国学院大学法学部横山実ゼミ


就 職 協 定 の 復 活 を!


横 山 実

(この随筆は、『42年白門会報』10号に掲載されたものです。)

数年前に、企業は、大学新卒者の青田刈り競争の激化によって、実質的に就職協定が守られていないということで、その協定を破棄してしまった。その結果、大学生は、今では3年生の秋から、就職の準備に入ることになってしまった。企業はえり好みをしていて、一部の優秀な学生を除くと、なかなか内定を出さないので、学生の多くは、長期間にわたって、消耗的な求職活動を行っている。幸いにして、早く就職先を決めた学生も、その消耗的な活動に疲れ果てたためか、また、大学に来るという習慣を無くしてしまったためか、授業にはまじめに出席していない。本来、大学生活の4年目は、専門科目の習熟をすべき時であるが、ほとんどすべての学生がそれをしないで卒業していく。これは、社会全体から見ても、大きな損失であろう。

この数年は、経済不況のために、多くの企業が求人数を抑えている。バブル経済の時代に比べれば、各企業は、優秀な人材を容易に採用できるようになっている。このように、今では青田刈りの必要性が低下しているのだから、就職協定を復活させ、少なくとも夏休み前は、大学4年生に落ち着いて勉学させるようにすべきではないだろうか。就職協定の破棄によって、大学教育がいかに弱体化したかを、私のゼミ活動を例にとって、述べておきたい。

私が國學院大學法学部に就職してから、ちょうど20年が経つ。私は、春休みには、ゼミを履修する予定の新3年生と、一年間ゼミで勉学してきた新4年生と共に、3泊4日の合宿をしている。その合宿の主な目的は、施設見学と討論の訓練である。海外でも合宿したことがあり、グアムでは警察本部、韓国では少年院、台湾では警察刑事局、刑務所および少年院を見学してきている。国内の場合でも、合宿先は関東以遠を選び、各地の施設を見学することにしている。2000年の春には沖縄で二つの少年院、2001年の春には兵庫県と大阪府の三つの少年院を参観している。これらの参観によって、学生は、刑事政策の現場を目撃し、実務家から話を聞くことにより、大学の授業で知り得ない貴重な情報を得ている。

私のゼミでは、毎回、指定された資料や本を読んでくることを、すべての学生に義務付けている。そこで、彼らは、ゼミの授業が行われるコンピュータ教室に入ると、まず問題点や意見をパブリック・フォルダに打ち込む。司会の学生は、それを点検し、論点を絞り、皆にその論点について討論させる。

ゼミでそのような形態の授業をする準備として、春合宿では、私がコミュニケーション論について講義し、また、新聞記事を活用して討論の訓練をする。その訓練で意見を交換することにより、また一緒に観光したり、飲んだり、語ったりして、お互いに顔も知らない新3年生は、親しくなっていく。春合宿で既に顔見知りになるので、4月から授業が開始されると、すぐに円滑に討論が出来るのである。

夏にも、施設参観を兼ねて、ゼミ合宿を行っている。以前は、就職活動の解禁日が8月1日だったので、夏休みに入った直後の7月末に、合宿を行っていた。その時代の4年生は、夏休み前には、授業に出て積極的に討論に参加していたし、ゼミ論文執筆の準備も行っていた。夏合宿では、彼らは、ゼミ論文執筆の中間報告をして、私や仲間からコメントをもらって、それを参考にして、よりよい論文を書くように努力を重ねたのである。

私は、今でも、この二つの合宿を軸として、ゼミ生への教育活動を行っている。しかし、就職協定が破棄されてから、私のこの教育活動は、著しく阻害されるようになってしまった。

1980年代の後半のバブル時代になると、就職協定がほとんど無視されるようになった。大学では、2月上旬に期末試験が終わると、新4年生を対象として就職説明会を開き、彼らに求職の準備に入るよう勧めることになった。新4年生は、4月に新学期が始まるとすぐに、裏のルートを使って、企業の人事課の人と接触して、就職のための面接を受けるようになっていった。そのために、彼らは、求職活動に浮き足立って、新学年の初めから大学に来なくなってしまった。当然、ゼミの授業にも欠席する。また、ゼミ論文執筆のために資料を集め、それを読むという余裕もなくしてしまった。運良く就職が早く決まった4年生でも、夏合宿に参加して、ゼミ論文執筆について中間報告することが出来なくなってしまった。それでも、この時代には、新4年生は、春合宿に参加できたのである。

その後、就職協定が公式に廃棄されると、春休み中の3月は、企業の就職説明会の最盛期となってしまった。そのため、新4年生は、公務員や教員になることを志望している一部の者を除いて、春合宿に参加できなくなってしまった。例年、春合宿は、新4年生が世話役を務めることになっている。しかし、ゼミ長や会計係といった世話役さえも、求職活動のために、合宿の計画を立てながら、それに参加できないという異常事態になったのである。

今年のゼミ長は、警察官志望なので、彼のイニシアチブで、春休みには、韓国に行くことを予定している。韓国では、姉妹校の京畿大学校を訪れ、そこの大学生と交流を深めるつもりである。また、コンピュータ教育を大胆に取り入れたといわれるソウル少年院を、再び訪れたいと思っている。一人でも多くの新4年生が、このように内容の充実が見込まれる春合宿に参加して欲しいと思う。

大学4年生に教育を保障するために、就職協定を復活して、20年前のように、少なくとも夏休みまでは求人活動を自粛して欲しい。

朝霧海岸のマーメイド号(Boat at Asagiri Beach)

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