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人間と情報環境〜EUCの視点から

山口 康裕

 

  はじめに

パソコンや携帯電話など情報通信機器が普及するにつれ、社会全体が情報化していき、情報と人間との関わりがより重要になってきている。特に、コンピュータが低価格化、高機能化し、分散処理が行われることにより一般利用者がコンピュータを利用する機会が増えた。そんな中で、より使いやすい環境を作っていくためには、従来の技術的に偏った考え方だけでは限界で、利用者について考えることが重要になってきた。

そこで、人間がどのような情報環境を求めているのか、現状はどのようになっているのか考えてみることにした。そして、コンピュータや通信ネットワークを利用することにより起こるメリットやデメリットについてまとめることにした。

 

  工業社会と情報社会

工業社会は、同質のものを大量生産し、低価格・商品不足の改善を実現した。そのため、人々の生活水準が上がったが、その一方で消費したゴミが社会的問題になった。組織構造は、中央集権的な縦型構造であり、意思決定は上位のレベルから順に下位のレベルに伝達されるため組織がでかいほど時間がかかった。

情報社会は、多様な・個性的なものを客のニーズに合わせて、必要なときに・必要な数だけ生産することを目標としている。この事は、量的には製品が普及したため、質的な消費者のニーズの高度化が大きな要因となっている。また、環境という視点から見ると消費社会の反省から持続可能な社会への移行であると考えられる。組織構造は、分散的な横型構造であり、意思決定は上位のレベルから直接下位のレベルに伝達可能であるため、中央集権的な構造と比べると意思決定にかかる時間が短縮された。このことは、電子メールやメーリングリストなどの情報技術が大きな役割を果たしている。

 

表1  情報化社会と工業化社会

 

工業社会

情報社会

特性

大量化・同質化

多様化・個性化

組織構造

中央集中的

分権的

パソコン利用者

システムエンジニア

エンドユーザ

意思決定

上から下へ順に

上から直接下へ

資源と社会

消費社会

持続可能な社会

 

  情報

3−1  情報による現実世界の認識

人間は、現実世界をどのように認識しているのか。このことについて、上沼靖子、内木哲也(1999:29)は、「人間は現実の世界をそのまま感じるのではなく、感覚を意味づけることで伝達されたイメージを通して知覚している」と述べ、そして「この知覚によって形成された現実世界のイメージこそ真の姿」であると指摘している。

例を挙げて考えてみると、ひよこを知らない子どもが「視覚」から黄色いもの、動くもの、「聴覚」からピヨピヨという音(鳴き声)がするなどの感覚を受ける。そこで、この生き物について観察したり、他の人に聞いたりや本で調べて情報を得る。そうすると、まずこの生き物は、ひよこと呼ばれている生物であることを知覚する。さらに、ひよこは、卵→ひよこ→ニワトリという成長過程があることを知覚する。そして、次にカラスを見たときに羽根がついていることからひよこ(ニワトリ)となにか関連があるのではないのかと知覚する。

  知覚は、習慣、生活環境、文化、知識量によって異なる場合もある。この例で考えると、ひよこをペットと知覚する人、ニワトリにして食べるものと知覚する人、儀式のいけにえと知覚する人、他の生物のえさと知覚する人、うるさいと知覚する人さまざまである。この知覚の違いが、人によって現実世界の認識を変えているのであろう。

 

3−2  情報の価値

情報の価値とはどのように決まるのか。このことについて、上沼、内木(1999:16-17)は、「情報としての価値はその生起確立の低さ、非日常性、意外性、広域性、一般性、自分との関連、確立度、事件度などによって決まる」そして、「これらの評価基準は情報の受け手の日常習慣、生活環境、文化的背景、知識量、社会的地位、情報の理解度、つき合いの広さなどによって決まる」と指摘している。つまり、同じ情報を伝達しても受け手の時間や空間、状況が異なることによってその価値が変わるということである。

バンダイから発売されたかつての人気商品「たまごっち」を例に考えると、人気が出る前は、一部の人の中でしか関心がなく売られていても気づかないか、見るだけの人も多く、「たまごっち」に関する情報の価値は低かった。だが、人気のピーク時には、「どこで売っているか」という情報でも価値が高く、その情報を得てさらに長蛇の列に並ばなければいけないという状況だった。その理由は、商品への興味、商品の珍しさ、社会的関心があったからだ。しかし、時間が経つにつれ多くの人の手にわたり商品の興味、商品の珍しさ、社会的関心がなくなりつつある状況では、商品の入手が簡単になると「どこで売っているか」という情報の価値は低くなる。そして、最後には、「たまごっち」に関する情報自体の価値がなくなる。また、人気のピーク時であったとしても「たまごっち」自体に興味が無い人、知らない人には情報としての価値はないだろう。

