青年学級の現場から
青年学級に関する私の論文や資料
『障害者青年学級の創作歌 民衆文化の創造の試みとして』
『知的障害という言葉の成立のかげに』へのリンク
「ようこそ青年学級へ」(新人担当者むけ資料)へのリンク
『障害者青年学級での自己変革と自立生活』へのリンク
第12回わかばとそよかぜのハーモニーコンサートのお知らせへのリンク
町田市障がい者青年学級について
(1)町田市障害者青年学級の紹介
ここでは、私が、1999年にある研究会で報告した資料に若干の手をくわえて、町田市障がい者青年学級の紹介させていただきます。
1.町田市障害者青年学級について
月2回の活動が5月から3月までを一区切りにして開かれている。
現在、3つの学級にわかれていて、会場は、日曜日の学級が公民館とひかり療育園、土曜日の学級が市内の小学校となっている。
参加者数は、1998年3月の時点で171名。スタッフ約70名。
日曜日の学級は目的別のコース制、土曜日の学級は、人数の関係から班の体制をとっている。
1988年から『若葉とそよ風のハーモニーコンサート』を開催し2003年5月24日に第11回目のコンサートを予定している。
2.町田市障害者青年学級の始まり
1974年11月に親たちの願いから始まる。
親たちの願いは、子供が休日に過ごす場所がほしいとか、非行に走らないようにというものだった。だが、この親の願いを当時の社会教育の担当者は、卒業後の学ぶ権利を保障する場を作る運動として位置づけ、生きる力、働く力を獲得するというねらいのもと、約20名の参加者とともに、青年学級を開始した。
3.大切にしてきたもの
最初の10年間の活動の中で、青年学級の中で大切なものは、次の3つのことにまとめることができることがわかってきた。
(1)自治的集団 一人一人が主人公であること、集団に一人一人が役割をもって参加すること、集団活動を自分たちで作り上げていくことを大切にしてきた。
また、班長を中心とした各コースの自治活動、班長会を通した青年学級全体の自治活動を重視している。
こうしたことを通して一人一人の主体性や、集団の主体性が高まるとともに、自分たち自身のルールも作られるようになってきた。
(2)文化的創造活動 一つの素材に取り組むことによって、1年間継続した活動を作り上げていく。いろいろな表現活動を通して自分を表現する。
このことを通して、みんながいろいろなことができることをわかり合い、共に作り上げていく喜びを味わうようになってきた。
(3)生活というテーマ 毎日の仕事や家庭のことなど、自分の生活について共に語り合ったり、いろいろなやり方で表現し合ったりして、自分の生活を見つめ直したり、仲間の生活やその中での問題を共有し合ったりする。
こうした、一人一人が社会の中で役割をもって生きている存在であることを確かめ合ったり、時には、生活の中で生まれてくる様々な問題を共に考えようなことも生まれてきた。
4.外の世界へ
(1)文集『とびたとう』の製作
2年目から学級生の文集『とびたとう』を2、3年に1度作ってきた。一人一人の思いがつめこまれており、こうした作業を土台にして、様々な場所で自分の思いをアピールする人たちが増えている。
(2)オリジナルソング作り
1985年頃から、いろいろなコースでオリジナルソング作りが始められるようになり、現在20数曲をおさめた歌集ができあがっている。若葉とそよ風のハーモニーコンサートがその重要な発表の場で、広く自分たちの思いを市民にアピールしてきた。
(3)様々な集会への参加
1980年代の後半から、全障研の全国大会や育成会の全国大会などに、参加して当事者の立場から参加して、どうどうと意見を述べるメンバーも出てきた。
(4)高坂さんが、パリで開かれた世界会議に参加。
杉本さんが、NHKの主催した福祉シンポジウムに招待されて意見を述べる。
(5)海外研修への参加
ダスキンの主催する海外研修に、高坂さん、藤原さん、西田さんらが参加。
