靖国の絵巻

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『靖国の絵巻』概要

 『靖国之絵巻』は、靖国神社の大祭記念として編集されたもので、現在のところ昭和14年から19年まで、おもに春・秋の大祭ごとに各一冊が出されていることが確認されている。編集は「陸軍省・海軍省」とされているが、昭和14年に刊行されたものの奥付には「陸軍省情報部、海軍省軍事普及部」とあることから、陸海軍省のこれらの部局が同書の編集に関わったと考えられる。また、発行所の陸軍美術協会は、日中戦争後に結成された大日本陸軍従軍画家協会を発展的に解消し、昭和14年に結成された組織であり、主に従軍画家などにより戦争を記録する「作戦記録画」の制作推進や、陸軍美術展、聖戦美術展、国民総力戦美術展などを開催している。いわば、「彩管報国」という言葉に示されるような、美術界、ことに絵画界の総力戦下における動員に密接に関わった組織である。それゆえ『靖国之絵巻』には、当時、作戦記録画の制作に関わった多くの画家たちの作品が収録されており、そのなかには佐藤敬、中村研一、宮本三郎、向井潤吉、藤田嗣治などの洋画家はもとより、横山大観、鏑木清方、川合玉堂などの日本画家など、日本の絵画界の大家が多数含まれている。
 本作品は『靖国神社』の春秋の例大祭記念として刊行されたことから、同神社祭神である英霊の慰霊・顕彰と密接に関連していると考えられる。しかし、作品の傾向としては、戦没英霊を慰めるというよりも、彼らによる戦果を示すことによって、そのいさおしの顕彰に力点が置かれていたものと考えられる。それゆえに掲載作品も主に各年度における日本陸海軍の戦闘や戦果に題材を得たものが中心となるが、昭和18年以降は玉砕の悲壮さや、内地や外地における工業生産、民間防空なども題材にとられるなど、次第にプロパガンダ的な色彩も加えられていっている。また、作品の傾向としては、当初は飯塚玲児や岩田専太郎などによる、挿絵タッチの作品による各戦闘の紹介というスタイルであったものの、年を追うごとに作戦記録画としての美術作品が増加している。
 『靖国之絵巻』は、戦時体制下の靖国神社例大祭において刊行されたものとして、戦没者の慰霊・顕彰と密接な関係をもつものである。編集や配布の方法や靖国神社との具体的な関係、発行所である陸軍美術協会の組織的な実態など、まだ不明な点は多いが、総力戦体制と美術の問題、さらには戦没者に対する慰霊と顕彰の問題を考える上で、本書は資料的にも重要といえよう。


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◇主な参考文献(画家経歴項目)

・河北倫明監修 1989『近代日本美術事典』講談社
・日展史編纂委員会企画・編集 1990『日展史資料 文展・帝展・新文展・日展全出品目録 明治40年〜昭和32年』日展
・日展史編纂委員会企画・編集 1990『日展史資料 文展・帝展・新文展・日展出品歴索引 明治40年〜昭和32年』日展
・恵光院白編 1991『美術家索引 日本東洋編』日外アソシエーツ
・司修 1992『戦争と美術』岩波新書
・小泉晋弥 「美術界のタブー”戦争画”の真実」『芸術新潮』第45巻第3号 通号531号 1994年3月号 新潮社
・『芸術新潮』第46巻第8号 通号548号 1995年8月号 新潮社(戦後50年記念大特集 カンヴァスが証す画家たちの「戦争」)
・岩瀬行雄・油井一人編 1997『20世紀物故洋画家事典』美術年鑑社
・油井一人編 1998『20世紀物故日本画家事典』美術年鑑社
・増子保志 2006「GHQと153点の戦争記録画―戦争と美術」『日本大学大学院総合社会情報研究科紀要』7
・増子保志 2006「”彩管報国”と戦争記録画―戦争と美術(2)」『日本大学大学院総合社会情報研究科紀要』7
・増子保志 2006「彩管報国と戦争美術展覧会―戦争と美術(3)」『日本大学大学院総合社会情報研究科紀要』7
・東京文化財研究所編 2006『昭和期美術展覧会出品目録 戦前篇』中央公論美術出版
・針生一郎ほか編 2007『戦争と美術 1937-1945』国書刊行会



ウェブサイト作成作業および画家等経歴調査執筆作業は文学研究科神道学・宗教学専攻(宗教学)武田智彦が担当した。
「慰霊と追悼」 國學院大學 研究開発推進機構 研究開発推進センター