 

  メディア

4−1  メディア形成と普及

メディアが形成される時、そこには、社会的欲求と科学技術力が要求される。社会的な欲求とは、「今求められているもの」とそのメディアが形成されてから求められる「潜在的なもの」がある。社会的欲求がなければ、そのようなものを作ろうとか、取り入れようという考えが生まれ難い。仮に生まれたとしても普及しないであろう。つまり、技術的に可能であっても社会的な欲求がなければ普及しない。だが、社会的欲求はその時代によって変わり、現在はなくても将来的には出てくる可能性はある。

技術的には、このようなものが欲しいと思っても、技術的に不可能であれば、実現するのに時間がかかってしまうか、実現不可能である。しかし、技術的なことは、社会的な欲求があれば、科学技術が進歩し不可能なことが可能になる場合もある。

現在、存在しているメディアについては、社会的欲求があり、それを実現するだけの科学技術力があるものであると考えられる。そのことについて、吉見俊哉、若林幹夫、水越伸(1992:24-26)は、「社会が漠然としたかたちで共通認識している情報技術のイメージは、たとえば情報社会論などの言説に媒介されることで専門家集団にも共有されている」そして、「メディアは社会技術を内包しながら、政治的、経済的、文化的なさまざまな社会的要因の介在によって社会的様態を整えていくものである」と述べている。さらに「メディアの場合、社会が背景としている地理的、社会史的な特性が、そのありようを大きく規定する力を持っていたことにも留意しておく必要があるだろう」と指摘している。

  このことについて、「電話」というメディアに注目してみる。吉見、若林、水越(1992:197)は、電話の形成を3段階に分けている。

 

第一段階

                     音声整理への科学的な取り組みの延長で、

                     話す機械、音を複製する装置を作ること

 

                                      

第二段階

                   単に話すだけの機械を構想するのではなく、その

                   機械を電子的な再生装置として具体化すること

 

                                      

第三段階

                                電信との結びつき

 

  ここで注目すべきことは、一対一でコミュニケーションする電話を最初から作ろうとはしていない点である。また、第三段階「電信との結びつき」においては、一対一でコミュニケーションする電話としても使えたのだろうが、社会的環境から異なる使い方もされていた。どのようなことかというと、19世紀後半の電話には、ニュースや音楽を電話回線で流すサービス・システムが存在した。つまり、現在のラジオのような使い方をされていたのである。

  このようにメディアは、技術的なことと、社会的なことが複雑に交わりながら形成されている。20世紀後半では、ニュースを聞くならラジオ、音楽を聴くならカセットテープ、CD、MDと他のメディアの出現により音楽を電話で聞くサービスは少なかったが、携帯電話の出現により復活しつつある。それは、ラジオ、テレビなどの一方向のメディアが普及し、情報がある程度受信できるようになり、次の社会的要望として、好きな時間に、好きな場所で、好きな内容を見たいという欲望が出てきた点にある。もちろんそれを可能にするだけの技術が伴ってきたことも原因である。19世紀後半の、ニュースや音楽を電話回線で流すサービス・システムが形を変えながらも復活しつつあるところからして一度衰退してもまた復活するところも注目すべき点である。

 

4−2  メディア利用

メディアを利用する上で一般利用者はどのようなことを考えるのか。このことについて、電話を例に考えてみる。吉見、若林、水越(1992:29)は、「社会的な視点から見て重要なことは、電話機や電話回線、電話局からなる技術的装置としての電話システムそれ自体の存在ではなく、それらによって電話することにある」と述べ、「電話のある社会で暮らす私たちにとって、電話機や電話回線、電話局は、ただ電話するために必要とされているのである」と言及するように、利用者からすれば電話の技術的なことにも関心はあるが、多くの人はその機能や費用がどれくらいかかるのかということの方が気になるだろう。

これらのことから、メディアを利用する上では、どのようなことができるのか、使いやすいか、値段がどれくらいかなどが重要であることがわかる。

 

4−3  メディアの利用状況

4−3−1  テレビ、新聞、インターネット

表2において、テレビと新聞を見てみると「世の中の出来事に関する情報」で、テレビの92.6%や新聞の83.1%、「気象・防災に関する情報」で、テレビの87.7%や新聞の60.7%である。「最も信頼性がある情報」としても新聞の79.4%やテレビの68.3%と高い数字を示している。

