国学院大学法学部横山実ゼミ


少年法改正の諮問事項についての意見(1)

(これは、2004年10月9日に開かれた少年法研究会で配布した資料です。)

 法制審議会は、2004年9月8日に少年法改正に関する諮問第72号を受け取って、少年法改正の議論を始めております。そこで、横山は、少年法研究会で、諮問事項について、見解を報告しました。その際に配布した資料を、皆様に公開します。なお、ゴチックで書かれた部分は、諮問の内容です。

参考までに、少年法第3条第1項の条文を以下に示しておきます。

第3条@ 次に掲げる少年は、これを家庭裁判所の審判に付する。

 一 罪を犯した少年(犯罪少年

 二 十四歳に満たないで刑罰法令に触れる行為をした少年(触法少年

 三 次に掲げる事由(虞犯事由)があって、その性格又は環境に照らして、将来、罪を犯し、又は刑罰法令に触れる行為をする虞(虞犯性)のある少年(虞犯少年

      イ 保護者の正当な監督に服しない性癖のあること
      ロ 正当の理由がなく家庭に寄り附かないこと
      ハ 犯罪性のある人若しくは不道徳な人と交際し、又はいかがわしい場所に出入すること
      ニ 自己又は他人の徳性を害する行為をする性癖のあること

諮問第七十二号

 少年非行が深刻な状況にあり、触法少年による凶悪事件が相次いで発生するなどしている現状に適切に対処するためには、少年法等を早期に整備する必要があると思われるので、別紙要綱(骨子)について御意見を承りたい。

横山の問題提起

 諮問の前提には、「少年非行が深刻な状況にあり、触法少年による凶悪事件が相次いで発生するなどしている現状」認識がある。この現状認識は、正確なのであろうか。それを検討するために、警察白書のデータを以下に示しておきたい。

触法少年の刑法犯補導人員(特別法犯や虞犯の補導人員は除外されている)の推移

総数 15年(21,539) 14年(20,477) 13年(20,067) 12年(20,477) 11年(22,503) 10年(26,905)

凶悪犯総数 15年(212) 14年(144) 13年(165) 12年(174) 11年(173) 10年(182)

 殺人 15年(3) 14年(3) 13年(10) 12年(0) 11年(1) 10年(2)

 強盗 15年(29) 14年(25) 13年(25) 12年(30) 11年(33) 10年(28)

 放火 15年(166) 14年(102) 13年(125) 12年(129) 11年(127) 10年(147)

 強姦 15年(14) 14年(14) 13年(5) 12年(15) 11年(12) 10年(5)

 このデータから、次のようなことが読みとれるであろう。

触法少年の刑法犯補導人員は、平成10年以降、かならずしも増加していない。

触法少年の多くは、窃盗で補導されている(平成15年には67.7%であり、年長少年のこの割合は、44.4%である。つまり、触法少年の多くは、万引きなど些細な窃盗を犯しているのであり、年長少年に比べて、凶悪・粗暴な触法行為をより多く行っているわけでない)。

警察は、「凶悪犯」という範疇を利用して、触法少年の凶悪犯が増大したというイメージを作り上げている。しかし、触法少年の「凶悪犯」の動向は、放火犯の動向に大きく左右されている(平成15年では、その占める割合は、78.3%である)。ところで、触法少年の放火は、恨みやいたずらによるもの、あるいは、知的障害の子どもによるものが多く、必ずしも非行傾向が深化した「凶悪犯罪人」によって行われるものでない。なお、年長少年では、平成15年の「凶悪犯」790人の内で、放火で検挙されたのは24人、3.0%に過ぎないことに注意していただきたい。

 以上の分析からは、最近、確かに14歳未満の子どもによる特異な殺人事件が、マスメディアによって大きく報道されてはいるけれども、「触法少年による凶悪事件が相次いで発生するなどしている現状」という認識は、誤りであるといえる。

別紙

     要綱(骨子)

第一 触法少年及びぐ犯少年に係る事件の調査

 一  警察官は、少年法第三条第一項第二号(触法)又は第三号(虞犯)に掲げる少年を発見した場合において、必要があるときは、事件について調査することができるものとすること

横山のコメント

 触法少年のケース(少年法第三条第一項第二号に該当するケース)について、警察官に調査する権限を与えることは、必要か。

 従来は、触法少年の事件は、福祉の問題として捉えられており、警察は、触法少年を補導したら直ぐに児童相談所に事件を通告することになっており、捜査や調査の権限を持っていなかった。つまり、児童福祉の面からの考慮を優先して、触法行為をした子どもでも、その心情を傷つけるような捜査や調査をすべきでなく、児童相談所の処置に任せるとしていたのである。

