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組織研究に自己生産理論を導入する目的 (in わかりやすいオートポイエーシス(自己生産))
組織研究に自己生産理論を導入する目的は、自己生産理論を変数間関係の理論的根拠とするためである。
1 知見はあるが理論が無かった組織研究
社会科学のなかでも組織研究は、1930年代ごろという早くから調査を実施して統計的分析を行う実証的研究が盛んになった研究分野であった。例えば、ホーソン研究の影響を受けた満足と成果との関係【へ】の研究は、個人を分析単位とする場合では満足と成果とは無相関である、組織を分析単位とする場合では満足と成果とは正の相関関係にある、という知見を見いだしたが、これらの知見の変数間関係の理論的根拠を提示していなかった。つまり、(組織を分析単位とする場合では)なぜ満足と成果とは正の相関関係にあるのか、という理由を示していなかった。なお、ここで言う変数間関係の理論的根拠とは、Hage(訳1979:104)が「理論連結とは諸変数が、なぜ成立可能な言明になるかについての根拠、議論、あるいは理由のこと」である「理論連結は理論言明の理論的根拠を与える」と規定したのに習い、なぜxとyとは○×関係にあるのかといったwhyを示すことである。ただし、個人を分析単位とする組織研究では、 期待理論【へ】のように、「理論」が提唱された。
1960年代以降、Pugh and Hickson(eds.)(1976)などのAston研究1)を契機として、Weberの官僚制理論の流れをくむ組織を分析単位とする実証的研究が盛んとなった。Aston研究によって、専門化は標準化と正の相関関係にある、集権化は専門化と負の相関関係にある、集権化は標準化と負の相関関係にある、専門化は事業所の規模または企業(親組織)規模と正の相関関係にある、標準化および公式化は事業所の規模または企業(親組織)規模と正の相関関係にある、集権化は事業所の規模と負の相関関係にある、といった知見が明らかになったが、これらの変数間関係の理論的根拠は提示されていない。つまり、なぜ事業所の規模が大きくなれば専門化・標準化・公式化の程度が高くなるのか、という理由を示していなかった。
Burns and Stalker(1961)は、不安定な環境下では専門職的な有機的管理システムが有効であり、一方、安定した環境下では官僚制的な機械的管理システムが有効である、という知見を報告した。そして、Lawrence and Lorsh(1967)は、唯一最善の組織構造は存在せず、組織の環境と構造との適合(contingency)関係によって組織成果が向上する、という前提に基づく分析枠組であるコンティンジェンシー理論 2)を提唱した。この分析枠組に基づく実証的研究も数多くの知見を報告しているが、コンティンジェンシー「理論」と名乗っていても、変数間関係の理論的根拠を提示していない研究であった。
2 情報プロセシング・モデル
コンティンジェンシー理論が実は変数間関係の理論的根拠を提示した「理論」ではないという反省から、Galbraith(1973)は情報プロセシング・モデル3)を提唱した。Galbraith(1973)の情報プロセシング・モデルは、Simon,H.A.(1997)およびMarch and Simon(1958)が提唱した認知限界という人間観を前提とするものである。
Galbraith(1973)が提唱した情報プロセシング・モデルは、組織は、処理すべき情報量を削減するか、より多くの情報を処理する能力を増幅するか、のいずれかの情報プロセシング・によって、タスクを遂行するために必要とされる情報量と、すでに組織によって獲得されている情報量との差である不確実性(uncertainty)に対処する、という前提を変数間関係の理論的根拠とする理論である。この不確実性とは、予測可能性【へ】が低いことである。情報プロセシング・モデルによって、不安定な環境下では専門職的な有機的管理システムが有効であり、一方、安定した環境下では官僚制的な機械的管理システムが有効である、というBurns and Stalker(1961)の知見は、安定した環境下では不確実性が低いために機械的管理システムにより処理すべき情報量を削減することで対処できたが、一方、不安定な環境下では不確実性が高いために有機的管理システムにより情報を処理する能力を増幅することが有効である、とその理論的根拠を提示することができる。
野中(1986)は、形式情報という視点から情報プロセシングの効率化を追求した情報プロセシング・パラダイムに代替して、意味情報という視点から情報創造を追求する自己組織化パラダイムを提唱した。表現を変えるならば、情報プロセシング・モデルは継起性の軸【へ】に関する 予測可能性【へ】という視点のみに変数間関係の理論的根拠を求めたと言えよう。
3 自己組織化モデル
野中(1985:124)は、「組織は多様性を削減して均衡を達成するというよりも、むしろ主体的に多様性を増幅させ、既存の思考・行動様式を破壊し、新たな思考・行動様式を創造することによって進化するという考え方に転換する」ために組織研究に自己組織化理論を導入した。 野中(1985:131)は「セルフ・オーガニゼーション(自己組織)とは、混沌のなかから新しい秩序(情報)を創る組織である」と定義し、「組織の進化の本質は『情報の創造』にあ」り、「『ものの見方』や発想の転換につながるような、意味のある情報を創るということ」を情報の創造と定義し「情報創造の本質は、自己組織化、つまりセルフ・オーガナイジングである」と位置づけた。つまり、情報プロセシング・モデルが継起性の軸に関する予測可能性という視点に限定した理論であったのと比べて、野中(1986)の表現では「意味情報」という、 同時性の軸【へ】に関する 理解可能性【へ】という視点を加えたのが自己組織化モデルであった。
小木曽(1987:63-4)は組織理論に自己組織化モデルを導入する理由をつぎのように述べた。
組織理論に自己組織化モデルを導入する理由は、既存の組織理論では組織に関する変数間関係を充分に説明できないためである。このことは、つぎの三つの問題点に区別できよう。この組織理論に自己組織化モデルを導入する理由は、組織研究に自己生産理論を導入する目的と同じ、すなわち、組織に関する変数間関係の理論的根拠とするためである。例えば、なぜ専門化は標準化と正の相関関係にあるか、なぜ事業所の規模が大きくなれば専門化・標準化・公式化の程度が高くなるのか、なぜ事業所の規模が大きくなれば集権化の程度が低くなるのか、(組織を分析単位とする場合では)なぜ満足と成果とは正の相関関係にあるのか、といった変数間関係の理論的根拠を提示するためである。
まず、第一の問題点とは、官僚制理論や情報処理モデルは非公式組織に関わる組織成員の職務満足などの組織行動を軽視していたことである。つぎに、第二の問題点とは、ヒューマン・リレーションズ・アプローチは、公式組織および職務特性や職務満足などの組織成員個人を調査単位とするデータをアグリゲートしたものなどといった、組織自体を分析単位とする変数を軽視していたことである。そして、第三の問題点とは、これらの既存の組織理論は、組織が構造保存型システムであると仮定していた傾向があるため、組織変動の説明が不充分であったり、または、環境の急激な変動や、業務の拡張や新規事業への参入に伴う環境の多様化に対する、流動的で柔軟な組織化を行う実践的な指針と成り得ない、という弱点を持つことである。つまり、組織理論に自己組織化モデルを導入する理由とは、組織の公式的側面と非公式的側面とを共通の概念枠組によって説明するとともに、組織の非均衡的で能動的な組織化を重視するためである。
1) | Aston研究については、小木曽(1997:23-6,29-39)および小木曽(2007:70-7,83-90)を参照されたい。 |
2) | コンティンジェンシー理論については、小木曽(1997:41-8)および小木曽(2007:61-5,120-4)を参照されたい。 |
3) | 本稿では"information processing"の訳語を原則として、「情報処理」ではなく「情報プロセシング」と表記した。 |
§参考文献§