パソコン通信、インターネットは、どの情報を得ようとした場合も2%を超える事はない。しかし、パソコン通信、インターネットは、この調査ではどの情報を得ようとした場合も2%を超えていないが、現在のパソコン普及状況から見ると将来的には何かの情報を得る上での利用率は上がるだろう。それは、情報伝達・蓄積・表現という側面から複合的に見た場合にコンピュータネットワークの方が有利である情報があるからである。

だが、新聞、テレビには、インターネットにはない情報の信頼性の高さがある。その理由は、表現者がプロであり、表現内容に責任を持っていることである。それに比べて、インターネット上ではプロから素人までさまざまな人が表現者となれる特徴があるため、多くの人が表現する機会があるメリットがある反面、内容の信頼性は一定ではないというデメリットがある。

上沼・内木(1999:46)は、「伝達メディアは、新しいメディアが出現することによって、完全に代替されて駆逐されてしまうものではなく、それぞれの異なる役割を果たしてきている」と指摘するように、紙の新聞やテレビの機能がなくなる可能性は低く、インターネットと共存していくと考えられる。

 

4−3−2  メディア利用されていない分野へのインターネット参入

表2で注目したいのは、「教育・子育てに関する情報」で「利用していない」の40.7%、「ボランティア活動に関する情報」で「利用していない」の45.6%である。「教育・子育てに関する情報」「ボランティア活動に関する情報」の特徴は、他の情報に比べて、新聞、テレビといったマスメディアが低く、友人知人からの口コミが多い。

このことは、信頼のできるマスメディアがあまり扱っていないので、「教育・子育てに関する情報」では、友人・知人からのうわさや体験談、「ボランティア活動に関する情報」では、同じことに関心のある仲間から情報を得ようとしているのではないのか。だとすれば、インターネットの特徴である電子メール、電子掲示板によってより多くの情報を得られると考えられる。

 

 

4−4  気象・防災に関する情報

4−4−1  テレビ、ラジオによるニュース速報

マグニチュード7.0というかなり大きな地震が、1978年1月14日に東海、関東地方で起こった。そして、1978年の1月18日に、静岡県知事が余震情報に関する記者会見を行ったことを受けて、静岡放送がテレビ、ラジオでニュース速報を流した。その情報が、数時間後に大地震が起こるという誤った情報が流通させた。そのことについて、水野博介(1998:155-156)は、この原因について、以下のように指摘している。

 

a)電話(およびくちコミの)連絡網の中で、もとの余震情報が正式の「地震予知情報」

  だと解釈されたこと

 

b)余震への注意をわざわざ知事が記者会見で発表するといった大げさな情報提供のあ

  り方が問題であったかもしれないこと

 

c)当時はまだ耳慣れない、地震の震源における大きさを示す「マグニチュード6(M6)」

という言葉を使っており、それが地震の地表における大きな揺れを意味する「震度6」

と混同された思われること

 

d)二ユース速報を流したことで、すでに電話やくちコミの連絡網の中で、歪んだ内容

  と伴って広まり始めていた情報の信憑性を高めたと思われること

 

まず、誤った情報が流通した原因として数日前に大きな地震があり、そのことによる不安やすぐに避難をしなければならないという緊急性がうわさを作り、正常な情報認識力を妨げたと考えられる。もし、数日前に大きな地震がなければ、うわさが出難いし、出たとしても信じる人は少ないであろう。また、「マグニチュード」と「震度」の違いについても通常の心理状態であれば、「マグニチュード」という言葉を知らない人が二ユース速報を見たり、聞いたなら、「なぜ震度じゃないんだろう」とか「マグニチュードって何」と気付く人や疑問を持つ人は、緊急の状態や不安の心理状態に比べれば多いと考えられる。

そして、テレビやラジオの二ユース速報について、水野(1998:156)は、「ニュース速報は、すぐに消えてしまうものであり、何か緊急の情報が出たということしか確認できない場合が多い」と緊急の情報は流れたという認識はされるがその情報の詳細までは認識しにくい環境にあると指摘している。場合によっては、「誤ったくちコミ内容を他の人に伝えた場合でも、ニュース速報も流れたという事実によって、それが『権威づけられる』」と誤ったくちコミ内容の信憑性を上げてしまう場合もあると述べている。

 