 しかし、最近報道された重大な事件では、児童相談所がそれらのケースに適切に対処できなくなっていることが明らかになった。例えば、1年前に男の子を性的にいたずらしてビルの屋上から突き落とした長崎のX少年の事件では、警察から通告を受けた児童相談所は、X少年を一晩、一時保護の名の下で警察署に留め置いてもらい、翌日に、何らの調査もせずに、その事件を家庭裁判所に送致している。その事件を受理した家庭裁判所は、観護措置で少年鑑別所にその少年を収容していたのである。

 他方、保守的な雰囲気の中で、重大事件については、それを行った少年の責任を問う声が高まっており、責任を問う前提として、非行事実を究明することが強く求められるようになっている。また、少年の矯正・保護の理念を尊重する立場からも、少年に非行事実を認識させることが、矯正の働きかけ、特に贖罪意識を持たせることの前提だという意見が出ている。そのような基盤の中で、触法少年のケースでも、警察官に非行事実の認定のために、調査権を与えるべきだという見解が出てきているのである。

 警察官への調査権付与の必要性が叫ばれるようになったのは、X少年事件が契機になっていると思われる。X少年は、児童の性的ないたずらを繰り返していた疑いがあり、警察は、それを究明することを望んだが、現行の法の枠内ではできなかった。そこで、少年法改正による、警察官への調査権付与を求めるに至ったと思われる。

* * * * *

 虞犯少年のケース(少年法第三条第一項第三号に該当するケース)について、警察官に調査する権限を与えることは、必要か。

 虞犯少年のケースについて、警察官に調査権限を与えることは、人々が意識していなかったことである。調査権を与えることが必要な事例は、社会問題として、取り上げられていなかったからである。それにもかかわらず、突然、諮問事項に取り上げられたのは、なぜであろうか。

 虞犯のケースでは、警察は、虞犯事由と虞犯性を確定することが求められている。虞犯事由は、警察が補導した段階で、把握することが一応可能であると思われる。それなのに、補導後の調査によって虞犯事由を把握しようとするのは、補導後に長期にわたって対象少年を拘禁ないしは警察の監視下に置くことになりかねない。しかも、虞犯事由の調査の名の下に、過去の行為の告白を少年に迫り、それに基づいて過去の犯罪行為を厳しく摘発するということになりかねない。

 虞犯のケースで大切なのは、虞犯性の判断であり、これは、行動科学の素養が乏しい警察官の調査によって、適切にできるものではない。現行制度では、警察官が虞犯事由を認定して、従来扱ってきた類似のケースから判断して高い虞犯性を推定できる場合に、家庭裁判所に送致している。その送致を受けて、家庭裁判所の調査官は、少年と面接し、集めた資料に基づいて、虞犯性の判断の報告を家庭裁判所の裁判官に提出している(身柄事件の場合には、少年鑑別所の技官も行う)。その結果、経験に基づく警察の判断と、行動科学の専門家の判断が食い違い、裁判官が虞犯性なしの認定をして、「非行事実なし」の不処分決定をすることがある。警察は、この処分を警察実務の黒星と思い、それをなくすために、調査権の付与を求めているのかもしれない。しかし、警察で行動科学の立場から虞犯性の認定を厳格にするためには、行動科学の専門家を多数雇う必要がある。そのための人件費増は、認められないであろう。また、虞犯性は、少年司法システムの流れの中で、変わりうるものである。警察の段階で、高い虞犯性が認められても、その後の措置で、たとえば、少年鑑別所で意図的行動観察を受けて、虞犯性を低めることができ、そのために、裁判官が虞犯性なしと認定することがあり得るのである。

 以上の理由により、横山は、虞犯少年のケース(少年法第三条第一項第三号に該当するケース)について、警察官に調査する権限を与えることに反対である。

* * * * *

 触法少年のケースで、警察官に調査をする権限を与えることが必要ならば、どのような条件で権限を与えるべきであろうか。

 要綱では、「必要があるときは、事件について調査することができる」としている。調査の「必要性」を、誰が判断するのか。警察官にこのような大きな裁量を与えるならば、調査の名の下で、触法少年や虞犯少年への過度の介入が行われるのではないだろうか。触法少年の場合、世論が非行事実の解明を求めているのは、特異の凶悪事件に限られている。それゆえに、「故意の行為により被害者を死亡させた」(少年法20条第2項と同じ様なレベルを考える)ケースについてだけ、警察官に調査権を付与すると絞りをかけるべきである。

