はるなさんの言葉
 
 はるなさんは、自ら座位をとることもでき、また、支えられれば何とか立つこともできる方です。しかも、限られた物であるならば、手を伸ばすことも可能です。本当に楽しい時にはにっこり笑うこともできるのですが、残念ながら、私たちが言葉かけをしても、それに対してはいーいいえを含めて、明確な反応を読み取ることは困難でした。ご家族も、はるなさんの意志の読み取りについては、好きな物に向かおうとしていることやいやなことには体が堅くなるというような全体的な状況をもとにしておられました。しかし、問いかけに即応したはいといいえなどのやりとりは困難だったのです。
私たちは、好きな教材にだけは手を伸ばしてくるはるなさんとは、1時間を楽しく過ごすことはできても、関わり合いを発展させることに大変むずかしさを感じていました。幼少期は、特定の音がなる教材、小学校の中学年頃からは、特定の音楽がなり映像が流れるパソコンの教材というものに関わり合いは限定されてきたのです。それを、私たちは長い間、興味の幅が狭いのだと考えてきましたし、まして、彼女が豊かな言葉の世界を有していたなどと考えたことはなかったのです。これには、彼女が眼前で手を振るというようないわゆる常同行動があったことも彼女の行動を見誤る一つの要素にはなっていました。
しかし、まだはっきり理由がわからないながら、彼女は手を伸ばすということに大変な努力が必要であったのであり、そう考えると、本当に好きな物でなければ手を伸ばすに値しないし、はいーいいえを表現するのに必要な運動も、容易に起こすことはできなかったということだと思います。また、体を支えるだけでも大変で、常同行動は、そのための努力の一環だったということになりそうです。
大きな見誤りをしていたと言わないわけにはいきません。
彼女が、言葉を持っていることがわかったきっかけは、仲間のかんなさんが文字を突然綴ったことでした。仲間の中でもっとも障害が重いと考えられてきたかんなさんが文字を綴るということがあって、ともかくはるなさんにも試してみようということで働きかけた結果、しだいに彼女の言葉の世界が明らかになってきたのです。以下は、はるなさんの言葉です。
 
はるなまましょうた(2004.10.8)
 初めて一緒に手伝って書いた文書です。しょうたくんは、ともだちの名前です。
 
はるななのはな(2004.11.12)
 本人のやるのにまかせてやってできた言葉です。ア段が多いので偶然できた言葉かとも思われたのですが、おかあさんから、「はるな」という名前は、「春の菜」で、「菜の花」のことだとおっしゃったので、びっくりするとともに、本人が意図的に選んだものであることがはっきりしました。
 
うたしたいーととろがいいな。つよいにんげんはちか(2004.12.10)
  いつもやっている歌が聞きたいということでした。「つよいにんげん」というのはよくはるなさんにかけてきた言葉だそうです。
 
せんせいしんねんあけましておめでとう。よろしくおねがいします。はるな(2005.1.14)
新年のあいさつを、してくれました。
 
はるなかんなさんのしをかなしいとおもった。(2005.3.11)
  かんなさんのお通夜で、私は、はるなさんを抱きかかえて、かんなさんの棺のところまではるなさんをつれていきました。その時、もし、よかったら、今度、かんなさんのことについて書いてくれませんかとお願いしていたのですが、それに応えてくれた文章です。
 
はるなままいつもありがとうございます。はるな(2005.5.13)
 母の日に何か書いてくださいとお願いしてできた文章です。
 
はるなあいたかったかもしたせんせいがあいにきたね。ほそいがつよいさ。またあいにこないかなぁ。かもしたせんせいへ(2005.6.17)
市民ホールで開かれたコンサートで、すみれ教室でお世話になった先生にお会いし、声をかけて下さったそうです。そのことを文章にしたものです。
 
はるなは、つらいの。わたしがっこうはたのしめられなくなりましたよ。やめたいけどむずかしいとはおもいます。あまりやらせてもらえてないので、やりたいです。(2005.7.01)
  突然彼女は、学校に対する不満を綴りました。つらい文章でした。
はるなさみしかったとははにいいた(2005.9.9)
  夏休みの一日、お母さんが親戚の用事で帰省されました。母から離れておうちで留守番をしたのは始めてのことだったそうです。この日は、文章を書いている途中で、突然発作が起こって中断してしまいました。
 
ととろがききたかった(2005.11.11)
 