4−4−2  インターネット、デジタルテレビによるニュース速報の改善

アナログ放送のテレビやラジオは、ニュース速報が一回流れるとその情報が消えてしまい、その情報の詳細までは認識しにくい環境にある。しかし、インターネット、デジタルテレビは、いつでも好きな情報が見れるので、「何か緊急の情報が出た」という認識でも正確な情報が得られる環境があると考えられる。

インターネット、デジタルテレビ上では、情報がゆっくりと何度でも確認できるので、余震情報と正式の「地震予知情報」とを間違えることも少ないし、間違えて認識した人も再度確認して間違えに気付く事もできる。また、インターネット、デジタルテレビ上の情報で、仮に「マグニチュード」のような分からない言葉があっても注意書きや自分で検索でき、すぐに理解できる。

しかし、インターネット上では、信頼できるサイトで情報を得ないと、匿名性という特徴による無責任な情報や一般利用者も表現者になれるため、表現者自身の知識不足による誤りによって、誤った情報を得てしまう可能性である。それに比べて、デジタルテレビは、現在のところ、自分の流した情報に責任を持ち、ニュース速報で扱うような重要な情報は知識のある人が制作しているので信頼性は高い。

 

  電話と社会

5−1  匿名性

何年か前まで、電話というものは誰からかかってきたかわからなかった。そのため、かける側が明らかに有利であり、現実世界ではない行動をする。例えば、いたずら電話の種類で無言電話は、自分から電話をかけておいて何も話さずに切ってしまう行為である。このことを現実世界で置き換えてみると、誰かに話しかけておいて、無言で立ち去る行為である。いたずら電話の被害にあった人は結構いると思うが、誰かに話しかけられて無言で立ち去られた被害にあった人は少ないであろう。この違いは、電話が匿名性によって自分の身が守られていたところに大きな原因がある。

 

5−2  電話の普及と改善

電話は、非常に便利なものであるので、勧誘やいたずら電話がかかってきても普及している。一部の悪者がいるからといって普及しない、させないということは機能の利便性からしてもったいない。そして、勧誘やいたずら電話に対する社会的要望からナンバーディスプレイサービスができた。このサービスは、電話がかかってくると相手の電話番号が通知され(相手が非通知設定でない場合)誰からかかってきたかわかり、勧誘やいたずら電話を防げる。勧誘やいたずら電話の多くは、自分の電話番号を知られることを恐れている。だから、非通知設定が多く留守番電話サービスを利用すると最近の電話は、鳴らずいきなり留守番電話になるので便利である。このように、社会的欲求からメディアは改善され、より使いやすいものへと変化する。

 

5−3  アポイントメント

  電話の特徴は、電話さえあればすぐにいつでもどこでもコミュニケーションができることである。この特徴から吉見、若林、水越(1999:29)は、「電話によって、相手の都合を予め知ることができるようになることで、人々は、お互いの未来の活動を予め先取りして調整し始める」と述べるようにメディアによって、人々の現実世界における行動が変化する場合がある。電話が普及する以前は、実際に会う前に、お互いの未来の活動を予め先取りすることは、時間がかかってしまうのであまりしなかった。しかし、電話が普及し簡単にお互いの未来の活動を予め先取りして調整できるになり、日常化してくると、アポイントメントをとらずにいきなり会いに行くと失礼になるという環境になる。このようにメディアが現実世界の人間の行動を変えてしまう場合がある。

 

  コンピュータと人間

現在、コンピュータを利用する機会が増えた。そこで、利用しやすい環境を作る必要がある。重要なことは利用者が誰で、どのような環境で使うのかである。それは、利用者や利用環境によって使いやすさや求められることが変わってくるからである。

まず、コンピュータのディスプレイ上で考えてみると、見やすく、操作性の高いものが要求される。見やすい画面とは、人間の視野、視覚の動き、認識のしやすさなどを考慮してある画面のことである。そして、操作性の高さは、動作順序の合理性、利用者にあわせた入力方法の考慮が必要である。見ずらい画面や操作しにくい画面は、ストレスがたまりやすく、ミスが起こりやすい。

  次に、コンピュータを利用する環境すべてに注目すると、人間工学に基づいた机や椅子を使うことにより、疲労を軽減できる。長時間作業を行う場合、目の位置とディスプレイの位置やの調節、座る姿勢、照明の明るさ、温度により健康に大きな影響を与える。 

