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11月12日(金) 18:30〜22:00
國學院大學渋谷校舎で、絵画資料部会の研究会(石川・小林・小助川・伊藤慎吾・原田・山本・松尾、辻本・伊藤悦子)が行われた。個人蔵源平盛衰記絵巻の詞書を源平盛衰記本文と比較した結果の報告が各巻について行われたが、抄略がはなはだしく、章段名などからみて元和寛永古活字版以降であろうということしかわからなかった。そこで、12/17午後に國學院大學図書館蔵の元和寛永古活字版・延宝8年版及び石川氏蔵横本の本文と比較してみることになった。なお、小林健二氏から、幸若の内容が取り込まれて軍記物語本文とは別に絵画化されていく例が報告され、参考になった。
11月13日(土) 國學院大學渋谷校舎507教室
10:00〜12:00 年表記事作成部会(発表者:原田=巻8,山本=巻42 助言者:高橋)
記事コード・年次コードをつけたエクセル方式と、縦書きのワード方式の両方を各自2巻ずつ、計12巻試作して年次報告書に掲載、ひろくユーザーの意見を聞くこととした(原稿締め切り1/10)。来年度からは研究発表の形式で、問題点を話し合うことになった。
休憩時間に平藤氏提供「オーストリア応用美術館所蔵源平合戦屏風」や松尾提供「海の見える杜美術館蔵奈良絵本源平盛衰記」の写真、辻本氏提供の図録3種の展覧が行われた。
13:00〜14:00 打合せ会
今年度の今後の日程と経費支出の概略が説明され、了承された。また絵画資料や本文の調査計画が示された。
14:10〜18:00 歴史学部会研究発表及び質疑応答
高橋典幸:墨俣の合戦と頼朝
坂井孝一:『源平盛衰記』と「血」の叙述
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平成二十二年度 十二月四〜五日 | 調査旅行報告(愛知) |
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12月4日(土)、西尾市岩瀬文庫の調査。
9時00分、伊藤慎吾は東京駅をのぞみ215号で発ち、9時49分、平藤幸は新横浜駅をのぞみ23号で発ち、名古屋下車。名鉄名古屋駅から新安城を経由して西尾口駅下車、岩瀬文庫に向かう。13時50分、両名とも入館し、16時の閉館まで調査を行う。
調査対象は伊藤が宝永版『源平盛衰記』を、平藤が『源平軍物語』を担当する。いずれも分量が多いため、精査できない箇所が残った。また『平家没落由来記』(写1冊)、『平家一門列伝』(写13冊)をも瞥見したが、これらは今後なお調査が必要であろう。前者は幕末頃の写本で、平行盛に関する伝承地を取り上げたものである。『源平盛衰記』と直接かかわるものではないが、伝本は本文庫所蔵本のみと思われる。また後者は左三川家という武家の由来や伝来の故実書などを一括したものである。書型は一定していないが、いずれも明治大正期の近写本と思われる。
閉館後、徒歩で西尾口駅まで行って宿泊地である豊橋駅に向かう。豊鉄ターミナルホテルに宿泊。
12月5日(日)、藤井氏宅訪問のお約束は13時であったので、午前9時半、豊橋市立中央図書館に入館し、2階の郷土資料室で資料数点を閲覧。館蔵目録掲載の元和9年版『平家物語』は実は覆刻本であった。また『三河国聞見雑録』(写3冊)に源義朝の弟化積上人を開山とする船形山普門寺の縁起などが載っていることを確認して、後日の再調査を期すことにした。
12時40分、名鉄バスに乗って、13時頃藤井氏宅に到着。調査開始。
まず古筆手鑑『語文集林』を見る。このうちに「長門切」2葉あり。また宝密法師筆の平家物語切1葉、一条冬良筆の平家物語切1葉、伏見宮貞敦親王筆の平家物語切1葉もある。いずれもデジタルカメラで撮影させて頂いた。ついで『平家譜本 横笛・文覚強行・六代乞受』(文政3年写、1冊)、『源平盛衰記』巻第37〜38(乱版1冊)、『源平盛衰記』巻第17〜18(古活字版1冊)、『平家物語』巻第10(江戸初期写1冊)を見る。16時30分過ぎ終了。
16時48分の豊橋駅行きのバスに乗車。17時32分発のこだま670号で浜松駅まで行き、18時10分発の東京行きののぞみ480号に乗り換える。平藤は新横浜駅で下車し、伊藤は東京駅で下車。それぞれJR在来線に乗り換え帰宅。
(文責伊藤慎吾、校閲平藤幸)
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平成二十二年度 十二月十七 〜十八日 | 15:00〜17:00 國學院大學120周年記念2号館2102教室