ばれんたいんのちょこであげた。せんせいだーいすきかな(2006.2.10)
  バレンタインデーの日にチョコレートといっしょに書いてくれた文章です。
 
 よきひよきときににゅうがくしきまたむかえることができましたよ。そろってにゅうがくできなかったおともだちがいたのがざんねんでした。のりもののじこでなくなりました。ほんとうにおしいことです。まよわずそのたましいがてんごくにいけますように。(2006.4.14)
 高等部の入学式の日のことです。入学式のことと、同じ日に高等部に入学するはずだったお友達が、電車の事故で亡くなったことを綴りました。偶然私の知っているお子さん(小説『ぼくはうみがみたくなりました』の著者山下久仁明さんの息子さんのことです。)だっただけに、深く胸をうたれました。
 なお、文章が長くなったのは、スイッチの操作法を少し変えたからです。私が畳の上にあぐらをかいて後ろから抱きかかえ、彼女の右手をとって私が行や段を送るスイッチを押します。すると、選択する行や段のところで、彼女は軽い力をくわえてきて、それを知らせてくるのです。それで、長くて正確な文字の入力ができるようになりました
 
 くいちがうことがおおくてなみだいっぱいでましたよ。せんぱいのひとにからかわれておおきなかなしみをかんじました。のはらくんいてくれてたすかりました。みかさんもやさしくてわかってくれてうれしくおもいました。なかまのかなしみをわかってくれるともだちがいてかなしみもやわらぎましたよいことでした。
(のはら君とみかさんって誰の問いに対して)わたしのこころのなかのえんぎしゃです。わたしがつくりました。(私が先生方にはるなさんの動きについて説明していると)からだはうごかなくてもかんがえていています。(2006.5.12)
  学校の先生が見学に来られている前で綴りました。心の中に友達を作って悲しみを和らげているということに深く心をうたれました。
 
 がっこうへあさいくのがたのしくなりました。たのしいのはわかるじゅぎょうになったからです。まえからそんばかりしていました。やめてしまいたいとおもったこともあったけれどもうやめたいとはおもいません。たくさんべんきょうしたくなりました。やすみたくありません。くるしいあさもあったけれどまいあさまちどうしくなりました。ともだちができかけています、おんなともだちすてきですからたいせつにしていきたいです。のこりのがっこうせいかつをよいものにしたいです。(2006.6.9)
  学校で、はるなさんの所属するグループが変わりました。はるなさんの言葉の力が認められたからだと思われます。そのことをめぐる言葉です。
 
 はるないいおんがくをいっぱいおかあさんとききたいようなきがしますもっとたくさんしらないおんがくをえらびたいですほんものがききたいとおもいます。ともだちができてわすれてしまってもよいおんがくはかならずそこにあります。りかいすることができてもうたえないのでざんねんですがもっとききたいです。
(「例えばどんな曲?」という問いに対して) るろうのたみです。
(「歌がないのは?」という問いに対して) きがくもすきです。(2006.7.14)
  音楽をめぐる思いが綴られています。深い思いに驚かされるばかりでした。
 
 ちいさないのちがあつまりねているしずかなよるなのにこなゆきがふりわたしるぼんねくるしみしいられてくのうのひひ。ねんれいをなぞそうそうにろのんげるきいてとまどってねむれないでいた。やさしいかぜがふいてきくものたちにねへーよゆおうじせっけんする。もりのなかにるろうするたみのそうやっていきている。のもよけののろいえのなかにのこっていた。ゆきはよすーやまずねむりのじかんだけがすぎていった。(小さな命が集まり寝ている静かな夜なのに粉雪が降り私ルボンネ苦しみ強いられて苦悩の日々。年齢を謎早々にロノンゲル聞いて戸惑って眠れないでいた。やさしい風が吹いて聞く者たちにネヘーヨユ王子接見する。森の中に流浪する民のそうやって生きている。のもよけの呪い絵の中に残っていた。雪はよすーやまず眠りの時間だけが過ぎていった。)
 がいこくののものがたりがだいすきだからとわたしのためにおかあさんがきかせてくれました。(2006.8.11)
 流浪の民についての前回のやりとりがきっかけだったと思うのですが、はるなさんは、思わず、自分の心の中に広がっている物語世界の風景を表現しました。若干の言葉づかいの乱れがあるのですが、これは、私の援助がまちがっていたのか、それとも別の理由なのかはわかりません。いったん終わりにしたところで、これは、どういう物語なのか教えてほしいと尋ねたところ、返ってきた答えが最後の一行です。お母さんは、実は洋画などが好きでよく一緒に見ていたそうですが、こうしたかたちで表現されることにただただ驚いておられました。
 