ピープルファーストの海外研修に杉本さんらが参加。
5.青年学級におけるスタッフの役割
青年学級では開設された時から、青年学級の参加者の学びたいという要求や権利に応えるために、仕事として条件整備を行うスタッフの存在が必要であると考えられてきた。そして、毎週スタッフの会議を開き、検討を行っている。こうしたスタッフの存在が学級生の自主的な活動をそこなうのではないかとの疑問を向けられることもあるが、自主性をそこなうものではなく、むしろ自主性を育んでいくものとして役割を果たしてきた。
しかし、スタッフの役割というものは、常に問い直されなければならないものである。それは、具体的な活動の中で本当の援助とは何かということのむずかしさや、スタッフ−学級生という関係を、本当に対等な人間関係の上に築き上げることが簡単ではないからである。
私たちは、その中で、学級生の意見を尊重することはもちろんであるが、様々な選択肢を提供すること、学級生の本当の要求に目をむけることが大切であるということを確認してきた。そのためには、私たち自身が学びながら、質の高い素材を提供できなければならないということや、学級生の生活をより深く知ることこそが重要な役割であることが明らかになってきた。
また、具体的な場面では、対等で信頼し合える人間関係を作ることが大切であることも確認されてきた。しかし、私たちが、知らず知らずのうちに、傍観者になってしまって距離ができてしまったり、自分たちの意見を主張し過ぎたり、学級生の意見を抑えてしまうような結果になってしまうこともある。これはスタッフ同士で問いかけあって、日々克服していかなければならない問題である。
こうしたスタッフと学級生の関係を長い歴史の中で見てみると、最初は、学級生が自己を主張することが少なく、スタッフが主導権をにぎりがちだったが、しだいに自分たちの意見をきちんと出せるようになり、さらに、長い活動の経験から、新しいスタッフなどよりもはるかにしっかりとした見通しをもって活動に参加するようになり、学級生の主体性は、しだいに高まったきたと言える。最近は、新しくスタッフになる者は、力強い学級生の姿に圧倒されるところから始まることが多くなってきている。
(2)町田市障害者青年学級のオリジナル学級ソング
青年学級では、たくさんのオリジナルの歌が生まれ、歌いついできました。
そのいくつかを紹介いたしましょう。これは、2002年1月、群馬県高崎市で開かれた、「時を紡ぐ会」主催の絵本原画展の中のイベントに招待された時に、歌った5曲です。
わたしたちのゆめ
柏村朗子 作詞作曲
わたしたち ゆめがある どんなゆめがあるの いつもすてきなゆめ こころのなか
みんなすてきな ゆめがある
わたしたち ともがいる どんなともがいるの いつもだいじなとも こころのなか
みんなだいじな ともがいる
わたしたち うたがある どんなうたがあるの いつもすてきなうた こころのしあわせ
みんなすてきな うたがある みんなすてきな うたがある
(1999年度パフィーコース)
いきているぼくら
きょうもあさはやく しごとにでかける いちにちげんきにはたらけますように
いつかはやってみたい そんなしごとも むねのなかには いっぱいあるけれど
ぼくたちはみんな きょうをいきてる はたらくことのいみを かんがえながら
ひとりでくらすことは どんなことなの きらくでじゆうで たのしいことなの
よなかにめをさますと かぜがふいてる そんなときには やっぱりさみしいな
ぼくたちはみんなきょうをいきてる くらすことのいみをかんがえながら
(1988年度生活コース)
ともだちのうた
ともだちともっといろんなはなしがしたい ともだちをもっとたくさんつくりたい
しごとがおわって うちにかえったとき だれかにでんわをかけてみたくなる
びょうきでやすんでるみほこさんは いまごろどうしているだろうか
ともだちともっといろんなはなしがしたい ともだちをもっとたくさんつくりたい
