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日本文学の世界 2002.5.20.掲載

 

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タイトル!

   誤伝のまま定着した子守歌

 

           執筆担当  近世文学 須藤豊彦

  

   江戸時代から伝わる子守歌は誰でも知っている。そう「ねんねんころりよ」のあれだ。あらためて言うまでもないが、短い歌詞だから記そう。
    ねんねんころりよ おころりよ 
         坊やはよい子だ ねんねしな
    坊やの子守は どこへ行った
        あの山越−えて 里へ行った
    里(さ−と)のみやげに 何もろた
        でんでん太鼓に 笙の笛
音数は85調を基本としているが、実際に歌うと各フレーズは半拍休止で始まり1拍休止で終わる4拍子で、拍子は1行ごとに8回、合計48回おんぶした赤ちゃんのお尻を揺すりながら軽く叩いていることになる。

 3.4行目と5.6行目はそれぞれが会話形式の問答体になっている。子守りッ子として肉親と離れて暮らす不遇な少女は、この歌を歌いながら懐かしい故郷を思ったのであろう。
 
ところでこの歌、最後の部分が理屈に合っていない。紙製の小さな太鼓に柄をつけて糸を左右に垂らした「でんでん太鼓」はいいとして、「笙の笛」がどう見ても変だ。
 笙のことを通常「笙の笛」とは言わないこともあるけれど、もっと不可解なことは高価な楽器で子守りッ子が奉公先へ、おみやげに持って行くような代物ではないということだ。長短17本の竹管を環状に立てた雅楽の管楽器で、いまでもプラスチックの練習用で8万円以上、竹製になると普及品でもその10倍はするそうだ。子守りを必要とするような乳飲み子の玩具には到底ならないし、これを「里(から)のみやげ」にするのは実状とかけ離れている。ここに、この歌の伝承の揺れがある。

 西日本の山中に自生するマンサク科の常緑樹に、イス・ユス・ユシノキ・ユスノキなどと呼ばれる木がある。これを別にヒョンノキともヒョウノキともいう。その理由は、この木の厚い葉には昆虫が産卵・寄生するために異常発育した部分が嚢状になる。「虫こぶ」とか「ふし」といってこの木には特に多く付くということだ。普通は小ぶりの鶏卵の大きさで、中は空洞になっているから、小さい穴から吹くとひょうひょうと鳴るのでヒョウノキ・ヒョンノキの名で昔の子供たちには人気があったらしい。

 江戸子守歌の「笙の笛」の正体は、どうやらこの「ヒョウの笛」だったようだ。庶民生活のなかに定着して歌い継がれて行く段階で、ヒョウがショウに転換したらしい。

 ヒョンノキが東日本に殆どないことを思うと、この江戸時代の子守歌の出自を大雑把ながら西日本文化圏に限定できそうだ。「ヒョウの笛」を「ショウの笛」と言い間違えるあたりは、ヒとシの混同が激しい関東の人、とりわけ江戸ッ子にありがちなことである。ましてヒョウの笛など見たこともないのだから、意識的に改変した可能性さえある。

 つまり西で生まれた歌が拡散して東に移り、誤伝がそのまま現在の歌詞に定着したと見ることは出来そうだ。そう見れば、音数を合せる必要上とも考えられるが「里のみやげに何もろた」の〈もろた〉は関西で多用される言葉なのだ。