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情報エントロピー1) (in わかりやすいオートポイエーシス(自己生産))

 新生児にとっては、わからないことだらけと言うよりも、わからないことしかない。病院で産まれればおそらくは医師や看護師が何かしゃべっているだろうが、新生児はその言葉がわからないし、どうしたらのどの渇きを癒やしたり空腹を満たすことができるのかもわからない。このようにわからない状態を指して、情報エントロピーが高いと呼ぶ。しかし、新生児は、言葉を覚えるなどさまざまなことを学習して、わかるようになる、すなわち情報エントロピーが低くなっていく。後述するように、情報エントロピーとは、予測しにくさ=不確実性、および、理解しにくさ=理解可能性の低さとを包括する概念である。

1 物理エントロピーと情報エントロピー

 物理エントロピーとは、もともと熱力学の第二法則(もしくはエントロピーの法則)、すなわち「物質とエネルギーはひとつの方向のみに、すなわち使用可能なものから使用不可能なものへ、あるいは利用可能なものから利用不可能なものへ、あるいはまた、秩序化されたものから無秩序化されたものへと変化する」(Rifkin,訳1982:24)において用いられたものであり、物質やエネルギーの使用不可能な程度を示す概念である。例えば、ガソリン・エンジン車は、ガソリンという物理エントロピーが低い物質を燃やしてエネルギーを取り出し、排気ガスという使用不可能な物理エントロピーが高い物質を破棄する。

 Schrödinger(訳2008:144-5)が指摘したように、「エントロピー増大という物理学の基礎的法則は、ものごとは、人がそれを防がない限り自然に混乱状態へと近づいていく傾向を持っている」。そして、Schrödinger(訳2008:141)は、生物が「死の状態を意味するエントロピー最大という危険な状態」「にならないようにする、すなわち生きていくための唯一の方法は、周囲の環境から負エントロピーを絶えず取り入れること」、つまり「生物体が生きるために食べるのは負エントロピー」であり、「生物体が生きているときにはどうしてもつくり出さざるをえないエントロピーを全部うまい具合に外へ棄てる」ことであると提唱した。つまり、生命システムは、食べ物という栄養価やカロリーが高い物理エントロピーが低い物質を食べて、排泄物という栄養価やカロリーが低いために物理エントロピーが高い物質を排泄することによって、物理エントロピーを減少することができる。

 エントロピーという概念をコミュニケーション理論2)に導入したのは、Shannon(1962)である。Shannon(訳2009:89)は「結果についてどのくらいの不確かさを有するのか」を計る尺度がエントロピーであるとした。そして、Weaver(訳2009:31)は、コミュニケーション理論においては、情報はエントロピー、すなわち、メッセージを構築する際の選択の自由の量によって測定することができる、と提唱し、エントロピーとは、ランダムネスや不確かさの程度であると位置づけた。なお、小木曽(2007)および本稿では、エントロピーは増大する方向に非可逆的に変化する、というエントロピー増大の法則が該当する物理エントロピーと区別するために、情報エントロピーという概念を用いる。

2 予測しにくさ

 情報エントロピーのひとつの側面は、予測しにくさ、つまり、将来何が起きるか予測不可能である程度が高いことである。将来何が起きるか予測不可能である程度が高いことを指して、情報エントロピーが高いと呼ぶ。

 将来何が起きるかを完全に予測することは不可能である。株式会社の経営者が「何を生産または販売すれば利益が上がるか」を予測することができれば、その会社の収益性=業績=成果を向上させることができる。しかしながら、このような予測は困難であり、多くの株式会社の経営者は利益を上げる方法について、情報エントロピーが高い状態にある。

3 理解しにくさ

 情報エントロピーのもうひとつの側面が理解しにくさである。 意味するものと意味されるものとの結びつき【へ】が不正確であれば、意味するものによって意味されるものを理解しにくくなり情報エントロピーが高い状態となるが、意味するものと意味されるものとの結びつきが正確であれば、意味するものによって意味されるものを理解しやすくなり情報エントロピーが低い状態となる。

 意味するものと意味されるものとの結びつきが不正確な典型が嘘である。 裸の王さまの例【へ】では、まず、 悪者たちが最初についた嘘は、魔法の布が存在しないのに存在すると騙す、すなわち、「役目にふさわしくない者やひどく愚かな者には見えず、かしこくて役目にふさわしい者だけが見える布」:意味するものと、存在しない物:意味されるものとの結びつきが不正確であるため情報エントロピーが高い。つぎに、悪者たち、王さま、お供のものたち、および、パレードの見物人が共有した嘘は、「じつにすばらしい!なんてきれいなあたらしい服を着た王さま」:意味するものと、裸の王さま:意味されるものとの結びつきが不正確であるため情報エントロピーが高い。一方、ひとりのちいさい子どもの「王さまはなんにもきていないよ」という発言:意味するものと、裸の王さま:意味されるものとの結びつきは、正確であるため情報エントロピーが低い。

§注§
1)本稿での「情報エントロピー」は、小木曽(1987)および小木曽(1997)では「エントロピー」と表記していた。情報エントロピーについては小木曽(1997:88-93)および小木曽(2007:34-57)を参照されたい。
2)本稿ではShannon and Weaver(1963)の”communication theory”を「コミュニケーション理論」と訳した。

§参考文献§

Copyright by 2013 Ogiso Michio (小木曽道夫) , Revised on 10. Dec. 2013
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