  そして、メディアを利用している人がそのメディアを利用していない人にストレスを与える場合がある。特に、現代社会は、メディアが作り出すリアリティとその場のリアリティとが共存する空間は多い。なぜ、ストレスを与えているのか例を挙げて考えてみると、家族でいるときに電話がかかってくるとその瞬間、場の雰囲気が変わる。そのことについて吉見、若林、水越(1992:70)は、「家庭という場に成立すべきと考えられるリアリティと、電話というメディアが生み出してしまうリアリティとの微妙なギャップが確実に作用しているように思われるのだ」と指摘している。だから、メディアが作り出すリアリティとその場のリアリティとの微妙なギャップをなくすため、BGM、防音により集中できる環境を作り出すことが重要である。

また、個人のスペースを確保することも重要である。作業する場所が狭かったり、人と視線が合うような配置は作業効率を下げる。

 

  通信ネットワーク

7−1  通信ネットワークの種類

 通信ネットワークとは、離れたコンピュータ同士をを通信回線でつなぎ、データの送受信を行うシステムのことである。ネットワークは、通信しあう範囲(距離)によってLAN(Local Area Network)とWAN(Wide Area Network)に分かれ、その役割も変わってくる。

 

LAN…企業や学校など同一敷地内で、ケーブルによってコンピュータに接続し、相互

        に通信するネットワークのこと

 

WAN…広い範囲で、専用回線や交換回線サービスなどを利用し、複数のLANを接続

        したネットワークのこと

 

7−2  通信ネットワーク環境

EUCを推進するためには、会社、学校などのシステムをできるだけ標準化することで使いやすくすることが重要である。それは、ドキュメントの標準化、ハードウェア・ソフトウェアの標準化などにより誰にでもわかりやすく、シームレスに作業を行うためである。

  だから、現在の多くのイントラネットは、会社、学校などの統一的な操作環境が前提とされており、利用者一人一人の個別の環境が用意されている訳ではない。そのため、

通信ネットワーク環境を考える上で、LANであったらLAN、WANであったらWANの問題として考えてしまいがちである。

  このことについて、松本良治(1999:42)は、「多くのグループウェアシステムはその前後の階層にあるべき情報処理環境やネットワーク等を意識していないために本質的な問題にまで掘り下げられることがない」だから「真の問題解決にまでいたらないことが懸念されている」と現状の通信ネットワーク環境について述べている。つまり、LANについて考えるときには「LANの集合体であるWAN」と「LANを構成しているPAN(個人の情報環境)」という視点が必要である。

PANについて松本(1999:44)は、「情報はその人の生活そのものであり、その時ときどきの振る舞いとともに個人が蓄積した情報や情報へのアクセス過程もが刻々と刻み込まれている」そのため、「これらの振る舞いが当人のプラットホームを通じて何らかの仕掛けによって支援されれば、人の思考のプロセスにも好影響を与えるばかりでなく、生活全体最寄り快適になると予想される」と提唱している。

情報化社会の特徴である多様化、個性化が進行していけば個人の情報環境についてもニーズが出てくると考えられる。しかし、情報環境を個人的な視点を重視しすぎるとシームレスでなくなったり、メンテナンスが複雑になったり、費用がかかるという問題がある。今後の情報環境は、集団的視点と個人的視点のバランスの取れた状態が求められると考えられる。

 

7−3  ネットワークに求められるもの

現在のところ、コンピュータは、人間の一部の機能を拡張・補佐するものである。そして、コンピュータの機能の一部である通信ネットワークは、人間の情報伝達能力を拡張・補佐している。特に、何か知りたい情報がある場合に、コンピュータネットワークに求められる事は「正確さ」「早さ」「容易さ」である。「正確さ」「早さ」については人間が何かを知りたいときに正確な情報を早く得たいのは当然であり、現在の社会では、情報の「正確さ」と情報を得る「早さ」によってその価値が大きく変わる事もある。「早さ」を求めるには情報を早く送受信できる通信技術と求める情報が早く発見できるような情報検索システムが必要である。情報を早く送受信できる通信技術は、光ファイバーによって改善されるだろう。しかし、求める情報を早く検索するのは難しい。それは、現在のインターネット上では、多くの情報が存在し、さらに正確ではない情報も含まれているからである。そのため、「容易さ」に関わるがある程度その情報に関してある程度知識が無いと嘘の情報か、本当の情報かを区別するのが難しい。「容易さ」については、コンピュータの利用者がシステムエンジニアのような専門家から一般人になったことから、重要性が出てきた。コンピュータの操作が難しいと、情報を得ようとしたときにコンピュータネットワークを使わず利用人口が増えない。そして、利用人口が増えないと通信料・電気通信機器の値下がりにくく、利用したくても相手が持っていないために利用できないという状況が起こる。

