『源氏物語』の「ゐざる」は、単独で用いられることはなく「出づ」「入る」「寄る」「しぞく」「退く」などの語をともなって複合語として使用されている。
「ゐざる」行為が語られる頻出人物に、大君四例、末摘花・玉鬘各三例、藤壺・明石の君・朧月夜の君・浮舟各二例がある。父八の宮の死後、大君は薫から垣間見される危険性を感じながらも、几帳の内側から「ゐざり出」(「椎本」巻)て、「うしろめたげにゐざり入」(「同」)る。薫は、大君のその様を「よしあらん」・「気高う心にくきけはひそひ」(「同」)てと思う。大君は薫と何事もなく夜を明かした朝も、襖の奥から「ゐざり出」ていた。大君の「ゐざる」行為は、大君の薫への心情を象徴すると同時に、八の宮の遺言に呪縛されていた薫の聖心に動揺を与える契機ともなっていた。光源氏は、末摘花の「ゐざる」姿に、「いとうひうひしげなり」(「末摘花」巻)・「おほどかなる」(「同」)と彼女の純粋でおうような性格を実感していた。逢瀬の朝も光源氏は、末摘花の「とかうひきつくろひて、ゐざり出」る様を、「後目はただならず、いかにぞ」(「同」)と思って見ていた。男は、几帳や襖の中から「ゐざり出」て「ゐざり入」る女君を偶像化し、時にその本性を探りながら自分の中に取り込んでいくのである。また、「賢木」巻に、六条御息所・朧月夜の君・藤壺の三人の女君の「ゐざる」様が語られているのが注目される。光源氏は野宮を来訪した際の「とかくうち嘆きやすらひてゐざり出」る六条御息所の様を、「心にくし」(「賢木」巻)と受け止めていた。光源氏との逢瀬の場に父右大臣がせまってきたので、朧月夜の君は「わびしう思されて、やをらゐざり出」(「同」)ることとなる。また、「昼の御座にゐざり出」(「同」)た藤壺を、光源氏がひき寄せたものの、彼女は「御衣をすべしおきてゐざり退」(「同」)いていた。光源氏が須磨退去へと向かう中で、禁忌の世界から「ゐざり出」て、「ゐざり入」る女君を侵犯する光源氏像が「賢木」巻に展開していた。
女君が几帳などから「ゐざり出」ると、男君の色好みの本性を導いていく。男君の禁忌の侵犯が終わると女君は元の場所に「ゐざり入」り、「ゐざり退」く。女君の「ゐざる」行為には天人女房譚を、それを侵犯する男君に古代の王のすがたなどの古代的世界が透視できるかもしれない。
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