 おめでとうございます。あじとせんせいのふくそうはとてもきれいでしたよ。わたしもいつかきてみたいわよ。でもよいひとがあらわれないとむりですのでそのひがくるのをまちつづけてみたいとおもいます。そのひはこなくてもずっとまちつづけていくたとえよもすがらなみだにくれてしまってもわたしはきぼうをうしないたくないぜったいにそんなひがくることをゆめみていこうとおもう。もっとおおくのおんがくをききたいとおもうせかいじゅうのこどもたちのうたごえをきいてみたい。のばらのうたがとくによかった。(2006.9.1)
 1週間前に結婚をかりんくらぶにずっと関わってきた先生の結婚を祝う会を開きました。その日は、パソコンで表現する時間がなかったので、その日に先生にかけたかった言葉と、見せてもらった結婚式の写真をきっかっけにふくらんでいった文章です。1か月前に、はるなさんに「流浪の民」のはいったウィーン少年少女合唱団のCDをプレゼントしたのですが、最後の音楽の話はそれに関わるものです。


 ぎーびーりそーいおろのんによろしく、わたしからそなたをつくってささげますとも。はやくにたりょこうおみたいぞとなきながらうったえているけれど(2006年10月20日)

 

 ぎーびーりそーいおろのんによろしく、わたしからそなたをつくってささげますとも。はやくにたりょこうおみたいぞとなきながらうったえているけれどさにんをよびつけてよのやすまよくほらねればたえてのよこやのけんをへててつこうしひらいてしたやこともけんかしててをたたきこ (20061110)

 9月と10月は、ちょっと体調がすぐれないということもあって、文章を長くうつことができませんでした。10月は11月の続きを改めてワープロに出して、続けたものです。思い描いていた物語は、やはり、欧風の物語でした。

 

 にさんかげつもまえのことのゆえのことでわすれてしまいました。もっとやりたいけどなかなかじかんがなくてしかたがありませんのでれんしゅうをしてらくにうつことこそだいじだいじだとおもいます。せんせいかくしせいくるしいのでかえてくださいくるまいすがいいです。(2006128)

 続きを書きますかと尋ねたところ返ってきた答えから文章は始まっています。なかなかじっくり書けないことをいろいろと考えていることが伝わってきました。くるしいのは、支えている私のことを配慮してのことのようで、次回は車いすでチャレンジしてみることになっています。

はるな
のにさくはなのようにばてないむりをしないでいきていかなければいいこともある
とおくにまいおりたとりのようにみえるきぼうにむかってよんでみよう
ねがいはひとつたとえみちはとおくてもゆめさえなくさなかったらなあとおもう
らくなみちではないけれどへんてこなわたしだってたたかいつずけていきたい
もしなやみがあまりにおおくてまえがみえなくなってしまってもぜったいにあきらめない
のにさくはなのようなけだかさでもっていきていこう
いつまでもへこたれないで
野に咲く花のようにばてない無理をしないで生きていかなければいいこともある
遠くに舞い降りた鳥のように見える希望に向かって呼んでみよう
願いは一つたとえ道は遠くても夢さえなくさなかったらなあと思う
楽な道ではないけれどへんてこな私だって戦い続けていきたい
もし悩みがあまりに多くて前が見えなくなってしまっても絶対にあきらめない
野に咲く花のような気高さでもって生きていこういつまでもへこたれないで(2007年1月12日)

 少し手をくわえて歌にしました。

    野に咲く花のように

野に咲く花のように 私はばてない

無理せず生きていけば いいこともあるはず
遠くに舞い降りた鳥のように見える
希望に向かって呼んでみよう

願いはただ一つ たとえ道は遠くても

夢さえなくさずに いけたらと思う 

目の前に続く道は 楽な道ではないけれど 

へんてこな私だって 戦い続けていきたい

悩みがあまりに多くて 前が見えなくなっても

私は絶対にあきらめない

野に咲く花のような気高さで

生きていこう いつまでも へこたれないで

     ここをクリックしてください。曲が流れます(MIDIファイルなので歌はありません)。

この曲を使ったミュージカル「つばさをひろげて」が、2007年5月19日、町田市民ホールで上演されました。
 すてきないしのことばねたむようとめえくるはああめてうすやへみてをみていった。ねのあめがふってきてもぐらのてゆーむはままにみてほしいのてもろろにくみまいにちるすばんをしてゆびこげるおゆのにおいにれいれにまねているそのせいいっぱいがんばっているすがたにここまでしてくださったことにかんしゃした

 すてきな石の言葉ねたむようとメエクルはアアメテウスやヘミテを見て言った。根の雨がふってきて、もぐらのテユームはママに見てほしいの、手もろろにくみ、毎日留守番をして指焦げるお湯のにおい、ニレイレにまねているそのせいいっぱい頑張っている姿にここまでしてくださったことに感謝した。
                                      (2007年2月16日)
 ちーさすぎるいきばかりしてのもよあすぬしすおおきなゆめばかりみていてわほのかにれれるるねにわらわれていたよ。つぎにやいそむがあかるいかおでいいけむむゆるいわらいごえになってしずけさとめったにわよへーたろうこえをたてずなすすべなくひけえやだすきけこむいしきがでるすきにすっかりいいむかしをおもいだしていた。

