考古資料調査資料の保存


青木 繁夫
(東京国立文化財研究所修復技術部)

1、調査記録の種類

    測量図面および実測図
           ケント紙、方眼紙、トレーシングペーパー
           マイラーフィルム、
           フロッピーディスク、CDほか


   記録写真
           モノクロ及びカラーフィルム
           写真印画紙
           X線フィルム

   日誌などの文書記録
           紙?
           フロッピーディスク、CDほか

2、調査記録に要求される機能

3、調査記録の劣化要因

4、調査記録の保存

5、調査資料活用の将来的展望



1.はじめに


 一般的に保存・修復の世界で、その対象にしている考古資料は、
 1)遺跡・遺構、
 2)遺物、
 3)発掘調査記録、遺物調査記録などがある。考古学の専門家にとって保存・修復の対象が、遺跡・遺構や遺物の場合においては、壊れた破片を接合して形状を復元し、そこから仮説を構築するという考古学の研究手法の経験もあって恐らくよく理解できるものと思われる。しかし考古学専門家にとって遺構や遺物の属性を調べるには発掘調査報告書があれば済むため、発掘調査記録が保存・修復の対象になるなど考えても見ないことであろう。発掘調査報告書は、発掘記録を整理して出来上がったものである。したがって厳密に考えるならば二次資料にしかならないのではないかと考えている。遺跡は、発掘調査によって破壊消滅されてしまう。そのためオリジナルに最も近い状態で遺構や遺物の属性を証明する証拠は、発掘調査記録が唯一無二のものである。このように重要な記録を健全な状態で保存し、活用できる状態にしておくことは、あまり重要に考えられていないようであるがとても重要なことであると考えている。

2.調査記録の種類

 調査記録に使用される材料は様々な物質で構成されており、ほとんどの場合数種類の物質からなる複合材である。保存を真剣に考えようとした場合、保存条件を整えることが大切であるが、保存性のよい物質からなる調査記録材料の選択や実際の保存処理が重要である。

1)測量図面および実測図
 ケント紙:晒し化学パルプ100%の自色をした上質紙、白さと滲み止めのためにタルクやカオリンが漉き込まれている。地形測量図や遺構実測図に使用される。
 方眼紙:化学パルプに白土をすきこんで製造された上質紙にラテックスや澱粉を接着剤としてカオリンなどをコーティングした紙である。そこに方眼罫線を印刷したものである。遺構実測図や土層断面図などに使用される。
 トレーシングペーパ:木材パルプを高叩解して漉いた紙で透明性、均一性が高い。第2原図用紙として使用されることが多い。
 マイラーフィルム:ポリエステルフィルムなどにトレーシングペーパーなどを張り合わせて水分の影響を受けやすいトレーシングペーパーの欠点を改良したもの。
 フロッピーディスク、CDほか:各種の合成樹脂材料が仕様されている。

2)記録写真類
 モノクロ及びカラーフィルム:
  支持体には、ガラス、ニトロセルロース、アセテート、ポリエステル等がありこれらの支持体の上にハロゲン化銀をゼラチンに溶かした乳剤を塗布したものである。
 写真印画紙:上質紙にハロゲン化銀を塗布したもの。

3)日誌などの文書記録
 紙:上質紙から更紙などさまざまなものが使用されている。
 フロッピーデイスク、CDほか

3.調査記録の劣化要因

 紙は、漉かれた後に加工され印刷物、文房具、書類などの記録媒体になり公的機関、会社、学校、個人などの所有になり保管される。このことは写真でも同じようなことが云える。この保管中の保存環境について配慮がなされないために劣化が進行することが多い。その要因としては

1) 紙そのものの化学物質、不純物あるいは紙製作上添加される様々な化学物資によって引き起こされる劣化。木材パルプのリグニンと惨み止め剤の硫酸アルミニウムによる紙の脆弱化が代表的な例である。コーティング剤の影響による劣化もある。

2) 硫黄酸化物や窒素酸化物などの大気汚染物資やそれらを含んだ塵、ほこりが水に触れることによって引き起こされる劣化。

3) 温度、湿度の急激な変化による空気中水分の結露による黴の発生や乾燥しすぎによる脆弱化などがある。フイルムが高湿度下で保管されるとフイルムベースが波打たり、ゼラチンが溶けてくっいたりしてしまう。洋紙のちょうどよい含水率は5〜7%程度。

4) 紫外線や赤外線による劣化。紙のリグニンは酸化されやすく、紫外線はそれをさらに加速させ黄変化させてしまう。赤外線に関してはそれがあたったところは輻射熟によって急激に温度が上昇して乾燥しすぎて脆くなる。

5) ネズミなどの動物あるいは紙魚、シバンムシ、ゴキブリなどの昆虫による食害や糞による被害。これらの活動は温度、湿度の変化と大きな関係がある。

6) 黴などの微生物の活動によるフォキシングなどの被害。これも温度、湿度の変化に影響を受ける。

7) 地震、風水害、火災などによる被害。とくに水害による記録の水没は紙同士がくついてしまったり、フイルムではゼラチンが溶解したりして回復不可能な被害を受けることが多い。火事は、燃えたら元に戻らないので大敵である。

8) 複写などによる物理的作用や取り扱いの悪さによる損傷、あるいは廃棄など人間の活動によって引き起こされる諸問題。

 写真の場合には、上記の劣化要因の他に撮影材料の保管状態、定着や水洗などの現像処理が適切に行われていないと、その後の保存に大きな影響を与えるので注意しなければならい。

