国学院大学法学部横山実ゼミ


軽犯罪法違反による少年の送致人員数の増大 2ー終わり)

少年によるキセル乗車は、警察の取締対象か?


横 山 実

軽犯罪法で定められている行為類型

 軽犯罪法では、第1条で34の類型の違法行為を挙げて、それらを犯した者に対して拘留あるいは科料という軽い刑罰を科すことを定めています。警察によって補導・検挙されている少年は、どの違法行為で捕まっているのでしょうか。

 警察庁の犯罪統計書「平成23年の犯罪」には、第63表として軽犯罪法違反の統計が示されています。それによると、20歳未満で軽犯罪法違反によって、警察から家庭裁判所に直送事件として簡易送致された人員は、4,672人です。その内訳を見ると、第32号「田畑等侵入の罪」が2,785人(59.6%)、第31号「業務妨害の罪」が478人(10.2%)、第16号「虚偽申告の罪」が457人(9.8%)、第2号「凶器携帯の罪」が321(6.9%)人、第9号「火気乱用の罪」が290人(6.2%)です。成人の送致総人員は10,591人ですが、そのうちで、第32号「田畑等侵入の罪」は42.8%、第31号「業務妨害の罪」は1.1%、第16号「虚偽申告の罪」は3.9%、第2号「凶器携帯の罪」は25.1%、第9号「火気乱用の罪」は6.6%となっています。つまり、少年も成人も、第32号「田畑等侵入の罪」が一番多かったのですが、この罪で捕まっている割合は、少年の方が高かったのです。なお、成人では、第2号「凶器携帯の罪」に次いで三番目に多いのは、第33号「はり札、標示物除去の罪」で、7.7%を占めています。

軽犯罪法第32号で定める行為

 ところで、軽犯罪法で定めている第32号の違法行為とは、「入ることを禁じた場所又は他人の田畑に正当な理由がなくて入った」行為です。この行為が、平成18年から平成23年の間に、少年では443人から2,785人へと6.3倍も増加しているのです(成人の場合は、3.2倍の増加です)。今の少年の多くは、都会に住んでいるので、「他人の田畑に正当な理由がなくて入った」行為が、6.3倍も増加したとは考えられません。そこで、「入ることを禁じた場所・・に正当な理由がなくて入った」行為で捕まっている少年が、急増したことになります。私は、このような行為を具体的に想像することができなかったので、ある警察幹部に問い合わせをしました。その結果、意外にも、その違反行為の大半は、電車の「キセル行為」であると知らされたのです。

キセル乗車防止対策と取締りの強化

 今では、都会で電車に乗る際には、自動改札機を通過します。中抜きの切符や定期券などを使ってキセル乗車するという行為は、以前から頻繁に行われていました。そこで、鉄道会社により、キセル乗車防止対策が実施されることになりました。その対策の決め手は、乗車券に入場記録がなければ改札を出ることができない自動改札機の導入です。1994年に阪急電鉄が導入してから急速に普及し、JR東日本では、1998年から導入しています。それによって、実際にキセル乗車をする人は、激減したと思われます。しかし、新型自動改札機の普及と比例して、キセル乗車をして警察に捕まる人が増えているのです。例えば、栃木県警鉄道警察隊は、「切符をなくした」といって不正乗車をした人を、詐欺未遂で検挙するのを活発化しているのです。

不正乗車をした者に対する割り増し運賃と科刑

 ところで、鉄道営業法では、第18条第2項において、「有効ノ乗車券ヲ所持セス又ハ乗車券ノ検査ヲ拒ミ又ハ取集ノ際之ヲ渡ササル者ハ鉄道運輸規程 ノ定ムル所ニ依リ割増賃金ヲ支払フヘシ」と定めています。それゆえに、以前は、不正乗車をした人は、割り増し運賃を支払えば、警察に突き出されるようなことはなかったのです。しかし、今では、逸脱行動に対する許容性が低下して、些細な行為も、犯罪行為として警察に突き出されるようになっています。このような社会状況の中で、電鉄会社から「キセル乗車」など不正乗車したとして通報された事件については、警察は、軽犯罪法第1条第32号を適用して、犯罪行為として取り調べているのです。この条文の適用は、妥当でしょうか。罪刑法定主義によれば、条文の文言を類推解釈することを禁止しています。第32号を適用するには、この類推解釈にあたらないのでしょうか。なお、不正乗車で改札機を通り抜けた悪質な事案は、電子計算機使用詐欺の罪名で逮捕するようになっています。

軽犯罪法違反としてすることは妥当か

 キセル乗車や子ども料金の乗車券で不正乗車した少年を、軽犯罪法違反として送致することは、妥当なのでしょうか。警察は、非行防止のために「早期発見・早期介入」を強調するようになっています。それゆえに、以前には「遊び型」といわれた軽微な違法行為に対しても、たとえば、軽微な万引き行為等に対しても、「初発型非行」という名称を付して、積極的に検挙・補導をしてきたのです。その延長線上に、軽犯罪法違反の積極的な検挙が見られるといえるでしょう。

成人の場合との比較

 ところで、不正乗車は、成人の場合には、長期にわたって正規の電車賃を支払わなかったという悪質な例が見られます。それに対して、少年の場合には、そのような悪質な事例が増えたとは考えられません。中学生が子ども運賃の切符で乗車するというような些細な事例も多いと思われます。