公開講演会
講師:稲田秀雄 (山口県立大学教授)
「狂言のいくさ語り−「文蔵」を中心に−」 |
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12月17日(金) 絵画資料部会絵巻班研究会
12:30に國學院大学図書館2階第3学習室に集合。本学所蔵源平盛衰記延宝8年版、元和寛永古活字版と石川透氏所蔵の宝永4年版とを調査、個人蔵絵巻の本文を比定しようと試みた。次いで版本の挿絵と絵巻の図柄を比較した。結論からいうと、絵詞は独自に抄略されており、特にどの版本の本文から作成されたとは決定できない。図柄も絵巻と版本の挿絵が特に関係あるとは認められなかった。16:30に作業終了。
12月18日(土)
9:30から國學院大学渋谷校舎若木タワー509教室で、記事年表作成部会。巻42(山本)、巻8(原田)の試作が提出され、今後の作成方針や凡例が検討された。縦書きの表形式による記事年表とエクセル方式による年表を並行して作成、前者は活字媒体、後者は電子媒体で発表することをめざす。前者はできれば巻ごとでなく全巻を1つの年表にできないか、模索する。凡例案は小助川が試作することになった。
13:00から同室で、各部会の報告、今後の日程、年次報告書作成について話し合われた。索引部会は巻1のみ自立語索引を試作、今後、固有名詞索引作成の可能性追求、源平盛衰記初出とされる語彙の検討などを行うと報告された。今後の絵画資料調査、伝本の調査計画が松尾から示された。歴史学部会・室町文芸部会の講演会企画、また来年度は研究発表を定期的に行うことなどが提案された。
15:00から17:30まで会場を2102教室に移して公開講演会。
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狂言のいくさ語り―「文蔵」を中心に―
山口県立大学 稲田秀雄
劇中でいくさ語り(合戦の物語)を演じる狂言がいくつかある。「文蔵」もその一つである。太郎冠者の無断外出を主人が叱りに行くと、冠者は都で食べた物の名を忘れたと言う。いつも主人の読む「石橋山の草子」の中にあると言うので、主人はその食べ物の名を思い出させるために、石橋山合戦の語りをするが、真田の乳人(めのと)・文蔵の名が出てきたところで、冠者は「その文蔵を食べた」と言う。主人は思案して、それは温糟(うんぞう)粥のことであろうと言い、つまらない物を食べて主人に骨を折らせた、と冠者を叱って終わる。
「文蔵」の語りは、石橋山合戦談の中でも真田と俣野の組み討ちを中心とする長大なものであり、延慶本・長門本・源平盛衰記等の『平家物語』諸本とは一致しない表現・内容をもつ。例えば、真田・俣野の武装表現は、諸流台本において多少のゆれがあるものの、概して詳細で(盛衰記は真田の武装表現のみ)、ともに肌着・袴・籠手・脛当までも描写する。こうした表現は、『平家』諸本よりも時代的に下る幸若舞曲に類例が見出される。
「文蔵」の語りには、他にも『菅家金玉集』等に見える和歌の引用など、文飾の面でも独自性がある。劇中に出る「石橋山の草子」は現存しないが、語りの依拠資料として、『平家』諸本とは異なる石橋山合戦物語の存在を想定すべきであろう。それは口語りによるものとも考えられるが、劇中に言うように、草子の形態であったとすれば、盛衰記からの抄録による『小枝の笛物語』のような室町物語系のテキストを想定すべきかもしれない。
そうした依拠資料を基にしつつも、「文蔵」の語りは、劇中に取り込むに際して、さらなる加工がなされていることは疑いない。それは仕方(所作)を付けることと、狂言の筋に沿っての整理(例えば、文蔵の名を組み討ちの後に初めて出すこと)である。狂言「文蔵」の語りは、あくまで劇中芸として、その特質を考えるべきものであろう。
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平成二十二年度 十二月二十四〜二十六日 | 調査旅行報告(広島) |
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12月24日(金)
9:30東京駅発のぞみ23号で松尾ほか4名出発。13:38に広島着、JRで宮島口へ向かった。厳島神社・宮島歴史民俗資料館で平清盛・時子関連資料を見学。先に到着していた辻本・平藤と合流し、小助川・石川もそれぞれ到着。宮島コーラルホテルに投宿。
12月25日(土)