ともだちともっといろんなところへいきたい ともだちをもっとたくさんつくりたい
わたしのくるまいすおしてくれる ともだちといっしょにまちへでたい
ひとりじゃつまらないえいがやコンサート ともだちといっしょにでかけたい
ともだちともっといろんなところへいきたい ともだちをもっとたくさんつくりたい
(1986年度音楽Aコース)
おいたちのうた
いろんな道をとおって わたしたちはここにいる
ぼくは長崎でうまれた 町田にきたのが25
川にながれたサンダルを はだかでおいかけてくれた
そんなやさしい先生が ふるさとの町にいた
いろんな道をとおって わたしたちはここにいる
ぼくは17で事故にあい たくさんの夢をうしなった
だけど今ははたらきながら 学校にもかよい
いっぽずつじぶんの足で あしたにむかってあるいてる
いろんな道をとおって わたしたちはここにいる
わたしのさいしょの仕事は 南新宿の食堂
しょっきあらいやそうじをしながら ちょうりの仕事を夢みてた
今ではわたしのつくるぎょうざが 町のみんなのにんきもの
いろんな道をとおって わたしたちはここにいる
小学生のときかよった たのしくつかれたスイミング
ゆうあいピックのクロールで 金メダルをもらった
まいにちかけいぼをつけながら ひとりぐらしを夢みてる
いろんな人にであって わたしたちはここにいる
新聞をくばるおばあちゃんの 自転車にのっていたおさない日
そんなおばあちゃんの家をでて ひとりぐらしをはじめた
さびしい夜にはかたりあえる ともだちがもっとほしい
いろんな道をとおって わたしたちはここにいる
小さいころからぼくは 電車にのるのがすきだった
東京や大阪の電車にのって いろんな町にでかけた
川越や池袋 梅田やみどうすじ とってもなつかしい町
いろんな道をとおって わたしたちはここにいる
こどものころからやさしい とうさんがすきだった
病気になったとうさんを まいにちたいせつにしている
元気になったとうさんと いつかドライブにでかけたい
いろんな人にであって わたしたちはここにいる
青年学級でふたたび むかしのなかまにであった
中学校はちがうけど いっしょに箱根にでかけた
今でもしょうらいの夢やなやみを ともにかたりあってる
いろんな道をとおって わたしたちはここにいる
あいする人とむすばれて ふたりのこどもが生まれた
こそだてはたいへんだけど こどもはわたしのたからもの
こどもが大きくなったら またしごとをしてみたい
いろんな道をとおって わたしたちはここにいる
中学2年の春に あるくためのしゅじゅつをうけた
つらいくんれんをのりこえて 世界がどんどんひろがった
じぶんのこころを大きくひらいて きもちをもっとつたえたい
いろんな生活をおくって わたしたちはここにいる
しょうがいがあってもおれたちは できることをたいせつにくらしてる
なのにどうしてこんなにも つめたい風がふくのか
ああもっとくらしがよくなる そんなじだいを夢みてる
ああもっとくらしがよくなる そんなじだいを夢みてる
(2000年度生活コース)
ぼくらのかがやき
ぼくらのかがらきを きみにとどけよ いまうたごえにのせて
おおきなこえでうたをうたえば むねにゆうきがわいてくる
なかまがみちにまよったときには げんきなわたしがたすけてあげる
ドラムにあふれるおもいやり キャリアがゆたかなぼくだから
リズムにのせてつたえたいのは ぼくのこころのやさしささ
ぼくらのかがやきを きみにとどけよう いまうたごえにのせて
ボンゴでリズムをたたいてるときの ぼくのすがたをみてほしいよ
とくいのポーズもきまってるだろう とってもかっこよくみえるだろう
おんがくにのせ じぶんのおもいを みんなにアピールしてゆきたい
おどりがとくいなすてきなぼくが ぼくのじんせいのしゅじんこう
ぼくらのかがやきを きみにとどけよう いまうたごえにのせて
(1986年度音楽Bコース)