 小さすぎる息ばかりしてノモヨアシヌシス大きな夢ばかり見てはほのかにレレルルネに笑われていたよ。次にヤイソムが明るい顔で言い、ケムムゆるい笑い声になって、静けさとめったにはヨヘータロウ声を立てず、なすすすべなく、ヒケエヤダスキケコ無意識が出るすきに、すっかりいい昔を思い出していた。
                                       (2007年3月9日)

 2月と3月の言葉は、はるなさんの物語の世界です。何か、象徴詩のようでもあります。

 けっこんできることもわかりましたもっとたくさんべんきょうしてなやみがなくなるとうれしいめだつのはきらいだけどほめられとうれしいなやみがなくなることはないかもしれどがんばっていきたいとおもう
 結婚できることもわかりました。もっとたくさん勉強して悩みがなくなるとうれしい。目立つのはきらいだけど、ほめられるとうれしい。悩みがなくなることはないかもしれ(ない)けれど、がんばっていきたいと思う。
(2007年4月22日)
 わかばとそよ風のハーモニーの練習にはるなさんをご招待しました。「野に咲く花のように」を作詞した高校生に会ってみたいという声があったことと、はるなさんにも様子を見てもらいたかったからです。そして、その感想をその場で書いてもらいました。「結婚できる」というのは、わかそよで歌う歌には、結婚についての思いを歌にしたものがいくつかあったからだと思います。

 のにさくはなのようにのうたをみんながうたってくれてとてもうれしかったです。すもうのときによくなみだをながすばめんがあるけどむかしからほんとうなのかとおもってきたけどほんとうであることがわかりました。よくできたうたでしたよ。うたいたいくふうができたらのぞんでのぞんでうたいたいとおもいます。
 野に咲く花のようにの歌をみんなが歌ってくれてとてもうれしかったです。すもうの時によく涙を流す場面があるけど、昔から本当なのかと思ってきたけど、本当であることがわかりました。よくできた歌でしたよ。歌いたい、工夫ができたら望んで望んで歌いたいと思います。
(2007年5月11日)
 わかそよの練習に参加していただいたことをめぐっての言葉です。はるなさんの言葉が、たくさんの人に届いた手応えを感じさせる文章だと思います。言葉が社会に届くことの重要性を感じさせられました。なお、すもうは昔からはるなさんが大好きなものだったそうです。


このあいだなかないでいきていかなければとかいたけれどひとりくやしいおもいでいます。がっこうでせんせいがしんじてくれないのではやくそつぎょうべつのしせつでうきうきしたきになりたいとかんがえていますよべんきょうのわかるひともなにもおしえてもらえないけどほんとうはなんでいちばんこのべんきょうするのがたいせつなじきにさぎょうがくしゅうばかりほかのくよくよするたのしくないです。せっかくねがいがかなえられてねらったぐるーぷにはいれたのにざんねんです。      (2007.6.1)

                

(この間、泣かないで生きていかなければと書いたけれど、一人悔しい思いでいます。学校で先生が信じてくれないので、早く卒業、別の施設でうきうきした気になりたいと考えていますよ。勉強のわかる人も何お教えてもらえないけど、本当は何でいちばんこの勉強するのが大切な時期に作業学習ばかり。ほかのくよくする、楽しくないです。せっかく願いが叶えられてねらったぐるーっぷに入れたのに残念です。)

 

くふうがいるせんせいくるしいねているだけではだめなのたのしめることがぜんぜんないともったいないとおもいます。ねているときにわたしはいろいろなことをかんがえていますがなやみがおおくてほんとうにこまっていてなんとかしてめのまえのふこうをのりこえつつほんとうのしあわせをGETしたいとおもう。ろばのようなものみなろうどうをしてがんばっているけどむくわれない。      (2007.7.6)

(工夫がいる。先生苦しい。寝ているだけではだめなの。楽しめることが全然ないともったいないと思います。寝ている時に、私はいろいろなことを考えていますが、悩みが多くて、本当に困っていて、何とかして目の前の不幸を乗り越えつつ、本当の幸せをGETしたいと思う。ろなのようなもの、みな労働してがんばっているけど、報われない。)

後半は、職場実習に関するコメントです。

 