 

7−4  インターネットと情報格差

7−4−1  情報格差とその影響

  コンピュータが普及し、パソコンを利用してインターネットによって情報伝達・情報収集が頻繁に行われるようになり、情報格差が生じつつある。その原因は、コンピュータを利用できる環境がないこと、パソコンを利用できる環境は整っているがコンピュータ・リテラシーがないこと、アクセス権の有無が大きな原因と考えられる。

そして、情報格差は、文化にも影響を与える。花田達郎(1996:100)は、「外部から通信衛星技術を受容するということは、その技術を資本主義的に所有し、ハード・ソフト市場を支配する者たちの価値が文化として内部に浸透してくることを意味する」と情報格差による文化への影響について指摘している。情報を一方的に受信した場合に、送信する側の文化的影響を強く受ける。情報を一方的に受信した場合とは、情報を送信できる環境がないこと、環境はあっても送信しない場合がある。

 

7−4−2  情報格差をなくすためには

表3のコンピュータの利用状況によると男性の方が使っている人が全体的に多く、59歳以下の人が使っている人が多い。それに対して、表4の今後のコンピュータの利用動向は、男女差はあまりなく、年齢が高い人ほど使いたくない人が多い傾向にある。つまり、現状では、女性に関してはコンピュータに対して利用願望はあるが利用できる環境がないことを示し、60歳以上は利用したくない、または利用する必要はないと考えていることになる。このことに対しての対応策として、女性に関しては女性の社会進出と家庭の情報化が挙げられる。そして、60歳以上に関しては、利用したくない理由がそれぞれあると思うが、難しいから(難しそうだから)やりたくないという理由であれば、情報伝達・情報収集が容易にできるようなシステムの作成、コンピュータ・リテラシーが習える環境を整えていかなければならない。

なぜ、そうまでしてコンピュータを利用できる人を増やすべきか。このことについて村井純(1998:103)は、「本当にいまやらなければいけないのは、とにかく置いてきぼりをつくらないことで、これが本当に大切です」と主張している。「規模が大きくなると悪者が入って来てよからぬことをするのではないのか、との心配があるかもしれません」しかし、「それよりずっと多くのよい人が入ってきて、インターネットはずっとよくなると思っています」と提唱している。多くの人が利用するようになると悪者の侵入も防ぎきれない。しかし、そういう人は非常に少なく、それよりもそういう悪い行いをプロバイダーに報告してやめさせる人、インターネット上で反論文を出す人も多く存在するだろう。

個人が情報の発信源になれるという点で、電話というメディアを例に考えると、電話はたいていの家にあり、多くの人は人とコミュニケーションするために電話を利用する。電話は、悪質な勧誘やいたずら電話、犯罪にも利用されている。しかし、それと同時にこのような悪質な勧誘があるから注意した方いいと知人と話したり、このような悪質な勧誘を断りきれず「承諾してしてしまったがどうしたらよいのか」という相談もできる。また、犯罪者を警察に通報したり、人がケガをしているときに救急車を呼ぶことも容易にできる。このように、悪い使い方もされてしまうが、それ以上によい使い方もされ人々を助けている。また、悪質な勧誘やいたずら電話などの悪い使い方が増えれば、社会的問題になり、悪い使い方に対応する「ナンバーディスプレイ」などのシステムができる。

 

 

7−5 グループウェア

7−5−1  グループウェアとは

グループウェアは、オフィスにおけるグループ活動や共同作業を支援するシステムである。グループウェアの主な機能には、電子メール・電子掲示板・電子会議・スケジュール管理・プロジェクト管理・文書管理などがある。

 

7−5−2  グループウェアの利用状況

  1999年度社会経済調査UA・B『企業の環境対策への取り組みと商品開発戦略』調査においてグループウェアの利用状況について質問した。なお、調査対象は業種、上場/非上場の別を問わない企業とし、東洋経済新報社『会社四季報・CD-ROM版』に収録されている上場企業2433社、店頭公開企業865社、未上場企業3567社の計6865社を調査対象とした。サンプリングは無作為抽出法のうち等間隔抽出法を用い、抽出確率を7分の1として980社を調査対象として抽出した。980社のうちの220社から有効回答が得られ、有効回答率は22.4%であった。その結果を業績別規模別業種別に分類したところ以下のようになった。

 

  業績別グループウェア利用状況(図5)

