本研究所設立の目的は、日本文化に関する精深な研究を行い、これを広く世界文化と比較しつつ、民族的伝統の本質と諸相とを把握するにある。
人類の悲劇的相剋から出発した第二次大戦において、国史に例のない敗戦を喫し、社会組織と国民生活の徹底的崩壊に直面した日本人は、殆ど文化的虚脱と道徳的無感覚に陥った。その結果、国家再建の途は、外国の文化と慣習の移植をもって事足りるとするような風潮が見られ、特色に富む有形無形の日本文化財は正当に理解せられず、伝統的な生活態度も十分に再評価されるには至っていない。
人は歴史と社会と文化の所産である。現実の日本人の性格は、気候風土の自然的条件や、早くからこの国に渡来した周辺民族文化との、同化複合によって醇化された、長い特色のある歴史的伝統の中で営まれている。何人もこれを無視して日本を論ずることはできない。近時、我が国の芸術や生活様式の数々が欧米諸国に異常な関心をもって迎えられているのに反し、外国文化の皮相的な模倣は、却って心ある内外人士の顰蹙を買うのを見ても、文化国家として出発した日本が、世界に貢献し得る道は、日本的伝統の反省と助長との裡に求むべきであることを考えずにはおられない。即ち、日本人が真に日本を知り、自主的判断によってその生活内容を高めて行くためには、日本人の歩み来った文化様式や生活態度に深い内省と関心とを払う必要が認められ、更にこの線に沿って、海外文化の長処導入とその日本的適応が要請されるのである。
このことは、既に明治初年、外国文明移植の最も盛んであった時、等しく、先人の顧慮したところであり、我が國學院大學建学の由来もここに存する。しかるに現下の情勢は、当時に比し幾倍か重大であって、日本文化の将来を深く憂慮せずにはおられない。
凡そ、一国文化の特質は、その国の文化を一方的に研究するのみでは、決して十分に明らかにせられない。歴史と伝統の異なる文化との比較研究において、始めて他に対する共通性や特異性が指摘され、その文化特質が明らかにされる。日本文化についても、その真髄を明らかにするためには、研究者は、日本文化の探究に専念すると共に、広く海外文化に眼を投じ、日本的道統を近代思想の場において再認識する必要がある。このような広い視野の上に立った研究によって、始めてよく日本文化の健全な生育発展が期待されるのである。ここに、同憂の士の協力を仰ぎ、新に日本文化研究所を國學院大學内に設け、従来の研究を一層精深広汎なものとし、学問の淵叢たるを期するものである。
本研究所の研究主題は、
一、日本文化の基礎的研究
一、国民の信仰および道徳上の諸問題の研究
とする。而してその事業内容は、
一、学術上の調査研究およびその助成
一、内外図書・資料の蒐集ならびに保管
一、研究の発表・刊行ならびに講演会の開催
一、内外研究機関との連絡および資料の交換
一、その他目的達成に必要なる事業
と定め、外国人の研究者に対しても便宜を図り、研究の結果は相交換発表して、国際的親善の一助ともしたい考えである。
我等は戦後我が国における、日本精神文化の主要なる研究機関として、この事業が進展してその効果を発揮するようになれば、内外の文運に寄与することは多大であろうと信じ、切に識者の協賛を希うものである。
昭和三十年四月
國學院大學理事長 石川岩吉