10:00から海の見える杜美術館にて、奈良絵本源平盛衰記50冊を閲覧した。書誌データを採り、この本の絵の特徴を確認しながら18:00まで見せて頂いた。精密に描き込まれた鮮やかな絵本に、一同しばし現実を忘れた。書誌の整理方法について、松尾から具体的作業が提案された。
また12月18日に議論した記事年表作成用の凡例が小助川から提案され、意見交換が行われた(これらをふまえた新しい凡例は、12月26日小助川からML配信された)。宮島コーラルホテルに投宿。その後、ホテルにて個別の打ち合わせが行われ、今後、平藤は長門切の再点検を、辻本は固有名詞索引(人名地名を始め、神仏、寺社など)作成の実現性を探ることとなった。
12月26日(日)
同じく10:00から海の見える杜美術館で、保元平治物語絵巻12軸を閲覧した。この絵巻の詞書の筆者は、現在我々が解析中の、個人蔵源平盛衰記絵巻と同じであろうと、石川は見ている。それゆえ、基本的な書誌だけでなく、どういう規準で場面を選んだのか、画面の背景、人物、馬などの描写が本文と関係あるか否かなど、今後解析していかなければならない課題が多い。15:00に閲覧を終了、今後のことを学芸員と打ち合わせして、辞去した。2日間、美しい軍記物語絵に触れて、有益な発見もあり、かつ今後の研究課題がいくつか浮かび上がってきた。絵画資料部会の中に絵本班(石川・小助川・伊藤慎吾・岩城・松尾・山本)を設け、奈良絵本源平盛衰記について、まずは本文の同定、次いで版本挿絵との比較を行うこととした。
広島駅17:01発のぞみ132号で帰京、途中辻本・平藤はそれぞれ岡山で乗り換え、また新横浜駅で下車した。21:03東京駅着。
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平成二十三年 一月十三〜十五日 | 調査旅行報告(米沢・石巻) |
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1月13日(木)米沢市立米沢図書館で調査
伊丹空港8:40発のJAL2231便で空路山形へ。山形空港には9:55に定刻通り到着。さくらんぼ東根駅へ向かう。11:41発の新幹線つばさ140号で米沢へ。空港周辺は小雪が降る程度だったが、米沢へ近づくにつれ、天気が一変。雪の降り方、積もり方が違う。米沢駅から置賜(おきたま)総合文化センター内にある米沢市立米沢図書館へ13:00過ぎ到着。古活字版『源平盛衰記』(米沢善本194)調査を開始。該書は、内閣文庫蔵本と同じ押八双のある原装表紙(薄茶色空押雷文繋牡丹唐草文様表紙)を持つ刷りの具合の良い慶長古活字版、48巻48冊。巻35、十七丁目は後人の補写。16:45まで調査。基本的な書誌をとり、影印本を傍らに置いて比較しながら巻12までをデジタルカメラで撮影した。米沢泊:東横イン米沢駅前
1月14日(金)米沢市立米沢図書館で調査
前日の大雪が嘘のような快晴。雪の白さがまぶしい。米沢駅8:10発の市内循環バス(左回り)に乗り、文化センター南で下車、郷土資料室で9:30に調査開始。巻13から巻48までをデジタルカメラで撮影した。古活字版は伝本によって異版や異植字版を交えていることがあり、一丁ごとに丁寧に調査することが求められる。
『平家物語』の附訓古活字本(米沢善本202、巻1・3欠、10冊)も調査させていただいた。該書は、元和九年刊の整版本をもとにした古活字版。古活字版→整版ではなく、整版→古活字版という、元和寛永期の出版の過渡期を考える上では興味深い本である。
終了後16:49米沢発の新幹線つばさ150号で仙台に向かう。福島で17:51発のMaxやまびこ145号に乗り換え18:17仙台着。仙台泊:ホテルモントレ仙台
1月15日(土)石巻市図書館で調査
雪が降り、寒い朝である。7:37、JR仙石線で石巻へ。9:00過ぎに石巻市図書館に入る。石巻市図書館に盛衰記があることは、国文学研究資料館の「日本古典資料調査データベース」で知った。函館市立函館図書館蔵本(徳川義直旧蔵の無刊記古活字本)の別本とあったので、古活字版だろうと思ったのだが、該本は古活字版ではなく、無刊記整版本であった。無刊記整版本といってもいろいろな版がある。また無刊記整版本の中には乱れ版も存在するから注意が必要であるが、該本は乱れ版ではない。書誌をとり、参考のため、第一冊(巻一・巻二)を全冊、他巻については目録丁・巻首丁・巻尾丁をそれぞれ手持ちのデジタルカメラで撮影した。匡郭の欠損具合からすると、後印本か。昼食もとらずに14時近くまで調査。14:19発、仙石線(あおば通行)に乗車、仙台駅で16:07発の仙台空港アクセス線に乗り換え、16:31、仙台空港駅着。ANA738便で、17:30仙台空港発。18:55、大阪伊丹空港着。電車で帰宅。 (高木浩明)