 警察官への調査権付与をこのような特異な凶悪事件に限定すると、原則は、現行制度の通り、児童相談所や家庭裁判所が調査を担うべきということになる。そのように考えると、須納瀬学が指摘するように、「強化すべきは児童相談所の調査能力で、すでに強制調査権を持つ家裁もその役割を果たせば対応できる」ということになろう(朝日新聞2004年9月11日)。

 二  警察官は、少年法第三条第一項第三号に掲げる少年(虞犯少年)に係る事件については、一定の警察職員に調査をさせることができるものとすること。

横山のコメント

 この規定が少年のためになるには、一定の警察職員が「行動科学の専門家である」という前提を必要とする。調査の名前の下で、警察職員(たとえば、少年補導センターや少年サポートセンターの相談員)が、継続的にケースの処遇を担当して、その結果、再非行が見られたら、犯罪少年、触法少年あるいは虞犯少年として送致するという方策として使われる可能性がある。このような使い方をすると、継続補導の対象は、実質的に現在の不良行為の範囲を超えて、拡大されることになる。家庭裁判所の審判による処分の前に、このような処遇を施すことには、警察による過度の介入を招く恐れがあろう。警察が、不良行為少年や、軽微な法違反行為をおかした要保護性の低い少年(現在は、簡易送致で家庭裁判所に送致された少年のほとんどが、不開始処分を受け、教育的・保護的措置をとられていない)の処遇制度を設けたいならば、処遇の対象者や方法などについて、対象少年の人権に配慮してきちんと法制化すべきである。

 三  警察官は、調査について、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができるものとすること。

 四  警察官は、調査について必要があるときは、少年又は少年以外の者を呼び出し、質問することができるものとすること。

横山のコメント

 警察官に質問する権限を与える場合に、誰が質問するかが問題となる。刑事事件担当の警察官が、質問すれば、少年から自白を引き出すための厳しい尋問になりかねない。その際は、大人のケースと同じく、尋問した警察官が描いた筋書き通りに、少年が自白させられる恐れがある。その恐れを裏付ける例は、新宿で男子を突き落としたY少女(中学2年生)の場合に見られる。朝日新聞の2004年9月28日の記事によれば、Y少女は、警察段階での「自白」を撤回して、家庭裁判所では、「男児が『遠くを見たい』と言ったので階段の踊り場の手すりにのせた。手を離し、目を離した時に男児が落ちた」と言い分を述べている。そして、説明を変えた理由について「(少女を事情聴取した)警察官が厳しかったから」と述べている。この記事からは、触法少年のケースでも、刑事事件担当の警察官が、非行事実を究明するという名の下に、厳しく尋問していることが推測される。

 このような弊害を避けるためには、アメリカで行われているように、「警察官が質問をする際には、必ず保護者か付添人の弁護士が同席する」と規定すべきであろう。凶悪事件を起こした触法少年に限って警察官に調査権を認めならば、必要的付添人制度を設けて、必ず付添人の弁護士が同席するようにすべきである。

 五1  警察官は、少年法第三条第一項第二号(触法少年)に掲げる少年に係る事件の調査について必要があるときは、押収、捜索、検証又は鑑定の嘱託をすることができるものとすること。

  2  刑事訴訟法中、司法警察職員の行う押収、捜索、検証及び鑑定の嘱託に関する規定は、1の場合に、これを準用するものとすること。

横山のコメント

 調査のための強制的措置としては、鑑定留置(cf.刑事訴訟法第167条)が一番問題になるであろう。Y少女の事例では、家庭裁判所が付添人の弁護士が要求した鑑定留置を認めて(少年法第14条第2項)、精神鑑定が行われた。その際、留置された病院であまりにもひどい状況で、鑑定が行われた。そこで、弁護士は、「病院で閉鎖病棟にある四畳半程度の保護室に入れられており、心身に悪影響が出る恐れがある」と主張し、家庭裁判所に準抗告して、鑑定のための留置場所を病院から少年鑑別所に移すように求めている(日本経済新聞2004年8月12日の記事)。

 このような事例から判断すると、もし警察に鑑定の嘱託をする権限を与えたならば、警察にとって都合のよい精神鑑定の結果を出してもらうために、留置場所として、いつも利用している病院を使かうことになろう。そうなると、触法少年の心身に悪影響を与える鑑定留置が行われることになりかねない。そこで、横山は、警察に精神鑑定を嘱託する権限を与えることに反対である。