4.調査記録の保存

 保存に関しては、「治療よりも予防」が大事である。オリジナル資料を保存するために保存環境の整備を行うことである。どうしても処置を必要とする場合は、修復を行わなければならいが、長い時間がたっても変質しにくい材質で、後で取り除きやすい物を使用して修復しなければならい。ここでは保存環境の整備について考えることにする。

1)紙を媒体とする記録
 紙は繊維と繊維が絡み合ていて、その間には適度の空間がつくられ通気性がある。紙の主成分であるセルロースは吸湿性があって湿度が高いと水を吸収し、セルロース繊維を膨潤させてしまう。一般的に洋紙の水分は5〜7%が適正であるといわれている。温度20℃±2℃、湿度60%±2%程度が紙を保存するによい条件とされている。紙は温度より湿度の影響を多く受けるため湿度保持がとても大切である。また化学反応の被害を少なくするために出来るだけ温度を低くして保存することが大切であるが、湿度も一定にしておく必要ある。紫外線の影響を少なくするためには湿度の安定した暗く涼しい場所に保管しなければならない。通常、実測図など紙に描かれた図面は、泥や汗など様々な汚れが着いていることが多いのでそれらを出来るだけ除去すること。また図面作成時に使用したセロハンテープなどの粘着テープも必ず取り除いて置かねばならい。さらに図面を二つ折り、三つ折りにして保管すると折れ部分すれ切れたりためかならず平置きにするとともにほこりや汚染ガスから守るために中性紙製の箱に入れて保存する。
 修復に関しては、酸性紙などの問題があるが、劣化の原因を調査し、その後の保存や利用計画を考えてどのような修復を行うかを決定しなければならい。そのような場合は、オリジナルの状態を尊重することを前提にして記録文書修復の専門家の意見を聞いてから実施することが大切である。

2)写真を媒体する記録
 フィルムや印画紙はハロゲン化銀がわずかの熟や光エネルギーによって画像を結ぶため、未現像のフィルムなどが高温にさらされると変化をしてしまう。さらに大気汚染ガスもフィルムに変化を及ぼす。厳密に考えるならばフィルムや印画紙の保存は、未現像の時から保存を視野に入れて管理されなければならない。そのためには包装ケースに入れた状態で、13℃以下の温度で保存することが望まれる。現像処理も保存性能を大きく左右するので注意を要する。古い定着液の使用、水洗の不足は残留薬品や未反応成分による変退色の原因になる。写真を保存する上で重要な因子は、温度・湿度を適正な水準に保つことと亜硫酸ガスなどの酸性ガスに触れさせないことである。温湿度条件は一般のモノクロフィルムで温度20℃以下、湿度50%以下、カラーフィルムで温度2℃以下、湿度30%以下に規定されている。このような温湿度条件を満たすような収蔵庫などに保存することが必要である。さらに収納するために棚などは金属製を使用するならば腐食しにくい材質のものを選ばなければならい。塗装からフォルムアルデヒドなどの酸性ガスが発生しない材質の物を選択する必要がある。そのような意味からはよく枯らした木材製の棚を使用することである。ネガを収納しておく袋は、無酸のアルファーセルロースパルプで作られたもので、pH7.O程度が望ましいとされている。また接着剤を使用しないためにたとう紙に入れることがよいとされている。プリントの保存に使用する台紙やオーバーマットには中性紙を使用することが適切である。プリントを直接台紙に接着剤で固定しないで中性紙のコーナーを作り、小麦粉でんぷん糊を使用して出来るだけ小さい面積を固定する。糊がプリントの着かないように注意しなければならない。
 このようにしたネガやプリントを中性紙あるいは弱アルカリ性の紙で作られた箱に入れて保存する。

5.調査資料活用の将来的展望


 調査によって消滅してしまった遺跡のオリジナル状態に最も近い資料である調査記録が、考古学の世界でなぜ積極的に活用されてこなかったのか。それにはいくつかの原因が考えられる。

 1)図書館の図書のように調査できる状態に整理されていない、
 2)生の資料を公開できるようなルールが確立されていない、
 3)文字資料、図面資料、映像資料の間の関連性が乏しく、実際問題としてそれから遺構を復元しようとした場合かなり困難が伴う。
 4)本来三次元空間であった遺跡を二次元に置き換えているために情報の欠落が多く当初の姿を復元することが困難である。
 このようにいくつかの要因を上げることが出来るが、いずれにしても調査記録が、学問研究のための公共財として位置づけされていないことに問題があると考えられる。報告書を刊行し、ある一定期間を経た調査資料は、公的な機関に集められ公開できるように保存整理され、保存のための処置と担保が取られた後に定められたルールのもとで活用されて行く必要があると考えている。そのためにはこのような機能を有した公的機関の設置が望まれ、その必要性をアピールして行くことが大切であろう。現在の技術を利用すれば実測図面と映像資料から、その関連性を跡付け三次元空間を復元出来る可能性がある。文化財修復の世界ではすでにそのようなことが試みられている。いずれにしても考古調査資料は消滅した遺跡の最もオリジナルに近い、唯一無二の資料であり、そこから発掘された遺構や遺物の属性を証明する大事なものである。また研究、保存・修復、啓蒙・普及のための資料でもある。このような基本的視点から考古調査資料の保存や活用のあり方を考えていく必要がある。

『学術フロンティアシンポジウム 画像資料の考古学』 2000 國學院大學画像資料研究会発行

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