  「おおいに好調である」と感じている企業は、グループウェアをあまり利用していない企業が66.7%、半分ぐらい利用している企業の33.3%である。

また、全員が利用している企業は、「好調ではない」・「おおいに好調」であるが0%で全体的には好調気味である。まったく利用していない企業は、「おおいに好調である」と感じていない。

 

B 規模別グループウェア利用状況(図6)

1000人以上の企業は、グループウェアをまったく利用していない企業が0%である。このことは、1000人以上の企業は、グループウェアを利用できる環境は整っていることを示している。

また、「全員利用している」と「大体利用している」、「半分ぐらい利用している」の合計は、1000人以上が56.1%、500人〜999人は50.1%、250〜499は、42.8%、250人未満は40.7%と実際にある程度利用しているのは、この調査では規模順になっている。会社の規模と費用的な問題やグループウェアの効果が関係がある可能性はある。

 

C 業種別グループウェア利用状況(図7)

素材は、「大体利用している」が39%である。電機・機械も利用している人が多い。しかし、卸・小売・飲食は、「まったく利用していない」と「あまり利用していない」の合計が61%である。「完全に利用している」が一番高いのはサービス業で27.5%である。

 

7−5−3  グループウェア導入

グループウェアを導入しようとして、成功している組織、成功していない組織がある。では、グループウェアを導入するために何が必要なのか。小暮仁(1997:155)は「組織文化は職場の暗黙の合意により形成されている」それを「グループウェアに合うように改革するのは、情報部門でもトップでもできない」グループウェアに合うように改革するためには、「その成員である利用部門が行わなければならない」そして、「グループウェアを成功させるには、それ以前に開放的な組織文化を作る必要がある」と述べている。

そこで、まず開放的な組織文化を作らなければならない。開放的な組織文化を作るためには、自ら改革しようという意志(自発性)が持ち、自ら意思決定を行える環境(自律性)が必要である。つまり、行為主体に自発性と自律性がある集団システムを作らなければならない。

このことについて小木曽(1998:28-29)は、「ネットワーク型社会システム(社会システムの成員が他の成員や社会システムに対して意思決定における自律性を持ち、かつ、成員は当該の社会システムに自発的に参加する社会システム)とは、説得と納得から構成されるコミュニケーションによって結びつけられた行為主体間関係である」と特徴づけた。

  これらのことから、実際に利用する人がグループウェアの効果(説得)に納得できる環境の必要性がわかる。そして、より効果を高めるために利用部門自身で改善案を出し、実際に改善したり、改善するために協力することが重要である。

 

7−5−4  電子会議

会議はさまざまな物事に関する議論や決議を行うために開催され、そのために人々は集まる。しかし、時間、空間という側面から必ずしも全員が集まるとは限らない。そこで、移動時間はないが会議の時間帯が空いている場合を想定して、電子会議のメリット、デメリットを考えてみると、まず大きなメリットは会議に出られることである。電子会議でなく従来の会議であれば、会議に欠席するか、移動時間のために前後のスケジュールをなくさなければならない。

また、会議する場所によっては、交通費や場所代もかかる。特に、離れたところや多くの人数が移動する場合は費用がかかる。これらの費用と時間の問題を電子会議によって解決すれば、今までよりも多くの会議ができるようになるであろう。デメリットは、初期の設備投資がかかることである。資金のある国や会社はいいが、ないところは会議に参加できない。そのことによる情報格差が生まれることがデメリットである。

 

7−6  通信ネットワークと事故

静岡県焼津市上空で2001年1月31日、羽田発那覇行き日本航空907便と釜山発成田行き日本航空958便が急接近し、回避する際に操作で41人が重軽傷を負った事件が起こった。

2月3日、4日の朝日新聞(2001:1)によると、この事件は907便と958便を管制していた東京航空交通管制部の二人が、958便に指示を出すつもりで間違って上昇中の907便を呼び出し降下するように指示を出した。その際、907便の機長は、上昇中の航空機に降下指示が出ることはほとんど例はないことから、疑問を抱き、指示が正しいかどうか念押しする意味で「907便」と名乗って降下することを伝えた。しかし、管制官は、通常の復唱と受け取り、しかも958便からだと思い込んでいた。907便の機長は、管制からの指示がなかったことや、高度約10700mの航空路は原則として、西から向かう航空機の一方通行と設定されていることから、降下の指示は自分のものだと納得した。

