稼いだりすることは、よくあることなので、懲戒委員会は、不誠実だとか懈怠行為だとかいう理由で非行ありと、本件で認定するのをためらったものと推定している。

 ところで、本件のように、被調査人である弁護士にとって甘い認定をすることは、弁護士会として、望ましいことなのであろうか。今の日本は、サービル提供でしのぎを削っている社会となっているので、すべての業種において、丁寧で誠実に良質のサービスを提供することが行き渡っている。その中で、弁護士だけが、旧態を維持して、昔ながらの「弁護をしてやる」という横柄な態度で、依頼人や相手方に臨みつづけることができるのであろうか。そのような態度でいれば、人々は、弁護士に高額な弁護料を支払って、仕事を依頼することはなくなるであろう。このような事態を避けるためにも、弁護士会は、その懲戒手続の有効性の向上に努めるべきと思われる。

 まずは、弁護士会の懲戒手続が、一般の人々にとって、高嶺の花であることを是正する必要があろう。たとえば、東京弁護士会のホームページには、会則も懲戒手続についても情報が掲載されていなかった。そこで、異議申出人の私は、東京弁護士会総務課の受付に行き、会則の懲戒に関する部分を見せてもらい、その部分を書き取らせてもらったのである。

 戦前の弁護士会は、弁護士仲間の私的な会という性格を帯びていた。そのような場合であれば、会則を公表しなくても、何ら差し支えはなかったであろう。しかし、今の弁護士会は、弁護士法で規定された公的な組織である。そのような公的な組織であれば、会則や懲戒手続などの基本情報は、外部に公表することが必要ではなかろうか。

 東京弁護士会総務課で入手できたのは、「懲戒請求申立書式例」だけであった(丁17号証)。異議申出人の私は、法律の素養があったので、そこに書かれている専門用語、たとえば、「甲○○号証」というような用語を理解できた。しかし、一般の人々は、専門用語が混じっているその書面を見ただけで、自分で懲戒を請求するのは無理だと思うことであろう。

 弁護士会は、弁護士に対する懲戒手続きは、代理人である弁護士を通して開始されることを予定しているのかもしれない(丁31号証の2、24行目以下)。弁護士を雇って懲戒手続きをするとなると、金がかかる。金をかけてまで、弁護士を追及する人は、どれだけいるであろうか。しかも、金をかけて手続きをしても、その成功率は極めて少ない(懲戒の総数は、年間、全国で80件に過ぎないのである)。そのようなことを考えると、弁護士の非行で被害を受けた人の多くは、泣き寝入りをしていると推測される。

 今は、犯罪被害者の救済が社会的に注目されている。その延長線上に、非行を犯した弁護士から被害を受けた人々を救済することも、近い将来、社会問題化する可能性がある。そうなる前に、弁護士会は、懲戒手続きの適正化を図り、被害を受けた人々が、より容易に懲戒の申立を行えるようにすべきではないだろうか。たとえば、被害を受けたと訴える人で、経済的な理由で弁護士を雇えない場合に、弁護士会や法テラスにおける支援を受けるようなシステムの構築を考えるべきではないだろうか。また、公的な懲戒というのでは、弁護士の社会的身分の信用剥奪につながるというのであれば、弁護士に対するピアーレヴィューとしての非公式な注意処分というようなものを導入したらどうであろうか。いずれにしても、弁護士会が自浄能力を欠き、非行を犯した弁護士をのさばらせておくならば、人々からの信用を失うことになろう。

 年間の懲戒総数が80件に過ぎないということから判断すると、また、裁判での第1審にあたる東京弁護士会懲戒委員会において、綱紀委員会が1年5ヶ月の歳月をかけて慎重に調査したことに基づいて「非行にあたらない」と認定したという、形式的事実から判断すると、日本弁護士連合会の審理で本件の認定が覆される可能性は、極めて低いと考えている。しかし、そのような予測をしながらも、エネルギーと時間を使って、この異議申出書を書いたのは、日本弁護士連合会に、本件の審理を契機として、弁護士会の懲戒手続きの適正化を検討して頂きたかったからである。

この随筆を書いた経緯

 私は、母である横山ハナの実質的な顧問弁護士であったSS弁護士を対象として、彼が所属する東京弁護士会に対して、母が亡くなった1年後の命日である平成22年2月9日に懲戒の申立をおこないました。その主な理由は、母の信頼を裏切って、相続問題を適切に処理しなかったこと、また、私に対して長年にわたって攻撃的態度をとってきたことでした。東京弁護士会綱紀委員会の調査手続きは長引いて、平成23年7月3日になってやっと、東京弁護士会会長名で回答を受け取りました。その結論は、「懲戒しない」というものでした。

 そこで、私は、日本弁護士連合会に対して、平成23年7月17日付で異議申し立てをおこないました。最高裁判所への上告と同様に、その異議申し立ては門前払いされると思っていましたが、奇跡的に、7月28日付で、日本弁護士連合会会長名で審査開始の通知を頂きました。そこで、審査結果を待っていたのですが、日弁連の綱紀委員会は、東京弁護士会綱紀委員会と同様に、一度も私から事情聴取することなく、調査を終えたのです。そして、平成23年12月21日付の議決書で、日本弁護士連合会の宇都宮会長の名前で「本件異議の申出を棄却する」と告げてきたのです。そこで、弁護士会における懲戒手続きが抱えている問題を皆様に考えていただくために、この随筆をホームページに掲載したのです。

(この随筆は、2011年12月29日に、このホームページに掲載しました)

追 記  下記の文章は、親しい弁護士宛に書いた手紙の一部で、私のPeer Reviewの案が示されています。

 今は、若い弁護士を中心として、弁護士として適切な収入を得られない人が増えています。それらの人は、暴力団や悪徳商法の会社などから提示される高い報酬に誘惑されて、弁護士倫理に反するような仕事をしかねないのです。そのような不祥事が生じたとき、刑事事件になりそうな事案だけを、事後的に懲戒処分にするというのでは、人々から納得されないでしょう。

 そのようなことを考えて、懲戒の前段階として、弁護士によるPeer Reviewとしての委員会を設けること考えてみました。その委員会は、弁護士活動についてクレームをつける人から話を聞き、もしその人に誤解があれば、それを説明し、また、そのクレームに根拠があると判断したときは、委員会の責任で、非公式に当該弁護士に注意したり、その事件から身を引かせるというものです。また、悪質な事案については、委員会が、クレームをつけた人に代わって、当該弁護士が所属する弁護士会に懲戒の申立をするというものです。

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