けーおんこりてかえてほかのおんがくをききたい。よいおとがそれよりそれにせかいのいろいろなみんぞくおんがくをききたい。てんしのともだちにきいてみたいきがする。てんしのともだちがはるなにいいおしえをくれます。            (2007.8.3)

(軽音《軽音楽》こりて、ほかの音楽を聴きたい。良い音が、それより、それに世界のいろいろな民族音楽を聴きたい。天使の友だちに聞いてみたい気がする。天使の友だちがはるなにいい教えをくれます。)

 天使の友だちとは、なくなったはるなさんの友だちのことのようです。

 

よいおんがくがきけてよかったです。これだけはききたかったいろいろなくにのおんがくがきけてうれしかったわんすてーじがみれてうれしかったのぞんでいてもなかなかかなうことがないのでよかった

(2007.10.12)

(よい音楽が聞けてよかったです。これだけは聞きたかった いろいろな国の音楽が聞けてうれしかった ワンステージが見れてうれしかった 望んでいてもなかなかかなうことがないのでよかった)
修学旅行の感想を綴ったものです。


わたしのしをこえをだしれんしゅうしてみてもはるなをほんとうにりかいしてもらえるかしんぱいです。くしんしてもつたわるかどうかまったくわかりません。
うたがわれてもいいけどわかってもらえたらうれしい。ほっとしました。そんなにたくさんのひとたちがいるとはしりませんでした。とてもゆうきがわいてきました。のぞみがわいてきました。きぼうがでてきました。みんなわかってないとおもわれていたときがあったけれどりかいしてもらえてしあわせになれとてもよかった。

(2007.11.16))

 東京都の肢体不自由養護のPTAの研修会で、お母さんと私とが話をすることになりました。そこで、はるなさんの歌をみんなで録音しようとはりきっていたところ、前半の言葉を伝えてきました。それに対して、当日の資料を見せて、同じ思いをしている仲間がたくさんいること、みんなそれぞれがんばっているということを伝え、なかなか理解されにくいところもあるけれど、やはり、訴えていかなければいけないのではないかという私の思いを述べました。すると後半の答えが返ってきました。


うまいけどうたいたかったこてんてきでもぜいたくなうたでしたわたしのしがきいてもらえてとてもうれしいうしなったうえをみるきもちをとりもどすことができましたきのうまでのいみのないせいかつとおわかれですなやみはつきなくてもともかくよのなかがかわっていけばいきていけそうですきぼうがでてきましたなやみがつきないけどたたかいつずけていきたいこのときうえをみるきもちもうしなうことのないようにがんばっていきたいのにさいているはなのようにてののさくくさばなはへりうごいていてもできるようにきもちをかえていきたい
(2007.12.14)

(うまいけど歌いたかった 古典的でもぜいたくな歌でした 私の詩が聞いてもらえてとてもうれしい 失った上を見る気持を取り戻すことができました 昨日までの意味のない生活とお別れです 悩みはつきなくてもともかく世の中が変わっていけば生きていけそうです 希望が出てきました 悩みがつきないけど戦い続けていきたい 野に咲いている花のように てのの(?)咲く草花はへり(?)動いていてもできるように気持をかえて生きていきたい

 お母さんと私の研修会での話を受けて、書いたもののようです。最後、ちょっと読み取りに失敗してしまいました。


めがいたいのでねることができていないえきのくすりがきもちわるくてわらうこともできないにねんまえにちょうどにたようなところがさけてけがしたようにれっしょうになったそこがまたわるくなってしまったほとんどやすんでいないのでほんとうにつらくてこまっていますうみがでていますいたいですみえなるのではとしんぱいですめいしゃいきたいしふあんですみぎのめです
                     (2008.1.18)
(目が痛いので寝ることができていない。液の薬が気持ち悪くて笑うこともできない。2年前にちょうど似たようなところが裂けてけがしたように、裂傷になった。そこがまた悪くなってしまった。ほとんど休んでいないので本当につらくて困っています。うみが出ています。痛いです。見えなくなるのではと心配しています。目医者行きたいし不安です。右の目です。)

 今回は、健康の問題について綴っています。

けっこんしきがありちいさいころからしっていた○○○さんがけっこんしてなまえがかわって○○○○になりました。けっこんしきではいろいろなうたがきけました。ふしぎなうたでした。のにさくはなのようにといううたでした。よいうたでしたでもへたでした。もっとじょうずにうたえばよいうただとおもいました。りそうをいえばもっといいかしだったらよかった。ひのあたるようなうたになればいいとおもいました。わたしのかしのほうがいいとおもいました。ほんとうはちゃんとごはんをたべればいいのだけどがっこうではじょうずにたべれない。しりませんでした。(2008.2.29)
(結婚式があり小さい頃から知っていた○○○さんが結婚して名前が変わって○○○○になりました。結婚ではいろいろな歌が聞けました。不思議な歌でした。野に咲く花のようにという歌でした。よい歌でしたでも下手でした。もっと上手に歌えばよい歌だと思いました。理想を言えばもっといい歌詞だったらよかった。日の当たるような歌になればいいと思いました。私の歌詞のほうがいいと思いました。本当はちゃんとごはんを食べればいいのだけど学校では上手に食べれない。知りませんでした。)