一方、管制官と907便のやりとりは、同じ周波数の無線を使う958便の機長も聞くことができた。しかし、「無線の声が弱くて内容が聞き取れず、何だろうなと思った。907便への降下し指示とは認識していなかった」などと話している。

この直後、両機の空中衝突防止警報装置が、907便には「上昇」、958便には「降下」の指示が出ていた。907便の機長は「管制の指示で降下を始めているし、相手機の高度に近づいている。降下を続けた方がいい」と判断した。958便の機長は、907便が降下しているとは思わず回避指示に従った。その結果、両機とも降下を続け、空中衝突寸前となった。

 

以上のことから改善点を考えてみると以下のようになる。

 

a)管制官から機長への情報交換においてミスが起こる可能性があること

 

b)管制官の指示と空中衝突防止警報装置の指示とそれぞれバラバラの指示に

  従っていたこと

 

c)907便 、958便それぞれの機長が相手側の情報を知らなかったこと

 

aについては、聴覚に頼りすぎ、お互いの誤解に気付かない恐れがある。このことを防ぐためには、文字を使うことで情報を正確に確認し、自機と他機と色をわけるとさらに間違えを防げると考えられる。そして、bとcについては、それぞれの機長が相手側の情報知る環境を作り、管制官の指示と空中衝突防止警報装置の指示に違いがある場合は、確認をできる環境を整える必要がある。また、空中衝突防止警報装置の信頼性の向上も必要である。空中衝突防止警報装置に絶対の信頼があれば、管制官の指示と空中衝突防止警報装置の指示が違うときになぜ違うのか確認ができ、今回のように管制官が言い間違えたときに、管制官が自分のミスに気付く可能性が高い。

この事件は、機械のミスはほとんどなく空中衝突防止警報装置の指示に従っていれば起こらなかった。しかし、どんなに優れた情報通信機器を利用しても、それを扱うのは人間であり、その人間がミスをすれば大きな事故になり兼ねないということを示している。

 

表8  ニアミスが起こるまでの管制官、907便機長、958便機長のやりとり

 


管制官、907便機長、958便機長の想像の中での907便 、958便の動き

                          907便                    958便

管制官の想像            上昇の指示のつもり         降下の指示のつもり

(正常な回避)

907便機長の想像      管制官の指示で降下         管制官の指示で上昇 

958便機長の想像      空中衝突防止警報装         空中衝突防止警報装置            

                        により上昇                 の指示により降下

現実の907便 、958便の動き

                          907便                    958便

管制官の指示            958便と間違えて            指示なし

                        降下指示

907便機長の動き     管制官の指示で降下             連絡なし

958便機長の動き        連絡なし                  空中衝突防止警報装置

                                                    の指示により降下   

                              

                          907便                    958便

現実                        降下                       降下

                           

                         ニアミス

 

 

8今後の課題

 

a)女性のコンピュータ利用希望者数と現実の利用者数とのギャップを減らすこと

b)60歳以上の人でもコンピュータを利用しやすい環境を作ること

c)通信ネットワーク環境について、WAN、LAN、PAN(個人の情報環境)それぞれ

の階層から考察すること

d)インターネット上で個人(一般利用者)が情報の発信者になれることや匿名性による

プライバシーの侵害、著作権の侵害などの対策

e)コンピュータに頼りきった社会、企業における災害や故障、コンピュータウイルス発生

時の対策

f)コンピュータ導入による組織改革

g)コンピュータを利用する機会の増加によるテクノストレス、情報中毒症への対策

h)(情報通信機器を利用した)人間の情報認識ミスの防止、改善策

 

参考文献

 

『朝日新聞』2001年2月3日朝刊p1

『朝日新聞』2001年2月4日朝刊p1

井川博(1999)『情報化白書1999』コンピュータ・エージ社

小木曽道夫(1998)『ネットワーキングとは何か?』夢窓庵

上沼靖子・内木哲也(1999)『基礎 情報システム論』共立出版社

小暮仁(1997)『情報システム設計論』日科技連出版社

長州岳夫、江戸川(1999)『イラスト図解でよく分かる初級システム

                        アドミニストレータ合格教本』技術評論社

花田達郎(1996)『公共圏という名の社会空間』木鐸社

松本良治(1999)「パーソナルウェアの概念と機能」『経済論叢』

水野博介(1998)『メディア・コミュニケーションの理論』学文社

村井純(1998)『インターネットU』岩波書店

吉見俊哉、若林幹夫、水越伸(1992)『メディアとしての電話』弘文堂

 

Copyright 2001, Yasuhiro Yamaguchi

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