 軽度の不正乗車をした少年を、触法少年や犯罪少年として簡易送致で家庭裁判所に送致することは、妥当でしょうか。警察は、おそらく、軽微なうちに、非行の芽を摘み取ることが大切だと主張することでしょう。しかし、ラベリング論の視点からは、マイナス効果が大きいと考えられます。

軽犯罪法違反としての送致

 警察で、単に不良行為少年として補導された場合には、少年は、その場で警察官から注意され、少年補導票が作成されるだけで終わります。他方、犯罪少年として検挙されると、警察署で取調べを受けて、調書が作成されます。そして、軽微な直送事件として、一月に1回まとめて家庭裁判所に簡易送致されます。家庭裁判所では、調査官が、書類をざっと目を通して、軽微な軽犯罪法違反事件として、審判不開始事件として処理するだけです。このような形で事件処理が終わるまでの2〜3ヶ月の間、少年は、家裁に送致された非行少年というレッテルに悩むことになります。その心の傷は、不開始処分の通知を受けても癒されることにならないでしょう。「子どもの切符で不正乗車する」というような軽微の違法行為をしたからといって、これほど深く、少年に心の傷を負わせる必要があるのでしょうか。

少年への早期介入は必要か

 少年警察活動は、「早期発見・早期介入」をモットーに積極化しています。その成果は上がり、今では、少年時代において非行で補導・検挙される人も、また、後年に常習犯罪者になる人も減少しています。しかし、このモットーを徹底させるために、軽犯罪法違反などの軽微な罪で少年を積極的に検挙するのは、少年に心の傷を与えるというマイナス効果をもたらす過剰介入ではないでしょうか。警察がこのように過剰介入を強化し続けていると、少年は萎縮してしまい、自由に行動したり、豊かに発想したりすることができなくなるかもしれません。少年を萎縮させてしまったら、近い将来の日本は、発展が停滞してしまうことになるでしょう。

警察への過剰期待とその弊害

 警察の積極的な介入は、民間からの要望に応えるという側面があるので、警察ばかりを批判対象にすべきでないと考えています。キセル乗車をはじめとする不正乗車の例でいうと、不正乗車は、昔からありましたが、以前は、これらの行為の大半は、割り増し運賃の支払いという形で、電鉄会社が内部で処理していたものです。その支払いをすれば、警察に通報しなかったのです。しかし、今では、電鉄会社の職員の紛争処理能力が低下しているためか、軽微な不正乗車の場合でも、マニュアルにそって、本人から事情も聞かずに、即座に警察に突き出すようになっています。警察は、このようにして突き出された少年については、成人のように微罪処分で処理できないので、家庭裁判所送致を行い、それによって少年の心を大きく傷つけるという結果を産んでいるのです。なお、家庭裁判所調査官のケースワーカーとしての技量が低下していることを考えると、軽微な少年事件については、少年係の警察官や少年補導職員に警察限りの不処分の権限を与えることが望ましくなっているかもしれません。

 現代の日本人は、逸脱行動に対する許容性を低下させています。また、他人の揉め事に介入しないようになっているために、紛争処理能力を低下させています。そこで、紛争事案は公的機関に、たとえば、犯罪に関係しそうな事案を警察に、委ねてしまう傾向があります。軽微な法違反や揉め事まで通報されたら、警察は、いくら警察官を増やしても、対応しきれないのです。根本的には、逸脱行動した者、特に軽微な逸脱行動をした少年を、即座に社会から排除するのではなく、社会で包摂しつつ、再度、そのような逸脱行動を犯さないように導くことが大切なのです。

追記 1

 私が知っているある学生は、中央線の沿線の山梨県に住んでいます。彼女によると、地元民のある者は、東京から短距離の切符を買って電車に乗り、駅に到着すると、夜陰にまぎれて線路に下りて、踏切まで歩き、帰宅しているのです。そこで、地元の警察は、踏切近くで張り込みをして、電車から線路を歩いてくる人を捕まえているということです。おそらく、警察官は、軽犯罪法違反で捕まえているのでしょう。しかし、これは、張り込みまでして捕まえるほど、重大な法違反なのでしょうか。地方では、めったに犯罪が生じないので、警察官が、業績稼ぎでこのような張り込みをしているのかもしれません。

追記 2

 自動改札機を通り抜ける形で不正乗車した2人に対して、電子計算機使用詐欺罪が適用された事例は、讀賣新聞2012年6月26日の記事で紹介されています。この事例では、左翼の活動家である被告人2人が、2010年の春に、都内の駅とJR宇都宮駅の間を往復する際に、事前に用意した回数券で自動改札機を抜ける形で、正規運賃との差額約21,000円を騙し取ったというものです。弁護士側は、「正規発行の回数券を用いており、虚偽の情報で改札機をだましたわけでない」と無罪を主張しました。しかし、東京地裁では、この主張を退けて、電子計算機使用詐欺罪を初めて適用して、懲役1年執行猶予3年の有罪判決を言い渡しています。

 讀賣新聞2012年9月6日の記事では、電子計算機使用詐欺罪を適用して起訴した2件目の事例が報道されています。逸脱行動への人々の許容性が低下して、重罰化が進んでいますので、悪質な不正乗車をした少年にも、電子計算機使用詐欺罪が適用されるようになるかもしれません。(2013年10月27日に追記を追加)

(Glass Craft in Taiwan)

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