 親戚の結婚式に出席したことについての文章です。最後は、おやつをどうして自分がほしがるかということについての説明と、結婚式に関して書いた人の名前がちがっていたことについてよく知らなかったということでした。
     
よくかけてうれしかった。ともへきもちをつたえられてすばらしかった。やさしいほうほうだとおもいました。はるなもやれそうなきがしました。せんせいもやれるようになってください。りかいしてもらえてうれしかった。わかってくれるひとがひとりでもいるとうれしい。えいがのようなきぶんでした。めのまえでへこたれそうなじぶんがよみがえっていくのをかんじました。のぞんでいたことがかないました。れんしゅうしてうまくなりたいとおもいます。やってみます。(2008.3.28)
(よく書けてうれしかった。友へ気持ちを伝えられてすばらしかった。やさしい方法だと思いました。わかってくれる人が一人でもいるとうれしい。映画のような気分でした。目の前でへこたれそうな自分がよみがえっていくのを感じました。望んでいたことがかないました。練習してうまくなりたいと思います。やってみます。)
 
 関わり合いの前にみんなで茶話会をやりました。そのとき、50音表で話している太田純平君のおかあさんが、はるなさんに試してみたところ、さらさらと綴りました。そのことを受けて書いた文章です。50音表の指さしも、一人ではむずかしいので、微妙な介助が必要です。これから、日常生活の中で使えればいいなと思います。
 ほんとうのきもちいいたいけどがんことわらうひとがいてよくおもわれていないのでむずかしいわたしてがうまくつかえないのできもちがないことになってむしされてうれしくないのりかいしてもらいたいおうきくなくてもいいからとかいわれくやしいとおもうめいわくをかけてしまうけどほんとうのきもちをわかってほしいけどめいわくかけてご(ここまで)(2008.4.11)
(本当の気持ち言いたいけど頑固と笑う人がいてよく思われていないのでむずかしい。私手がうまく使えないので気持ちがないことになって無視されてうれしくないの 理解してもらいたい 大きくなくてもいいからとか言われくやしいと思う 迷惑をかえてしまうけど本当の気持ちをわかってほしいけど 迷惑かけをかけてご)
ほかのひとのことはよくわかりませんがわたしはもっとまなびたいとおもっています。りそうはべんきょうがのぞみどおりにできいつもたのしくできてものすごくよくわかるようになることです。りかいしてもらえないのでまるでゆめのようなことですがなかなかかなわないのでよろしくおねがいしますとしかいえません。さすがにうんざりすることもありますがやめることもできないのでかろうじてのぞみをもちつずけていきたいとおもいます。とくべつなことをのぞんでいるわけではないしむりなことをいっているわけでもないのでせんせいたちにもわかってもらいたい。むつかしいことをいっているわけではないのでほんとうにわかってほしい。うちでのせるすずにすてたねこがねがいどおりすいせんこむそうをけらいにしてもっととおくまでのがれせいたかすみれそうのさくくににいきたいとおもったもののにげることができずかなしんでいぜんすばらしいうちだとおもってがまんすることにした。(2008.5.9))
(ほかの人のことはよくわかりませんが私はもっと学びたいと思っています。理想は勉強が望み通りにできいつも楽しくできてものすごくよくわかるようになることです。理解してもらえないのでまるで夢のようなことですがなかなかかなわないのでよろしくお願いしますとしか言えません。さすがにうんざりすることもありますがやめることもできないのでかろうじて望みを持ち続けていきたいと思います。特別なことを望んでいるわけではないので先生たちにもわかってもらいたい。むつかしことを言っているわけではないので本当にわかってほしい。うちでのせる鈴に捨てた猫が願い通水仙虚無僧を家来にしてもっと遠くまで逃れ背高すみれ草の咲く国へ行きたいと思ったものの逃げることができず悲しんで依然すばらしいうちだと思って我慢することにした。)
 前半は、学びたいという切実な思いを綴りました。高校3年生になった彼女に、学校教育としての時間はもうあまり残っていません。私の声は、残念ながら、ほとんど社会に届けることができていません。文字を綴る力や学ぶ力をみんなが持っていることを客観的に説明し、現在の常識をたださない限り、学校などを動かすことはむずかしいようです。もちろんそういう説明をきちんとするが私の社会的役割でもあるので、いちばん怠けているのは私なのかもしれません。様々なハンディをもち、懸命に生きている少女のこの思いがかなえられないでいるという現実は、あまりにも残酷なことに思えてなりません。
 後半は、不思議な想像の世界ですが、やはり、ここには現在の彼女のことが色濃く投影されていると思います。「すいせんこむそう」「せいたかすみれそう」など、とても不思議なイメージの世界です。言葉のひびきもとてもきれいな気がします。

