おはらいの文化史　近世—祓の普及と考証の展開

ホーム » テーマ解説 » 近世—祓の普及と考証の展開

　近世は、吉田家が以前にも増して神社・神職に対する力を強めたが、吉田家の許状の発行や出版活動によって、中臣祓（なかとみのはらえ）もまた社会のなかに広く普及していった。註釈（ちゅうしゃく）や考証については、神道教説の一般的な傾向と同じく、儒学に照らして解釈し仏教的解釈を離れようとするもの、文献の比較検討を通じた考証を行うものなどが、この時代に特徴的であった。やがて隆盛となった国学においては、古代の制度に復すべく大祓（おおはらえ）を基本とする姿勢が強まった。

A　吉田家の権威・儒家神道と祓

　吉田神道では、すでに15世紀に中臣祓に関する教説が成立していたが、近世に入ると吉田家の神社・神職に対する支配関係の拡大とともに、裁許状（さいきょじょう）などの発行に伴って中臣祓や六根清浄太祓（ろっこんしょうじょうのおおはらえ）のいっそう広範な普及が見られた。それは、吉田家が神社・神職に対して一部形成しつつあった支配関係を幕府が援用し、『諸社禰宜神主法度（『神社条目』）』（しょしゃねぎかんぬしはっと（じんじゃじょうもく））を定めることによって吉田家を神職管掌の根幹に位置づけたことに大きな原因があった。卜部兼直（うらべのかねなお）（生没年不詳）や吉田兼俱（よしだかねとも）（永享7～永正8（1435～1511）年）による『神道大意』（しんとうたいい）や卜部家の系譜とともに中臣祓と六根清浄太祓を合冊して1冊の版本にまとめた『中臣祓』は、吉田家の権威を示すうえで祓（はらえ）が重要な位置を占めていたことを示している。
　17世紀後期に出た吉川惟足（よしかわこれたり）（元和2～元禄8（1616～95）年）は、同時代の吉田家の最高権威であった萩原兼従（はぎわらかねより）（天正18～万治3（1590～1660）年）から四重吉田神道の伝授を受けたが、他方で朱子学を学び、保科正之（ほしなまさゆき）（慶長16～寛文12（1611～73）年）や山崎闇斎（やまざきあんさい）（元和4～天和2（1618～82）年）と学問的な交流を結ぶなかで、吉田神道の脱仏教化を図って吉川神道の教説を立てた。惟足による中臣祓についての注釈には、このような教学の傾向が端的に現れている。
　同時期の伊勢では、外宮（げくう）に出口延佳（でぐちのぶよし）（元和元～元禄3（1615～90）年）が出て、それまでの諸教説をふまえたうえで神道と儒教とりわけ易との合一を認める立場で中臣祓注釈を行い、『中臣祓瑞穂抄』（なかとみのはらえみずほしょう）として刊行した。

関連資料

関連トピック

このページの冒頭へ

B　垂加神道と国学の祓研究

　吉川惟足と同時代に生きた山崎闇斎は、神道と朱子学をそれぞれ学ぶ重要性を主張したが、その神道説である垂加神道（すいかしんとう）では、その形成の重要な契機が出口延佳の弟子河辺精長（かわべきよなが）（慶長6～貞享5（1601～88）年）からの中臣祓の伝授だったことからも明らかなように、中臣祓を重視していた。闇斎は祓によって心身を清浄にし、ひたすらに神を祈って心神を受けることができるとしており、祓を「天人唯一」を実現するための儀礼的な実践ととらえていた点に特徴がある。晩年の著述『中臣祓風水草』（なかとみのはらえふうすいそう）にその結実がみられる。闇斎は自らの教説を秘伝としていたが、門人たちが多く存在したこと、また一部の門人たちが闇斎からの伝授を公開したことなどもあって、その中臣祓解釈は広がりをみせた。
　古典研究と古道の学びが結びつく国学にあって、祓詞についての本格的な文献考証は、賀茂真淵（かものまぶち）（元禄10～明和6（1697～1769）年）に始まる。それは祝詞研究についての晩年の成果『祝詞考』（のりとこう）の一部をなしている。ただし、ここでは中臣祓ではなく大祓が対象とされた。すなわち大祓詞（おおはらえのことば）こそが祓の本来あった姿と考えられたのである。この基本姿勢は、その後に続く国学者たちによって継承されていく。本居宣長（もとおりのりなが）（享保15～享和元（1730～1801）年）『大祓詞後釈』（おおはらえのことばごしゃく）はその代表例である。その後平田篤胤（ひらたあつたね）（安永5～天保14（1776～1843）年）が『霊能真柱』（たまのみはしら）で穢（けがれ）と祓を含む神道的コスモロジーを描出すると、祓を宇宙像のなかで考察するという思考のあり方も広がりをみせる。岡熊臣（おかくまおみ）（天明3～嘉永4（1783～1851）年）の著作はそうした成果のひとつとして理解できる。