 もし、精神鑑定の必要があるならば、それは、家庭裁判所で事件受理した後に、裁判所の責任において行うべきであろう。その際には、留置場所については特別の配慮をして、少年の心身に悪影響を及ぼさない場所を指定すべきであろう。なお、付添人の弁護士は、大人被告人の刑事弁護と同じ様な姿勢で、安易に鑑定留置を求めるべきではない。なぜならば、鑑定という名の下でも、人間関係から切り離して長期間留置することは、発達途上の子どもに大きな悪影響が生ずるからである。

 六1  警察官は、調査の結果、次のいずれかに該当するときは、調査に係る書類とともに事件を児童相談所長に送致しなければならないものとすること。

   イ  五1の事件(触法少年の事件)について、少年の行為が少年法第二十二条の二第一項に掲げる罪に係る刑罰法令に触れるものである疑いがあると思料するとき。

   ロ  少年法第三条第一項第二号に掲げる少年(触法少年)及び同項第三号に掲げる少年(虞犯少年)で十四歳に満たない者に係る事件について、都道府県知事又は児童相談所長が児童福祉法第二十七条第一項第四号の措置(家庭裁判所送致)を採るべきものと思料するとき。

  2  警察官は、1の送致に係る少年について児童福祉法第二十七条第一項第四号の措置(家庭裁判所送致)が採られた場合において、証拠物があるときは、直接これを家庭裁判所に送付しなければならないものとすること。

 七  都道府県知事又は児童相談所長は、六1イの送致に係る少年については、児童福祉法第二十七条第一項第四号の措置(家庭裁判所送致)を採らなければならないものとすること。ただし、調査の結果、その必要がないと認められるときは、この限りでないものとすること。

横山のコメント

 横山の提案によれば、必要的送致は、少年法第二十二条の二第一項一の「故意の行為により被害者を死亡させた」ケースだけとなる。二の「前号に掲げるもののほか、死刑又は無期懲役若しくは短期2年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪」の場合には、警察官に調査権を付与しないのであるから、このように規定する必要がなくなる。

 現行法では、触法少年のケースは、まず、児童相談所に送り、そこで調査をしてから、「その行動の自由を制限し、又はその自由を奪うような強制的措置を必要とするときは」、原則として家庭裁判所に送致することになっている(少年法6条第2項)。しかし、X少年の時、長崎の児童相談所は、少年を警察署に一時保護の形で一晩留め置き、翌日には、十分な調査もせずに、家庭裁判所に送致している。このことは、児童相談所が、調査の意欲やその能力を欠いていることを物語っている(児童相談所には、児童福祉司が置かれているが、彼らの専門性は高くないのである)。そこで、警察に調査権限を認める「故意の行為により被害者を死亡させた」ケースを、児童相談所に送致するのは、時間的に無駄なだけである。このようなケースは、「警察官に直接家庭裁判所に送致させる」ように手続を変えることが望ましい。

横山の提案

 「故意の行為により、被害者を死亡させた」ケースだけ、警察官に調査権を与えるとしたら、どのような手続きが考えられるであろうか。

 通常は、警察官が、当該触法行為をした疑いのある少年を、補導する。それには、行為時に補導する場合(現行犯逮捕に対応する場合)と、捜査を経て補導する場合がある。いずれにしても、以下のような一定の手続きを経ずに、補導直後に警察官が直ちに調査権を行使するのは、認められない。

 家庭裁判所は、許可状を発する場合、同時に、少年の身柄拘束の措置をとる。拘束の場所は、少年鑑別所とする。

 調査権行使を認めた家庭裁判所は、同時に、公費で付添人の弁護士をつけなければならない。付添人の弁護士は、直ちに少年と面会して、もし少年が触法行為をしていないと主張した場合には、調査権行使の許可状の取り消しを、家庭裁判所に求めることができる。家庭裁判所は、調査権行使の許可状を取り消す場合には、同時に、少年の身柄拘束を解くように命じなければならない。

 警察官が調査権を行使できるのは、補導から72時間以内とする(cf.刑事訴訟法205条第2項)。警察官が少年に質問をする場合には、保護者および付添人の弁護士が同席しなければならない。72時間以内に調査を遂げたら、司法警察員は、調査に係る書類や証拠物とともに事件を家庭裁判所に送致しなければならない。なお、警察は、送致書を提出した後でも、少年審判が始まる以前であれば、公務所又は公私の団体に照会して得た資料を、解釈や意見を加えることなく、家庭裁判所に提出することができる。

 警察から送致を受けて、事件受理された後の手続は、従来どおりである。ただし、横山の提案によれば、後述するように、触法少年に対しても、家庭裁判所による医療少年院や初等少年院への送致を認めることになる。

Japanese Doll

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