すいせんこむそうのいみはつらいことがあるとしおれてしまうはなのようなこむそうです。つまづいてしまうとおきあがることができなくなってしまうほどひとりぼっちでちいさなともだちです。こどものころからいっしょでした。すいせんこむそうはとてもせがひくくてとてもやさしいさむらいです。このまえそばでともだちのわたしをげんきづけてくれました。せいたかすみれそうはとてもいいにおいのはなでせがたかくていつもいのりをそらにむかってこいこがれながらさいています。いつもせいたかすみれそうはねがいをもちながらねがいがかなうことをゆめみています。えにしてくれるひとがいればうれしいです。ねがいがかなうとほんとうにうれしいです。(2008.6.13)
(水仙虚無僧の意味はつらいことがあるとしおれてしまう花のような虚無僧です。つまづいてしまうと起き上がることができなくなってしまうほど一人ぼっちで小さな友だちです。子どもの頃から一緒でした。水仙虚無僧はとても背が低くてとてもやさし侍です。この前そばで友だちの私を元気づけてくれました。背高すみれ草はとてもいい匂いの花で背が高くていつも祈り空に向かって恋いこがれながら咲いています。いつも背高すみれ草は願いを持ちながら願いが叶うことを夢見ています。絵にしてくれる人がいればうれしいです。願いが叶うと本当にうれしいです。)
 先月書いた、不思議なイメージについて説明をしてくれました。なかなかコミュニケーションをとることがむずかしいはるなさんは、心の中に豊かなイメージの世界を作り上げ、その中で生きてきたのですね。

あめがなかなかふらなくてののはながかれてしまいました。かなしみのなかでねこのかこがいいました。すてきなくににいきたいなとよろこびののをながめてきぼうにかんどうしてねがいをてにしていいました。こんなくにではどうしようもない。いぬとさるがすすんでねられるようなくにはどこだろうめざしたばしょはけいいのはらわれたようなげんしゅくなせいちでともにけんりをくれうらやむこともないめずらしいばしょです。すこしくらいよみたいけどじかんがもったいないです。のほうずによんでみてもめがわるいのでしかたありません。ふしぎてをつかうことができるのえいえんにすることはないとおもってきたからこのねがいをかなえられてにんげんなんだとかんじました
                         (2008.7.11)

えすがたとみまちがうほどすてきでかれんなそのもようをよくみてほしいけど もようをなんかいもかきかえてしまってとてもこまってしまい じぶんがさがしていたすてきなねがいがかなえられ ねがいどおりのほんとうのすがたになることができました とてもよくなったのでねがったことをわすれてしまうほどでした ほんとうのものをみつけることができたので のぞみがかなえられました でもりそうはまだまだたかくかかげていきたいとおもいます ほんとうのじぶんにであえるまでけっしてあきらめずにいきたい 

せっかくのきかいだからふしぎなことばをかいてみました どうでしたか

このあいだのせんせいはどうしてあのやりかたをはっけんしたのですか とてもよいやりかただとおもいました いつかかけるようになりたいです
                        (2008年9月12日)

このあいだがっこうに つくりもののきれいなしょどうのよいさくひんがはってありました しょどうのさくひんにはなにかかいてありましたがていねいすぎてわかりませんでした うちにかえってしらべてもらったら くびからしたがうごかないひとのさくひんでした とてもきれいなえもかかれていて すごくよいものでした はい なまえはわかりませんが すばらしかったです しのないようはしらないのですがおぼえたいです おしえてください りかいできたらうれしいこんどみせてください ふしぎなしですね しはとてもよいものです それによいきもちにさせてくれます しらないせかいやしらないひとにあわせてくれます すばらしいのはとくによんでみたいです ねがいはもうすこししのべんきょうができるようになることです べんきょうをしてほんとうのよろこびをつかみたいとおもいます ほんとうのよろこびをつくれたらうれしい おしまいです
(2008年11月13日)

