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タイトル! |
不動明王が身をよぢる!? |
執筆担当 中世文学 山岡敬和 |
中世を代表する説話集『宇治拾遺物語』には「絵仏師良秀(りょうしゅう)、家ノ焼(やくる)ヲ見テ悦(よろこぶ)事」という一話が載っている。この説話は芥川龍之介の『地獄変』の素材となったということでよく知られている話であり、以下のような内容である。 |
絵仏師(仏画専門の絵師)良秀は、隣家の火事で延焼した我が家に妻や子を置き去りにしたまま、自分だけが外に逃げ出したのをよいことに、家が燃えるのを見て頷いたり笑ったりしている。 それを怪しむ近所の人達に向かって、「この火事によって、これまで巧く描けなかった不動明王の火炎の描き方を会得することができた。お前たちはたいした才能もないから家が焼けるのを惜しむのだ」と、あざ笑うのだった。 そして、この話の最後は、「その後にや良秀がよぢり不動とて、今に人々めであへり」と結ばれていて、良秀の描いた不動明王が人々から〈よぢり不動〉と呼ばれ、賞賛されたことがわかる。 |
(醍醐寺蔵良秀様 不動明王図像) |
では、どうしてこの不動明王が〈よぢり不動〉と呼ばれることになったのだろうか。たとえば、岩波新古典文学大系本は、「背後の火炎をよじったように描いた不動の意であろう」と説明する。だが、この解釈では肝心の説話が全く意味をなさなくなってしまう。 火炎の描き方を会得したとき良秀は、妻や子の存在すら忘れて火炎に見とれていた。それを周囲の人々は「物のつき給へるか」、すなわち物怪や霊が憑依したのかと、その非人道的な態度を非難した。だが、その異常さこそ芸術家としての開眼だったのである。したがって、良秀の描く火炎はまさに本物の炎そのものに燃え盛っていただろう。それゆえその火炎の前に描かれた不動尊は、熱さのあまりに思わず身をよじったに違いない。換言すれば、良秀の描いた火炎は不動尊さえも身をよじるほどのものであったと言えばいいだろうか。 これこそが〈よぢり不動〉の名前の由来であろう。 |
この話は、常識や現実の枠にとらわれず世界を見るという、文学の愉しみを我々に教えてくれるものである。 あなたもそんな文学の世界を我々と一緒に愉しみませんか。 |