明治36年(1903)の「山形県所得税一覧資料」のうち、庄内地方居住者で上位五名は本間光彌、風間幸右衛門、秋野光江、本間光次、佐藤善兵衛。とりわけ、本間氏の財力は豊かで、「本間様には及びもせぬが、せめてなりたや殿様に。」と謳われるほどの栄華を誇ったとされている。五名のうち、加茂(→「加茂」参照)居住者は秋野氏のみ。加茂居住者に限って先の資料を確認すると、秋野光江、尾形六郎兵衛の二名が記載されている。