関連資料

関連トピック

このページの冒頭へ

C　祓の実践—羽田野家文書より

（1）羽田野家と羽田野敬雄

　羽田野（はだの）家は、三河国渥美郡（現在の豊橋市）の羽田八幡宮（はだはちまんぐう）（羽田村）・神明宮（しんめいぐう）（田町）両社の神主を務めた家である。第5代の重樹ののちいったん中絶するが、文化年間（1804～17）に吉田方村の神職の子に生まれた敬道（たかみち）（宝暦4～天保9（1754～1838）年）が第6代を継承して中興した。文政元（1818）年に敬道の養子となり同家を継いだ羽田野敬雄（はだのたかお）（寛政10～明治15（1798～1882）年）は平田国学の学塾である気吹舎（いぶきのや）の有力門人としても広く知られる。敬雄は文政8（1825）年に本居大平（もとおりおおひら）（宝暦6～天保4（1756～1833）年）に入門したのち、同10（1827）年に気吹舎に入門する。その後、草鹿砥宣隆（くさかどのぶたか）（文政元～明治2（1818～69）年）ら地域の有力神職と学問をはじめさまざまな交流をしながら、神職に直接関わる運動だけでなく、学芸方面でも活発に活動し、三河および周辺地域の気吹舎門人の中心人物となる。
　神祇に関わる研究としては、『延喜式』（えんぎしき）の版本などにもとづいて式内社（しきないしゃ）の調査・同定を行い、三河国の式内社についてはそこに至る道標の建設を進めるなどした。宣隆らとは書物の貸し借りや書簡による意見交換をさかんに行い、神道の葬祭については明治初年の草鹿砥宣隆著『葬祭記略（そうさいきりゃく）／同批評／祠堂祭儀（しどうさいぎ）／同批評』（合本）に結実した。羽田八幡宮文庫を拠点とした文庫の建設と書籍の収集にも尽力した。同文庫の書物は敬雄の死後にいったん散逸の危機を迎えるが、市などによる再収集の努力によって、現在は大部分が豊橋市立中央図書館に収蔵されている。敬雄は維新後は皇学所御用掛（こうがくしょごようがかり）、三河県修道館（しゅうどうかん）教授、豊橋藩皇学教授、権少教正（ごんのしょうきょうせい）などを歴任した。

（2）羽田野家文書における神道裁許状と中臣祓

　國學院大學所蔵の宮地直一（みやじなおかず）（明治19～昭和24（1886～1949）年）旧蔵資料には、羽田野家に所蔵されていた資料群が含まれている。縦長の木箱2箱に収められたもので、神道裁許状をはじめとして吉田家から伝授を受けた文書が大半を占めている。この文書類については、宮地直一の亡くなった9年後である昭和33（1958）年に子の宮地治邦（みやじはるくに）が論文「吉田神道裁許状の授受について」（『神道学』19）でその概略を報告している。ここでは吉田家側の記録である「諸国礼物之定」（しょこくれいぶつのさだめ）や羽田野敬雄による記録『萬歳書留控』（よろずとしかきとめひかえ）の記事と照合しながら裁許状の礼金などを明らかにしている。
　中臣祓に焦点を定めてこの資料群を見直すならば、これとは違った側面が現れる。神道裁許状の授与とともに、中臣祓がところどころに顔を出すのである。羽田野敬道は、羽田八幡宮・神明宮両社の神主を継承する以前に吉田家から中臣祓と六根清浄太祓および諸儀礼13か条の授与を受け、神主継承の際にも継目許状（つぎめきょじょう）とあわせて両祓と諸儀礼19か条の授与を受けている。この諸儀礼については、敬雄が授与を受けたものとして病者加持（びょうしゃかじ）や先祖祭の次第などが残されている。これらをみると儀礼の進行の要所において中臣祓の全文あるいは特定の部分を用いるべきことが指示されている。ここでは、吉田家配下の神職にとっての中臣祓がもっていた意味が具体的に浮かび上がってくる。

関連資料

関連トピック

このページの冒頭へ

Copyright© Research Center for Traditional Culture, Kokugakuin University 2010-2011 All Rights Reserved.

お問い合わせ