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平成二十三年 一月二十二 〜二十三日 | 調査旅行報告(神戸) |
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1月22日(土)東京発8:50のぞみ19号で松尾・伊海初め10名出発、新横浜で平藤が合流、11:41新神戸着。三宮の神戸市立博物館へ向かった。現地で小助川が合流、また近くに住む辻本も参加し、あらかじめ許可を得ていた屋島合戦屏風と源平合戦屏風の調査を行った。共同研究のための撮影を申請してあったが、屏風には多くの情報が高い密度で描きこまれているので、作業従事者の院生5名と共に撮影、場面ごとの題材の判定、記録などをおこなった。16:00に作業を終了。ホテルへ向かう途中で、屏風にも描かれていた河原兄弟を祀った祠のある三宮神社を見学した。岩城と院生3名は、18:12新神戸発のぞみ132号で帰京。残り8名は、三宮ターミナルホテルに投宿。
1月23日(日)10:00から昨日と同じく神戸市立博物館で、島津家旧蔵奈良絵本平家物語30冊を調査した。兵庫県立歴史博物館の学芸員橋村愛子氏も合流して、熟覧に参加した。その結果、真田宝物館所蔵の奈良絵本平家物語30冊と画面の構成、色彩の配置などが酷似しており、これは偶然でなく、制作現場において何らかの関連があろうと思われる。また神奈川県立歴史博物館所蔵の奈良絵本平家物語24冊とはやや異同はあるものの、やはり何らかの関連があるというのが石川の判断である。絵が剥がされている箇所の多い白百合女子大学所蔵奈良絵本平家物語とも比較する必要があるので、伊藤慎吾が近日中に調査することになった。17:00に館を辞去、小助川は愛媛へ、他の7名は18:12新神戸発のぞみ132号で帰京、平藤は新横浜で下車して帰宅した。
なお、休憩中に記事年表作成部会のメンバーの話し合いで、とくにエクセル方式の凡例の問題点、作成の手間と利便性の兼ね合いなどに疑問が出され、来年度第1回の研究会の際に、進展のある討議ができるよう、松尾がMLで指示を出すことになった。
今回の調査では、奈良絵本の制作環境についての発見があり、今後の奈良絵本調査の指針が得られた。また、新たな絵画資料の所在情報も橋村氏から提供された。合戦屏風の熟覧を通しては、平家物語の一ノ谷・屋島合戦の近世初期における享受の一端を窺い知ることができ、有意義であった。 以上
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平成二十三年 二月二十四 〜二十六日 | 調査旅行報告(金沢) |
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今回、金沢市立玉川図書館近世史料館・石川県立図書館が所蔵する『源平盛衰記』の伝本調査をおこなった。
1.金沢市立玉川図書館近世史料館加越能文庫蔵 源平盛衰記抄本(松雲公採集遺編類纂 一七六内) 半紙本一冊
2.石川県立図書館饒石文庫蔵 無刊記源平盛衰記(零本) 大本二冊
3.石川県立図書館饒石文庫蔵 源平盛衰記(零本) 大本一冊
4.金沢市立玉川図書館近世史料館稼堂文庫蔵   無刊記源平盛衰記(巻第一〜四欠) 大本二十三冊
5.金沢市立玉川図書館近世史料館稼堂文庫蔵   宝永四年刊源平盛衰記 横本十二冊
6.金沢市立玉川図書館近世史料館村松文庫蔵   無刊記源平盛衰記 大本四十九冊
2〜6は、既に国文学研究資料ウェブサイトデータベース「日本古典籍総合目録」に掲載されているが、詳しい書誌はない。本調査では、これらの資料の書誌を調査し、1と3の写真撮影をおこなった。2〜5は状態が悪く、虫損により各丁が付着し、めくるのが困難な箇所も多い。版心部分の亀裂のため丁付が確認不可能な箇所も多々あった。これらを限られた時間で調査したため、丁数を正確に確認できたか心許ない。今回の書誌的調査に気づいた問題を二点挙げておく。
@ 版心の丁付で「二十」「三十」を使うか「廿」「卅」を使うか、各巻でも統一が取れていない場合が多い。これが諸本間に相違があるのかを確認したい。
A 高木浩明氏調査の蓬左文庫蔵本・刈谷市中央図書館蔵本と匡郭の高さに違いが見られる。これが料紙の伸縮に起因したものか、かぶせ彫りの結果かを検討する必要もあるか。 (伊海孝充)
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