みおちゃんのかんがえていることはいいきぼうのわいてくることですね
しばたせんせいはどうおもいますか
しのすきなわたしにはまねができませんがとてもきもちがよくわかります
ちいさいよろこびがこみあげてきます
すてきなことぱでした
ひとみちゃんもすばらしいしでした
すなおなきもちがよくひょうげんされていました
しをつくれるひとみちゃんのほうがわたしはにているとおもいます
しをつくつているときもちがおちつきます
きもちがしずまります
しをつくっていたのはにんたいしてきもちがしずんでいていきるのがつらくなるときです
つらいときにげだしたくなるとしをつくってきもちをしずめたいとおもうのです
ふしぎです きもちがそのままことばになっていきます
にんたいのいみについてかんがえたことがあります
すぎたことをくよくよおもいだすのはかなしいですがつよくいきていくためにはひつようなことです
すぎたことでもそのことをちゃんとちからをいれてきぼうをわすれずにがんばりたいとおもいます
ひとみさんにもつたえてください
ちからいっぱいいきていこうと
しをきいてください

ひかりといのちのこうさくが そよぎ とびかう
しょうじょは なにかをまっている
しらないせかいのねがいが かなえられ
すべてが ちいさなさいわいに やがてかわっていくことを
そして きのうのなやみが とおざかっていく
のぞみどおりでは ないとしても
たくさん のべにさく ののはなは ときをしり
ときにあわせて ねがいをそらに いのっている
きぼうのかぜが やさしくふき
ふしぎなさけびが きこえて
みたこともないような まっしろなはなが
きぼうのよかんをつたえてきた
                                              (2008年12月12日)

きたかぜとわたしというしをつくりましたきいてください

ちいさなわたしにきたかぜがふく
にんたいしてきたわたしにとってきたかぜは
しんじつをつたえるかぜです
ちいさいわたしをつつみこみ
ちいさいわたしはちいさくわらう
みみをすますときこえるのは
みみまのきこえないひとのねがいだ
ちいさいわたしはいちずに
きのうのさわることのできないゆめをおいもとめる
ちいさいわたしはねがいをねがったにんげんや
ねがいをわすれたにんげんたちに
にんたいのすばらしさをしずかにつたえる
ちいさいわたしはしずかにきたかぜのこえをききながら
ひとりにんたいをつずける
きたかぜはゆきとともにやってきて
ゆきのちいさなつぶでにんげんとちいさいわたしを
ひっそりしろいねがいにかえる
ちいさいわたしは
ちいさいころのちいさなねがいをしずかにしのびながら
しろいみみをつけたしろいきたのくにのしかに
ひとりねがいをたくす
ひっそりとしずまりかえったゆきときたかぜのなかで
いいちいさいわたしはしろいゆきとともに
きぼうのきたかぜのおとをきいている
いいちいさいわたしは
ねがいのみちあふれたくうきのなかで
しろいゆきをみつめながら
にびいろのそらからおちてくるひとひらのゆきをみている
りんとしたくうきのなかで
ちいさいわたしはゆめとねがいにみたされて
にんげんのしあわせをもとめる
ちいさいわたしはしずかににんげんのひとりとして
しずかにゆめをみている
ひとりのわたしはねがいをねがいながら
ちいさなゆめをつむぐ
                          (2009年1月16日)


(元気君が歌を歌詞だけでなくメロディを作っているところを見て)
げんきくんすごいね じぶんできょくをつくっているなんて すばらしいですね かんどうしました ひいでたさいのうですね 
わたしもつくっていますがなかなかいいうたができません じぶんにはさいのうがないのかもしれません 
ねがってきましたじぶんでなんでもきめられるようになることを しかしなかなかねがいどおりにはいきません 
ねがいはゆめかもしれませんがちいきでいきていきていくことです 
なぜりかいしてもらえないのでしょうか 
ちいきでいきていくのはちいさいときからのゆめでしたから さいごまでがんばりたいとおもいます 
じぶんのきもちをいいたいけれど ちいさいときからふつうのこどもとしていきてこられなかったので くやしいです よくゆめをすてずにこれたものだとおもいます ちいさいときからとばずじまいだったので はやくなにかでひやくしたいです 
りそうはさっかとしてひょうげんのほうほうがあったらいいとおもうのですがなかなかうまくいきそうにありません
(ここで、5月のわかばとそよ風のハーモニーコンサートのお誘いと、その中の歌を一曲紹介した。)
しがとてもむねにしみました りそうはひとりでいきていくことですが ひとりではむずかしそうなので なかまといっしょにいきていきたいとおもいます ちいさいときからのねがいでしたねがいをかなえたいとおもいます 
じぶんにゆめがあるかぎり むかっていきていきたいとおもいます 
ゆめにむかって
                       
   (2009年3月13日)